返す返す残念なこととパリの人たちでなくても思ったノートルダム寺院の火災だが、したり顔で「形あるものはいつか滅びる」と言う人もあるだろう。それは承知のうえでやはり形あるものがなくなることはさびしい。

そうでなければ人間はこの世に存在しない。美しい顔や姿を少しでも長く留めたいと思うのが若い女性であるし、男もそうだろう。自分の肉体が若い頃と比べてかなり崩れていてもそれを認めたくない人は多い。さて、先月24日は伏見深草のライヴハウスAnnie‘s Cafeに出かける時、嵐山からどの交通機関を利用すればいいかと考え、JR一本で行くことにした。交通費は最安で、またグーグルの地図を見ると戦前に坂口安吾が一時滞在した家があることがわかったからだ。京都に来た坂口は嵯峨の友人を頼ってしばらく嵯峨で過ごした。その文章を昔読んだ。筆者は梅津のムーギョがなくなってからはスーパーでの買い物はもっぱら嵯峨に行くことにし、毎週車折神社のすぐ近くを歩く。坂口は嵯峨に滞在中、その神社に行って印象を強くし、また神社近くの畑が広がる中にあった嵐山劇場によく通った。その劇場の正確な場所は、「風風の湯」の常連で車折神社のすぐ近くに住む数人に訊くとわかるかもしれないが、戦前のことではそれは怪しいか。坂口は車折神社の裏側と書いているので、大きな鳥居のある三条通り沿いではなく、嵐電の線路の北側のはずだ。そこは筆者が買い物に行くスーパーのある場所とほとんど変わらない。それはともかく、坂口は嵯峨から伏見に移り住み、その場所を筆者は長年知らないでいたが、前述のようにライヴハウスの場所を地図で調べて知り、ライヴハウスに向かう前に立ち寄ることにし、地図を印刷した。その場所はJRの稲荷駅から少し西の師団街道沿いだ。家内は還暦を迎えるまでの18年間、龍谷大学に勤務していた。京阪の深草駅で降りて左に小学校を見ながら西に歩き、師団街道に出ると目の前が大学だ。家内が言うには、小学校の向かいに何をやっても流行らない店があったが、中国人が経営する中華料理店が出来ると、たちまち大学の先生らにも人気となった。家内はライヴを見て来た筆者にその店の前を通ったかと訊いたが、JR稲荷駅は京阪深草駅から200メートル北にあり、また坂口が下宿した家は小学校前の道から北に150メートルほどにある。そのため、往復とも中華料理店の前を通らなかったが、龍大の新しい校舎に入っているスターバックス・コーヒーの前は通り、そのことを家内に言うと、家内はその喫茶店が出来るという噂を聴いている時に通勤しなくなったので、どういう状態か知らないと言った。家内が勤務していた間、龍大はどんどんと新しい校舎を建て、よほど普請好きの大学だと思ったとのことだが、ハコモノ行政国家の日本の現実はそういうところにも表われている。

坂口の下宿先はすぐに見つかった。師団街道とコの字型に接した石畳の小径があり、その縦棒に相当する南北の道に数軒の木造の家が並ぶ。おそらく戦前のままではなく、きれいに修復し、現在は民泊のようになっている。龍大が威容を誇る一種異様な校舎群と化したことに比例して、昔はどこにでもあった木造の家が洒落た雰囲気に様変わりしている。坂口がその様子を見ればどう言うだろう。坂口が描写した伏見稲荷の場末の雰囲気が濃厚な地域は今はもうほとんど消えたし、それはここ20年ほどの間にどの家も新しい建材でのっぺりとしたデザインで建て替えられているのと同じで、昭和の味わいを残す木造の家屋は少数派になっている。坂口は法隆寺や平等院がなくなって、バラックだけになってもそこで日本人が真実の生活を営むのであれば、そのほうが美しいと書いたが、戦前の雰囲気が消えた路地がつながる伏見稲荷西側の地域やどこでもそのようになった今の日本を見れば幻滅するのではないか。坂口が使う真実という言葉は力強いが、筆者はその言葉を過去の文化をけなして使う坂口を信用しない。真実を求めて美しく散文を綴ることに生きようとした坂口個人の姿勢を、今も昔も日本人全体に広げるのは無理だ。坂口は実用一辺倒の建物や飛行機、軍艦を美しいとも書いたが、実用一辺倒の中に合理的とは言えないデザイン性が必ず入り込む。法隆寺や平等院でもそうであるし、人間の顔もそうだ。坂口は美しくあろうとする行為とその結果すべてに、わざとらしさが入り込んで美しくなくなると言いたいのだが、美を念頭に置かない行為に美が宿るとは限らない。粗野に力強さがあり、そこにそれなりの美はあるが、それを重視するのは坂口のないものねだりだ。坂口は知識人であり、フランス語を学んだが、フランスの知性を少々嘲笑してもいたので、最近のノートルダム寺院の火災を知れば、そんなものは壊してしまって代わりにフランス人が真実だと思える新しい何かを建てればよいと言うだろう。フランスにもその考えに同調する人がいるらしいことは、ノートルダム寺院をどのように再建するかのアンケートからわかる。元の形に戻すのではなしに、屋根を全く新しいデザインにすればよいとの意見だ。フランス人の多くがそれを真実だと言えばそうなるだろう。日本もそのようにして寺社を鉄筋コンクリートで建て替えて来たと言えるかもしれない。坂口は欧米の猿真似であってもそこに日本人の真実の生活があればそれは独創であると言う。つまるところ、20世紀の日本は猿真似ではあるがそこに独創性を認めるべきとの意見で、筆者はライヴハウスで音楽を聴きながらそのことをなるほどと思わないでもない。ともかく戦後の日本はますます欧米を猿真似して高度成長を遂げて今がある。それが外国人労働者に頼らねばならない時代となって、日本人の真実や美はぐらつき続ける。