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●「母の日」のカーネーション3本
者は嫌いだが、自分の体の調子がいつもとは違うことを感じると不安はよぎる。2か月ほど前から右の掌がよくじわっと痺れる。最近は左の膝から下がたまに強く痺れるが、それは座りっ放しが原因だと勝手に思っている。



●「母の日」のカーネーション3本_d0053294_18041656.jpg血圧がかなり高いので、家内はそのせいと言うが、「風風の湯」にある血圧計を使わなくなって半年ほど経つ。測る時間にもよるが、いつも上は午後6時半頃の食事しない状態で180少々だ。かなり異常だと周囲から言われるが、昼間の市民検診で測るとさほど高くない。手足の痺れは10分ほどで消えるのであまり心配していないが、2,3日前から背中の下方がとてもだるい。腎臓が悪いのだと思うが、今日の昼前はあまりにだるく、妹の車の中で身動き出来なかった。車を降りて歩き始めるとだるさは消えるので、これも座っていることが原因だろう。昨日は家内と母の家に出かけた。夜に3人で食べる弁当やおやつ、それに今朝食べるパンを高島屋で買い、午後3時半に着いた。母の家で一泊するため、正午過ぎに「風風の湯」に行き、いつもとは違って1時間少々で出た。ショート・ステイと称し、毎月母は連続2日、自宅に戻ることになっている。それを筆者と妹ふたりで面倒を見る。当然母の家にパソコンはなく、また筆者はスマホを持たないので、母の家で泊まるのに退屈するから本を持って行く。先月は母が寝るまでの間の数時間で1冊読んだ。昨夜も気になっていた1冊を9割ほど読み終えた。来月は8日に泊まるが、その時に持参する本も決めていて、母の家に泊まることは読書にとてもいい。パソコンがなければ読書がはかどることは、若者が読書しないことを改めて実感させる。母は2,3年前まで小説を毎日読んでいた。その文庫本が押し入れに大量に山積みになっている。筆者が読みたいものは1冊もないが、その読書好きは筆者に影響を与えたかもしれない。とはいえ、20代半ばで子どもを3人抱えた母は読書する暇などなく、食べるためにあまりに働き過ぎてリューマチを患った。その痛みを抑えるための薬を夜に筆者が薬局まで買いにやらされることが何度もあった。リューマチは50代にはすっかり消えたが、仕事の要領を覚え、重いものを持つことに慣れたからであろう。その働きづめであった母が今は91になって車椅子生活だ。認知症も出ているが、昨夜は大きな声で筆者と家内の名前を呼んだ。妹によれば左目が白内障で全く見えず、また左耳もほとんど聞こえない。目の手術は3か月後で、全身麻酔をする必要がある。視力がよくなれば認知症が少しはましになるかと言えば、それはわからない。逞しかった母が今は車椅子の上でとてもおとなしくなり、また両手でしばしば頭を抱えて何かを思い出そうとしているようだが、何を考えているのかはわからない。
 毎日筆者や妹らの顔を見れば認知症の進み具合はかなり遅れるのではないかと思うが、下の世話などを考えると病院に任せるほうがいいとの妹の判断で、筆者もそれに応じるしかない。また母は長年働いて来たので、病院に支払う費用は年金で充分賄える。昨夜と今朝、筆者は車椅子から何度も母を抱き上げ、ベッドやトイレ、車の座席に移したが、腰がだるいとはいえ、まだ母をしっかりと抱えるだけの力はある。先月もそうであったが、母はかなり昼と夜が逆転し、夜に寝ない。昨夜も10時半に寝て2時に目覚め、家内と筆者は母を諭して寝かしつけたが、4時にまた家内から叩き起こされた。その後また寝入って筆者が次に起きたのは8時で、先ほど帰宅して1時間ほど眠った。睡眠のリズムが狂うとさすがに疲れる。筆者が母を抱いて立たせている間に家内はおむつを交換したが、自宅で面倒を見ると毎日その作業を数回せねばならず、またとてもひとりでは無理で、老老介護の大変さを思う。とはいえ、昨夜は温和で寡黙になった母のすぐそばで筆者は読書を続け、それはそれで非日常の楽しさであった。母は手先が器用で、編み物や縫物が大好きであったが、その趣味から少しずつ読書に移った。京都に移住した70代からだ。そう言えば若い頃の母は手紙魔で、筆者が小学生になる以前に父宛てによく手紙を書いていた。その頃の便箋や封筒、切手、また母の筆跡を鮮明に覚えている。筆者がこうしてブログを書き続けるのは、母の気質が遺伝したのだろう。昨夜家内はおもむろに母の目が筆者のそれにそっくりであることを指摘した。筆者の高い鼻は父親似だが、両親のどちらに似ているかとなると半々だろう。昨日は母の家の近くに住む妹の長男の嫁がやって来て、昨日あった長男の担任の先生の家庭訪問のことを話題にした。長男は小学1年生で、絵を描くのがとても好きで、先月筆者は彼の似顔絵を描いてやった。担任の先生は彼の算数の問題の解き方があまりに独特であること、また国語のテストでは語呂合わせの言葉遊びが多いことを指摘したそうだ。嫁は彼のそうした変わった個性を筆者の血が流れているからだと笑いながら言ったが、彼女の長男と筆者にどれほどの共通の血が流れているのだろう。個性を伸ばしてやるのはいいが、筆者の母は筆者に何になってほしいとは一言も言ったことがない。また筆者がどれほどいい成績を取り、賞状をたくさんもらって来ても一度も誉めたことがない。そのことを筆者はさびしく思ったことはない。学校の先生や周囲の大人、年配者はこぞって筆者をよく誉めてくれたからで、その意味で筆者はとても恵まれていた。読書する筆者の真横に妹が用意した「母の日」のカーネーションがあった。赤紫が筆者のカメラではかなり違って写る。3本であるのは筆者とふたりの妹か。そう言えば、筆者が小学3,4年生の頃、3人で貯めた小遣いで母に赤いカーネーションと1箱の菓子を買ったことがある。
by uuuzen | 2019-05-14 18:04 | ●新・嵐山だより
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