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●『追想 愛と復讐と男の戦い』
り返ってみることが最近は多くなっている気がするが、過去を懐かしむのではなく、知らなかった過去を知りたい思いが強い。だが、先のことを知ることは出来ない。知りたいのは過去か今この瞬間のことで、過去を知りながら、今の自分の思いを確認するのがこのブログの役割だ。



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それはともかく、先日ファスビンダー監督の『マリア・ブラウンの結婚』について書いた。1978年の作で、ファスビンダーはその主役の女優として当初はハンナ・シーグラではなく、ロミー・シュナイダーを起用したいと思っていた。それで筆者は彼女の当時最大のヒット作が1975年公開の『追想』であることを知り、早速それを見た。彼女は37歳で、映画では12、3歳女の子がいる母として出演している。となると結婚は25歳頃で、まあ妥当な年齢だ。本作によってロミーの美貌がどれほど堪能出来るかと期待したが、額の皺が目立つ場面もあって、37歳にしては老けていると感じた。それは筆者がその年齢をとっくに過ぎ、筆者以下の世代についてはおおよそ年齢を当てられるからで、またそれぞれの世代の苦労も知っているから、なおさらその年齢相応の苦労の痕跡に気づく。昔からよく思うことだが、男が女を求める、あるいはその反対にしても、その思いがセックスに対する欲望まみれかと言えば全くそうではなく、どこか醒めていて、絶世の美女と暮らせるとしても大変だなと思う。一夫多妻制を望む男の本音は、多くの女と性交出来て楽しいというよりも、女たちの面倒をみることが大変で、色欲の何十倍もボランティア精神が必要だ。これは筆者の精力が減退しているゆえの思いではなく、若い頃からそのようにどこか醒めた思いを持っていた。女は生殖のために男をつかもうとするが、それに応じる男は女の本能と行動に対して『ご苦労なこと』という思いがあり、また絶対にそのことを顔に出さずに女を敬って扱う。男はそういう一種の憐憫を持つ生き物であると女は思っておいたほうがよい。とはいえ、女なら誰でもよい男もいるだろうし、強姦してでも思いを満たしたい男もいる。またそれは女も同じはずだ。稀に見るいい男が目の前にいても、『喜んでもらえるならまあいいか』といった情けで身を捧げることがあるだろう。繰り返すと、このどこか醒めた感情は、セックスへの関心が減退する老齢になってから芽生えるものではなく、ごく若い頃からある。それは異性を真に愛せないということではない。セックスするのも一緒に生活するのも、「そうしたい」という我欲だけではなく、「してあげてる」という奉仕の思いがあるということだ。もちろんそれは相手も同じはずで、お互いに相手を弱い存在として認め合う慈しみだ。これは、本作では37歳のロミー・シュナイダーが年齢相応に見えていて、またそうであるから彼女の実感が伝わり、それがファンになる人の心境だろう。
 本作は起こりつつある出来事と過去の幸福な時期の追想が交互に描かれる。ロミーは後者にのみ登場し、前者に登場するのはロミーが演じるクララの夫で医師のジュリアンと彼に散弾銃で次々に殺されるナチの軍人たちだ。また後者はジュリアンのクララとの出会いから12年に及ぶ幸福な家族生活を想起するフラッシュバックで、それがジュリアン対ナチの息が詰まりそうになる戦いの中で断片的に描かれる。つまり、あまりに幸福な生活と死の恐怖に晒されながら復讐し続ける行為が交互に表われるが、その悪夢同然の理不尽さは第2次世界大戦下、もう戦争が明日にも終わるという頃、ジュリアンが自分が所有する田舎の古城に妻と娘をわざわざ疎開させたために遭遇した出来事であるので、なおさらジュリアンの無念さが伝わる。ドイツ軍に抵抗するフランスのパルティザンが最後にたくさん姿を見せるが、連合軍が上陸し、戦争に負けることを悟ったドイツ軍のある部隊は、退路にあったその古城に侵入し、礼拝堂にいた村人を初め、クララを強姦し、娘も殺した。その理由は「パルティザンが隠れているかもしれない」で、追い詰められたドイツ軍がまだ戦争中をいいことに、村を殲滅させた。そういうことは実際にあったのだろう。本作はフランスとドイツの合作だが、ドイツ軍が完全な悪者として描かれていて、そのことをドイツ人がどのように見たか、また今でもどのように思っているかが気になる。ヒトラー政権が始めた戦争で、今後も数千年以上にわたってドイツはそのことを心に刻んで懺悔しつづけなければならないと自覚していると思うが、一方ではドイツ兵が袋小路に追い詰められたネズミのように次々とジュリアンによって殺される姿を見るのは忍びないと思うドイツ人も多いのではないか。というのは、本作に登場するドイツ兵はみな若く、彼らにも恋人や家族があったはずで、立場が少し違えば彼らはジュリアンであった。そのため、憎むべきは戦争だが、その戦争を始めたのがヒトラーとナチであるから、今後も本作と同じような、ドイツ軍を徹底して悪者に描く作品は生まれるだろう。またそういう永遠のドイツの懺悔に対して、ドイツ国内では反対する者がいるのも事実で、いつまで戦争のことでとやかく言われなければならないのかという鬱屈した気分が若者に芽生え続ける。日本と朝鮮半島の関係もそうで、日本の「侵略」は戦前までは「征伐」と学校で教えられ、相手が悪者なので懲らしめた日本は正しい行為をしたと、日本人全員が確信していた。それが戦後は相手国の抗議によって「進攻」に改められ、さらなる抗議からようやく「侵略」と言い換えられるようになったが。この背後には「いじめられる方が悪い」との論理があり、現在の日本のあらゆるところでいじめがなくならないのは、明治時代や戦前から少しも日本の精神が変わっていないことを示すだろう。
 わが家のヴィデオ・デッキは途中で巻き戻しが出来ず、本作を一度見た切りだが、冒頭近くでジュリアンが兵士を手術する場面があった。その時、同じ建物で赤十字の旗を掲げて、ドイツ兵の手術はドイツ人医師が担当したと思うが、あるいはドイツ語を理解するフランス人医師であったかもしれない。傷病兵に関してはそのように敵味方関係なしに医療を行なったのに、民間人の負傷に関しては自国の医師が世話するしかなく、爆撃された村や町では怪我をした者は悲惨であった。そのため少しでも安全な田舎へと疎開が行なわれたが、フランス中からドイツ軍が撤退するからには、どの村でも彼らは通過する可能性があり、また立てこもるには便利な山手の城は狙われやすかったであろう。本作後半で舞台となるその城は、ジュリアンがクララに求婚する際に所有することを伝える自慢の財産であった。ジュリアンは同僚の医師からクララを紹介され、一目惚れして交際を始める。だが、ある日クララはジュリアンに向って「気の置ける人は嫌い」と言って別れようとする。この翻訳が正しいのかどうか気になったのは、「気の置ける」は「気の置けない」よりも使わない言葉で、もっと別のわかりやすい表現が使えなかったかと思った。「気の置ける人は嫌」というのは、「気を使ってしまう人は嫌」という意味だが、そこまで言われるとジュリアンは求婚するしかない。独身の女が独身男と交際し、相手が自分のことをどう思っているのかあまりわからない場合、女は求婚の言葉を待っているだろう。結婚の可能性がないのであれば、すぐに別れて別の男と付き合うのがよく、それほどに20代半ばの女性は時間が重要だ。またジュリアンは医者であり大きな財産を持っているから、クララをすぐにでも娶ることが出来る立場にあるから、クララが自分のことをどう思っているかが気になって、気安くなれない相手とは交際出来ないと考えるのは当然だ。とはいえ、会ってすぐに求婚するというのもあまりに軽率で、ジュリアンは責められるほどではなく、クララが鎌をかけたと思ったほうがよい。そういう言葉の駆け引きが出来る間が男女の楽しい時で、結婚すれば後は子どもをもうけて落ち着くだけで、またそこに男女ともに究極の目的があるとも言える。本作はタイトルロールとエンドロールは同じ場面で、道の向こうから3台の自転車と黒い犬が一緒に観客に向けて走って来る。それはジュリアンの家族で、全く戦争中とは思えない幸福感に満ちる。ところが、本編は血まみれの場面の連続で、自分が生きるために戦争相手を殺すという戦争の真実を突きつける。戦争とは殺し合いにほかならず、誰もが合法的な殺人者になれる。だが、合法であっても心は痛まないのか。ジュリアンはクララと娘の復讐を遂げたが、それで心が安らぐことはあり得ない。とはいえ、家族を殺されれば何もしないではいられない憎悪が湧く。
d0053294_00072581.jpg 本作はラヴ・ロマンスとアクションが同時に楽しめる。ロミーは幸福な生活の場面だけではなく、ごくわずかにナチとの関わりで姿を見せる。それは本作のヴィデオのジャケット写真にあるように、ナチの軍人が火炎放射機を空に向かって放っている前で彼女は首を天に向けて悲嘆に暮れている。この写真の場面の直後に彼女は火炎放射機で焼き殺され、また直前にはナチの軍人たちによって凌辱される場面がある。それらの場面は慌ただしい事件として描かれ、ごく短い。それだけにかえって生々しく、またロミーの演技のうまさを思わせる。またそれは彼女かどうかわからないほどに焼け焦げた死体を目撃したジュリアンが想像する場面として描かれるが、実際は見紛うことがなかったということだ。そばに娘だとわかる死体があったからだが、クララが兵士たちに強姦される姿はそれまでの笑顔に満ちた生活からは一転しての地獄であり、それを経験した直後に焼き殺されたのは、人生の最期としてはあまりに惨い。妻と娘を殺されたことを知ってジュリアンは復讐を決意するが、疎開先の古城に車で駆け付けた彼はまず礼拝堂で大勢に人が殺されているのを目撃し、嘔吐する。そして妻と娘の死体を見つけるが、そばにはドイツ兵たちがいて、何もすることができない。そこで城の隠し通路や隠し部屋を知悉しているジュリアンは、祖父が使っていた猟銃を探す。それは錆びないようグリースが塗られ、また散弾の箱もあった。かつては猪を撃ったライフル銃で、それでドイツ兵を皆殺しにしようと考える。もっとも、それだけは弾が足りないかもしれず、兵士たちが単独行動、あるいは2,3人でいるところを狙ってその場にふさわしい方法で追い詰める。その様子はネズミを一匹ずつ楽しみながら殺すことに似ている。あるいは本作後に登場したコンピュータ・ゲームさながらで、ジュリアンはそのゲームをする人物、ドイツ兵は少しずつ殺されるゲーム・キャラクターといった感じで、ジュリアンには慈悲のかけらもない。人殺しをするのはただ家族が殺されたことの復讐で、また最後には将校を妻が殺されたのと同じ火炎放射機で焼き殺す。またその部屋は思い出の居間で、それが火の海になって将校は悲鳴を上げながら火達磨になるが、それはクララが被ったことであって、ジュリアンの復讐は完璧に遂行され、またその直後に城には多くのパルティザンが入って来る。彼らの到着がもう1,2日早ければ村人やクララは死ななかったかもしれないが、現実にそのようなことが少なくなかったであろう。最後に城が燃えるのは、ファスビンダーの『マリア・ブラウンの結婚』の最後に通じ、彼は本作を見たはずだが、本作でのロミーの、ひとりの男に愛され、子どもを産んで何ひとつ不自由のない幸福な生活を営んでいたのに殺されるという役柄は、複雑な心理を演じるマリア・ブラウンよりたやすかった。
 本作の邦題はあまりに月並みだが、ロミーの力点を置くならば、ジュリアンの回想部分が見物で、「追想」はとてもまともだ。原題『Le Vieux Fusil』は『古いライフル』で、これはジュリアンの復讐に力点を置いている。また本作をそう見るほうが正しい。ドイツ軍を皆殺しにして行く様子は、昨日取り上げた『ワイルドバンチ』とは違って、とても苦々しい思いが拭えない。それはドイツ兵がみなジュリアンの存在に気づかない間に殺されるからだ。これがお互い姿を見ての銃撃戦なら対等な恐怖を覚えるが、次々に仲間が殺される中、彼らはどこかわからない陰にパルティザンが何人隠れているかわからず、パニックに陥る。ジュリアンは城の内部をよく知っていて、またライフルがあったので逃げずに皆殺しをしようと決めたが、それは安全とは言い切れず、命がけの行為だ。そこに観客は、ジュリアンが家族を殺された恨みとは別に、ジュリアンの立場になれるところがあるが、親族が殺された場合の個人的な復讐が禁じられている現在、本作はその思いに納得しない人には大きく同意されるだろう。それはまた戦時中でなくても殺人が横行している時代であることを本作は示唆していて、『ワイルドバンチ』におけるアウトローによる殺人とは違う一般市民に同じ暴力性が隠れていることも気づかせる。またそういう思いが多く集合したところに戦争が起きるが、その被害に真っ先に遭うのは女や子どもであることを本作は伝える。その意味で反戦映画と捉えてもよい。本作ではまだジュリアンが復讐を遂げたからいいが、ほとんどの場合はそれはなく、殺され損だ。またそういう現実を誰もが知っているので本作を見て留飲を下げるだろう。それはともかく、幸福の絶頂にある家族が突如絶望のどん底に落ちることがあるのを心のどこかで思っておいたほうがいいという教訓を本作は与える。幸福である間はそれを存分に楽しむべきで、復讐を遂げたジュリアンはその思い出を反芻してどうにか生きて行くだろう。それは幸福な出来事、時期に感謝すべきということで、その幸福は愛することで得られる。猛烈に好きになる対象には、大事にしなければという「はかない何か」が宿っている。それは何が何でも自分のものにしたいという欲望とは別の感情で、それが持てないのは単なる「好き」であって、また対象が物であるか、人であっても物と思っているかだ。また、その「はかなさ」を感じさせる相手が悲しみに沈んでいると、どうにかして慰めたくなるし、それがかなわなければせめて心の中で一緒に涙するのが、愛情の基本だ。人間ははかないものだ。それゆえに自己も他者も大事に思い、慈しみを抱くべきだ。それを忘れた途端に暴力が起こり、やがてそれが巨大化すると戦争になる。そんなことを思いながら、本作ではやはりロミーのさまざまな笑顔が印象的で、そこにファスビンダーも参ったのだろう。
by uuuzen | 2019-07-12 23:59 | ●その他の映画など


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