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●恐怖とエクスタシー
子と2種類の土をホームセンターで買ったのは先月下旬で、早速発芽用の土を3つの鉢に入れ、そこに久留米鶏頭の芥子粒ほどの黒い種子を適当に撒いて土を1センチほど被せた。毎日水をやると、数日で小さな双葉が出始めた。



d0053294_02095646.jpg蒔いた種子が全部発芽したようで、密集状態がひどい。近所の植物に詳しい主婦によれば、発芽の際に土中の黴菌が悪影響を及ぼすので、発芽用の土が売られているらしい。双葉が充分に育てばそれを普通の土に植え替えてもいいとのことで、それを思って筆者は15キロ入りの土の一袋も買った。5日前の晴れ間、隣家の裏庭で伸び過ぎて地面に光を届けない楓の枝を見栄えよく切った後、近くの日当たりのよい地面の土を掘り返した。手袋をすればいいのに、思い立てばいつもすぐに作業を始めるので、気づけば指と掌の皮が破れて血が出ていた。ともかく、地面の中の小石を可能な限り除去したはいいが、60センチ×30センチほどの小さな空間だ。深さは15センチ程度で、そこに買った土を入れ、3つの植木鉢から最も大きな双葉を引き抜いて5センチ間隔で20本ほど植えた。それでも発芽した双葉の20分の一程度だろう。間引きはかわいそうでそのままにしていたが、今日はあまりに小さな双葉を30本ほど引き抜いた。ただし、抜いた根本に土が絡まっているから、その苗を庭のドクダミがある辺りに植えつけた。成長するかどうかわからないが、ゴミとして処分するには忍びない。土が少なく、日当たりも悪いでは、その植え替えられた小さな双葉にすればあまりに過酷な生かもしれないが、処分されるよりましではないか。自殺願望のある人はそうは思わないかもしれない。そういう人は過酷な人生が耐えられないのだろう。そう言えば先日読み終えた『ダロウェイ夫人』はその後もいろいろと考えさせ、今日はネットで原文を見つけて少し読んだ。原文のほうがリズムがあってわかりやすい。それで気になっていた最後の場面を確認すると、訳文ではわからなかった言葉が使われていて面白い。次に引用する。
  “I will come,” said Peter, but he sat on for a moment. What is this terror? what is this ecstasy? he thought to himself. What is it that fills me with extraordinary excitement?
  It is Clarissa, he said.
  For there she was.
ダロウェイ夫人(クラリッサ)の若き日の恋人ピーターは、彼女のパーティが終わってみんなが帰ってしまう頃合いに彼女と会う。それ以前に挨拶だけ済ましていて、ゆっくりと話す機会を待っていたのだ。そして彼女が目前に現われた時の思いが、「terror」(怖さ)と「ecstasy」(絶頂の気分)が混じったもので、そして途方もない「興奮」を感じている。これは当然女性のウルフが男性のピーターの気持ちを想像して書いたもので、またこの気持ちは恋心と言ってよいが、「怖さ」を感じていることはなぜか。それは筆者にはわかる。単純に「好きで好きでたまらない」という気持ちではなく、恐怖を覚えるほどの魅力がひしひしと伝わるのだ。
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 そういう経験は女慣れした男は感じないかと言えば、そういう男もあるし、そうでない男もある。それは女も同じであろう。ウルフはそういう怖さを併せ持つ魅力への思いを知っていて、その思いをピーターに担わせているが、ダロウェイ夫人がピーターに対峙してどう思ったかと言えば、やはり同じ思いであろう。そして、お互いそのように相手を思いながら、すでにふたりはもうあまりに別々の人生を歩んでいて、昔の恋が復活することはあり得ない。それをお互い熟知しているのに、やはり面と向かって会うと、恐怖と絶大な快感が混じった思いで興奮の極致に達する。生涯の間に誰しもそういう思いを感じるかと言えば、おそらくそうではないだろう。それで、そういう思いを知らない人はこの小説の面白みがわからないのではないか。ウルフはとても感受性の強い女性で、恋の不思議な思いを凝視し、それを恐怖が混じった夢心地と感じたが、その大きな興奮はどう始末されるかと言えば、自然に収まるまで待つしか他に持って行き場がない。そうなれば恐怖からの解放で安堵するが、一方でエクスタシーが消えるから無味乾燥な状態に戻ることでもある。それは耐え難いことではないか。平凡な日々はもう飽き飽きしているのでダロウェイ夫人はパーティを開く。そしてピーターのゾッとする思いとゾクゾクする快感の混じった思いは彼女も同時に抱くはずだが、それは会わなくなれば消えてしまうものだ。そこに彼女の絶望があるような気がする。人生の目的を失うと言い換えてもよい。では彼女はピーターとは別のもっと若い男をパーティに招いて新たな恋を始めたいと思っているかと言えば、もう50代前半で、それを望むには遅い。そう読み解くと、ウルフが最も重視した感情は、他者に対しての怖さとうきうき感が混じった興奮ということになる。それは人生にそう何度も訪れるものではない。何となく気になる人、あるいはもっと知りたいという人は誰にもよくある感情だが、恐怖と喜びが混じった思いはきわめて稀で、それを知らずに一生を終える人のほうが多いだろう。その恐怖と喜びの興奮の果てに、その相手と肉体的に結ばれたいかと言えば、それはまた別の問題で、またそこまで思いは発展せず、ただ現前の相手に怖さと喜びが混じった思いを抱く。それは動物も持っていて、生命の基本を成す最も真実の感情ではないか。だが、動物と違って人間は社会的な多くの束縛があって、その感情は本人が知覚するだけで、そのまま消え去るしかない。その味気なさは『ダロウェイ夫人』のその結末に至るまでの全編に広がっている。ということは、ウルフは人間の最も賛美すべき感情は「恐怖とエクスタシーが混じった興奮」と思っていて、それが恋をしないような年齢に達した場合にも沸き起こることを信じていたことになる。筆者はその思いに大いに同意する。
d0053294_02105967.jpg 『ダロウェイ夫人』については別に考えていることもあって、いずれまた書く。それは自分を顧みることでもあって、ここ1週間ほどの筆者はとても頭脳が明晰で、また興奮気味になっている。そう言えば数日前、とても怖い夢を見て深夜に目覚めた。そのことを書くととても長くなるが、ひとつだけ書いておく。夢の中で江戸末期に撮影された絵ハガキの束の入った木箱を見つけ、その真新しい写真を順次見て行くと、知らない町の知らない人らが写っていて、その中に3、4人の高齢の威厳ある男性がその町を訪れたことがその町の誇りであるらしく、その男性を撮影した記念写真があった。その次に、町が誇りとしてその写真を元に造った同じ姿の銅像の写真があったのはいいが、これらの男性はいったい誰かと思っていると、筆者の右後方に彼らが同じ姿で現われ、「思い出していただき、どうもありがとう」と言いながら筆者の眼前に歩み出た。背後からの声に筆者はびっくりし、またとっくの昔に死んだ知らない有名人が現われたことにも恐怖を感じて目覚めた。家内は筆者の声に驚いて目覚め、暗闇の中で筆者は見たばかりの夢を話し、そしてまた寝入った。その夢の後、少々精神が過敏になっている。話を鶏頭に戻す。5月5日の投稿の最後に載せた写真は4月21日の撮影で、松尾と嵐山の間、桂川沿いの小さな公園だ。その後何度もそこを自転車で通りがかりながら、鶏頭の育ち具合をちらりと見たが、10日ほど前に掘り返されたようで何もない状態になっていた。鶏頭の双葉を誰かが雑草と思って引き抜いたのかもしれない。そうなればもうその場所で鶏頭の成長観察をすることは出来ない。それで鶏頭の種子を買って自宅で育てることにした。6月下旬ならばまだどうにか植える時期に入っている。そして3つの小さな鉢に買った種子の半分を植え、全部発芽したことは先に書いた。今日はカメラを持って桂川沿いの自転車道路を歩き、前述の小さな公園まで行った。鶏頭の種子が蒔かれたところには別の植物の幼葉が育っていた。その写真が今日の最初だ。立ち上がった際、足元で小さなバッタが跳んだ。今日の2枚目の写真のように、それを捕まえたところ、片脚が取れた。かわいそうなことしたが、放つとまたぴょんぴょんと跳ぶ。四角い公園の二方に草花が育てられていて、順に見て行くと、鶏頭はない。諦めて帰ろうとした時、植え込みの端に「けいとう」と書いた木札と赤く尖った鶏頭が等間隔で8本ほどあって、別のバッタも見つけた。それが3,4枚目の写真だ。筆者が育てている久留米鶏頭ではなく、やはり自分で植えたのは正しい判断であった。筆者が望むのは本物の鶏冠に見える品種だ。いろいろと考えていることがあって、秋に咲けばそれを写生する。「鶏頭牛尾」という言葉があるが、もともと牛の尾にもなれないアウトローの筆者なので、鶏の頭は望むところだ。
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by uuuzen | 2019-07-09 23:59 | ●新・嵐山だより


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