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●気分の悪化と回復
れた気分でいると悪いことが重なる。今週に入って3階があまりに暑くなって、1階で過ごすようになり、ノートパソコンでこれを書いているが、その反応が昨日から急に鈍くなった。ワード・ソフトが2,3行書くごとにフリーズして1分ほど動かず、暑さでパソコンもおかしくなったか。



一時ファイルを削除しても動作は変わらず、筆者の頭の回転と指の動きが停滞してそうとうなストレスがかかり、大いにいらいらする。それで昨夜の投稿は3階のデスクトップのパソコンを使ったが、そのパソコンを1階に下すのは配線が面倒で、またパソコンを置く一画を整理する必要があり、どうしたものかと悩んでいる。それはさておき、今日は裏庭に出て1週間ぶりに鶏頭の写真を撮ろうとすると、カメラが反応しない。たまにそういうことがあるので、スマートメディアを外したりまた差し込んだりを10回ほど繰り返したが、それでも埒が明かない。カメラ背面の液晶画面が自動的に表示されていることに気づき、そこにメディアのマークに斜線が引かれていて、その左のアイコンは斜線のない赤いマークであったので、そっちに移動してOKボタンを押すと、残量が20枚ほどであったのが180枚ほどに増えた。この時嫌な気分がした。保存していた160枚ほどが消えたかもしれない。急いでパソコンに接続して調べると、やはりそのようで、スマートメディアをボタンひとつで初期化してしまったのだ。早速ネットで調べると、初期化したメディアでも画像を復旧出来るとあるので、無料のデータ復旧ソフトをダウンロードして試すと、初期化後に撮影し、投稿用に加工した後にすぐに消した鶏頭の写真1枚が復旧出来るだけで、初期化以前の160枚は見えないままだ。他のソフトを3種ダウンロードして試しても同じで、最も安価であると思える福井のデータ復旧会社に電話すると、スマートメディアは初期化すると復旧出来ないと言われた。それほど古い記録媒体で、そう言えばこれで撮影してもコンビニでは写真を焼くことは出来ず、コンパクトフラッシュにコピーしなければならない。この際、スマートメディアより新しい記録媒体を使うデジカメを中古で買ってもいいが、筆者は妙なこだわりがあり、使い慣れたものが徹底的に壊れない限り、手放したくない。それはほとんど「もったいない主義」によるが、長く使っていることは縁が深く、大切にしたいと思う気持ちが増している。それで以前にも書いたが、現在のデジカメが壊れた時、同じものを買おうと思っていて、ネット・オークションで調べると100円で買えるほどの古い機種だ。ともかく、そのオンボロのカメラで撮影した写真を筆者はブログで使っている。こうして書いていて少しは荒れた気分が収まって来たが、なぜそのような気分になったかを次に書く。
 前述したように初期化して消えた160枚の写真は半分ほどはブログに使う予定がないもので、とりあえず残しておいたものだが、残りのうち、正確に言えば20枚は先月25日、家内と息子の3人で出かけた天神祭りで撮影したもので、今日投稿用に加工するつもりでいた。それは投稿6回分で、今日から投稿を始めようかと思っていた。それに、20枚のうち半分ほどは今年最高の出来と言ってよい写真であった。1,2時間ほど落胆しながらどうにか復旧出来ないかと苦闘している筆者を見て、家内は「そんな姿を見るのは辛い」とこぼす。そう言われるとなおさら癪に障った。昨夜は深夜2時頃に3階のパソコンでその20枚をざっと眺めながら、最後に撮った3枚だけでも先に加工しようかと思いながら、20枚まとめてやるのがいいと思い直した。最後の3枚は天神橋の上から日没を撮影したもので、見事な夕日と夕焼けが写っていた。それが一瞬で消えてしまった。来年も天神祭りはあるが、同じ夕焼けに遭遇出来るとは限らず、また息子の時間のつごうがついて家族3人で見られるとも言えない。初期化で消えたことの苦々しさをどうすれば忘れ得るかと思いながら、こう考えた。筆者のブログは写真と文章がセットになっている投稿が多いが、どちらか片方となれば断然文章で、文章のみの投稿も少なくない。それに文章の歴史に比べて写真のそれはあまりにも短い。文章と写真のどちらが今後も長く生き残るかと言えばやはり前者であろう。文章に比重を置くブログに対して写真重視のインスタグラムが登場したが、筆者はそれには全く関心がない。そのように思って心の荒れをどうにか収めた。そして6回の投稿分の写真を用意したとして、6回分の文章を書くほどの思いがあるかどうかを自問すると、正直に言えば写真の枚数が多ければそれに添える文章をひねり出すことは苦しい。言い方を変えれば、誤って初期化したためにそれらの大量の文章を書く手間が省けた。もちろん筆者は書くつもりであったが、25日以降すぐに書かなかったのは、写真の多さを知っていて、それに添える文章を書くには「よし、書こう」という覚悟を決めることの必要を思っていたからだ。それで、天神祭りの思い出については写真抜きで書くしかなく、またそれもよい。貯めておいたことが無に帰すことはたまにはいい。そのことでまた新たな気持ちで物事を始めることが出来る。これは自分の失態に対してかなり甘い考えだが、そのように納得しなければ、気分が荒れたままではそばにいる家内も落ち着かない。また、昨日はノートパソコンの調子が一気に悪化して、終日筆者は苛立っていたが、それはたとえば筆者の顔を見なくても、メールの文章の行間にも滲むだろう。なので、昨日筆者のメールを受け取った人は筆者にそういう事情があったことを理解してほしい。
by uuuzen | 2019-08-08 21:41 | ●新・嵐山だより


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