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●あ、カンナ、アゲイン
内より外を歩いたほうが暑さはまだましと感じることがある。風があるからだ。それに歩くのは運動によく、炎天下は無理でも午後4時過ぎなら暑さも和らぐので、歩く気になりやすい。



d0053294_23374770.jpg昨日はその時刻にたまたま桂川沿いのたくさんの草花が植えられている場所の端にカンナを見かけた。帰宅して写真の加工を始めると、日が傾いて色が鮮やかでなく、「あカンナ」と内心呟いた。日の落ちる頃合いは散歩にいいが、写真の彩度も落ちる。それで今日は昨日より1時間少々早く家を出て、自転車道路を歩いて咲いている場所に行った。やはりほとんど誰も散歩していない。そこを涼しい顔をして歩くと川からの風が心地よい。午前中ならカンナに日が当たって鮮やかな写真になるだろうが、午前は筆者は苦手だ。撮り直した写真は昨日の写りとあまり変わらず、それで写真を加工しながら、「またあカンナ」と今度は声を出した。もう撮り直す気はない。それにカンナは日々枯れて行くので、日が当たっても今日の写真よりしなびて見えるだろう。今日の2枚の写真は同じ場所で、撮影の高さを変えた。奧の山は愛宕山で、その頂上が中景の木に遮られて見えないのが、まず「あカンナ」だ。それに川向こうの住宅が少し左手に覗き見えているのも「あカンナ」。これらが写らないように角度を変えて撮影すると今度はカンナが収まらないので「あカンナ」。それに夕暮れ近いので彩度に乏しく、もともと「あカンナ」として没にすべきだが、妥協して投稿するのは来年まで待てないからだ。もちろん来年気づけばまた撮影するが、来年にこのカンナが咲いているとは限らない。出会いは一期一会で、どんな関係も刻一刻と変わる。それに表向きは変わらぬ関係でも、熱意が冷めることはある。それには原因があるが、決定的に嫌なことがあったわけではない場合もあって、そのことを「あカンナ」と思っても、カンナの花が咲いては萎むように、熱意も湧けば冷める運命にあると達観する。今日のカンナを撮影しながら、人々が立っている姿を思った。咲き誇ったかと思えば萎んで行くその花は、人間の生と同じだ。それに対して「あカンナ」の呟きを漏らすのは老いの役割だが、上昇気流に乗る若い存在はそうは思わず、それどころかそういう老いに対して「あカンナ」と言う。若さに鼓舞されて老いも頑張ることがあるし、老いは若きを鼓舞しなければならない。「あカンナ」と言わずに、「あ、カンナ」とその鮮やかな夕日色の花を愛でるのがよい。そのつもりで筆者は撮影したが、写真はビートルズが歌う「ANNA」の歌詞「Go with him」を想起させ、本当は没にしたい。ところで、「あ、カンナ」の題名で投稿したのは去年の7月20日だ。この花は割合長生きするようで、去年撮影した場所の花は昨日もまだ元気であった。夏は暑いのがあたりまえ、「あカンナ」とは言わずにカンナの花のように屹立すべし。
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by uuuzen | 2019-08-12 23:59 | ●新・嵐山だより


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