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●〇は〇か、その39
注文商品のお届けが遅れ、お客様へご迷惑をおかけしてしまうことをお詫びいたします。」今朝またアマゾンからメールが届き、2月4日に注文したザッパの『ライヴ・イン・ニューヨーク』の到着がまた遅延になった。



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半年経っても増産出来ていないのはどういう理由かと想像するに、円形の缶にCDを収めるという特製商品のため、意外に価格の面で業者と折り合っていないからではないか。筆者は予約したので現在の告知価格より1000円安く買えるが、アマゾンはキャンセルを勧めて来る。さして儲かる商品ではないのだろう。丸い缶ではCD棚への収納が不便で、「〇は〇か」と言えばノーとなりそうだ。アメリカの大西さんのメールには、9月上旬に届く予定の『オーケストラル・フェイヴァリッ』と同じ頃に到着するのではないかとあったが、筆者は1年は待ってみる。そう言えばebayで買った商品が3か月経っても届かず、相手にメールを送ると10日ほど待ってほしいと言って来た。それでは届かないと思い、ちょうど1か月経った、つまり注文から4か月目にまたメールすると、なしのつぶてで、ebay側の対応も閉じられた。諦めていたところ、5か月経って届いた。消印を見ると5か月前で、5か月もの間、どこをどう移動していたのか。それは発送後の心配だが、ザッパの『ライヴ・イン・ニューヨーク』は再製造されているかどうかの心配がまずあって、発売前に予約しても入手出来ない可能性を思う。それにしても半年も届かないのはいかにもこのアルバムらしい。オリジナルLPは紆余曲折から発売が大幅に遅れたからだ。今回の缶入りCDはその悪夢の再来のようで、なので1年は待つつもりでいる。もちろん1年待ってキャンセルするのではなく、1年経って届かなければ怒りを最大限にネットにぶちまけてやる。それはさておき、今日は2月11日以来、ちょうど半年ぶりに「〇は〇か」について投稿する。最近少し触れたように、このシリーズのために撮りためた写真は数十枚ある。それらから今日は2枚を選ぶ。いつか忘れたが、最初は烏丸御池上がる、2枚目は西院で撮った駐車場の回転台だ。これを各地で目撃しながら、「〇は〇か」の投稿が滞っていることもあって写真を撮っていない。3枚目は4日前のTVで見たニュース映像から画像を加工した。これは大阪の生野区の交差点数か所で信号待ちしている間に交差点に出て円形を描くように走り回った車のタイヤ痕で、人物は特定されていない。車のナンバーから簡単に判明しそうなものだが、交差点で信号待ちをしていた人々は恐怖を覚え、ナンバーを確認する余裕がなかったのであろう。傍若無人な行為を白昼堂々とする輩がいるものだが、タイヤ痕がきれいな円形であることには感心する。その〇は〇かと言えば、もちろん駄目だが、運転手は何を思ってこのような円を路上に描くことを思い至ったのであろう。
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 ネットはTVに比べて誰でも目立つ可能性があり、またそのための行為が増加しているが、YOUTUBEでは再生回数によっては大きな収入になり、今では子どもがユーチューバーになりたいと思っている。目立ってしかも大金を得られる。これが現代人の望むところで、それが高じてどのようなことをやってもかまわないと思うようにもなる。TVでは海外から驚きの映像を買い取り、ただそれを見せる番組があるが、人が車に跳ねられるような事故映像がとても多く、人々がますます目立つことに派手さを求めるようになる。昔の映画の題名にあった「名もなく貧しく美しく」は全くの嘘で、「名があり金持ちで美しく」こそが正しく、誰もの夢であるとする考えがあたりまえとなると、顔が美しければ有名になって金持ちになれるという思考が芽生え、実際整形手術をしてまでも美しい顔を求める女性が増えている。一方で「名もなく貧しいのは汚い」とする価値観が顕著になり、有名になって金を儲けるか、金持ちになることで有名になるかが人生のあるべき目的とされる現実の中で、後者を望めない境遇の者はせめて世間を騒がすことで鬱憤を晴らそうとするだろう。その一例が前述の交差点で丸いタイヤ痕をつける者であったり、また京都アニメを放火した男であったりする。それは自信のなさを認めたくないことの裏返しとしての虚勢で、また一旦思いついたことを実行に移さねばという強迫観念を抱いているためでもある。それは同じ考えをぐるぐると何度も反芻する過程を経て一気に前進するもので、何かに対する恨みが背景にある。それを凝視しつつ、冷静であればいいが、その冷静の落ち着く先が思い切った行動である場合はよくある。そしてそれは他者に相談しても鎮まるとは限らない。老いると頑固になり、認知症にもなって自動車事故を起こしやすいが、老化に伴なう劣化的行動は自然で仕方のないものだ。それよりも深刻なのは、30代になっても幼ない考えと行動しか出来ないことだ。人生が長くなった分、30代は昔の20代と考える向きがあるが、肉体は昔の30代と同じ年輪を体内に刻んでいる。年相応の分別が具わっているべきなのに、若く見えることが〇とされる現在、考えも幼なくてよいと錯覚する人々がいる。それは子どものような無邪気さ、無抵抗さをかわいいと勘違いすることで、80年代の「ぶりっ子」にひとまずの原点があるが、そこには「したたかさ」という本性があった。それは非難されたが、いい年齢にふさわしくない幼ない精神は欠陥だ。本人にそれを自覚させない無関心が蔓延し、幼稚さがいたるところで見られるグロテスクさが拡大し、またそれを美しいとする考えがある。グロの堂々巡りの回転の中、やがてそれが台風となってどこかへ去って消えればいいが、その後に秋晴れのような清浄さが出現した途端、台風はまたやって来る。
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by uuuzen | 2019-08-11 23:59 | ●新・嵐山だより(シリーズ編)


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