故郷が北海道で、現在は大阪在住の女性テルミン奏者兼歌手のフェイ・ターン(FATERN)という女性が、パートナーのカタヤマトミオというシンセサイザー奏者と組んだ場合に「ハッピーターン」(HAPPY TURN)と呼ぶが、今回のライヴではギタリストのLeopon Taruiが加わった。

4時少し前に筆者は松本さんからギタリストとは知らずに紹介されたが、「タルイ」は「樽井」かと思っていたところ、先ほど調べて「垂井」とわかった。そう言えば垂水在住のザッパ・ファンの畠中さんが友人と見に来ていて、筆者の左後方2メートルに陣取って筆者に声をかけて来た。バンドの演奏が終わるたびに彼と話をしたが、彼はハッピーターンの演奏にとても感心し、千人規模の大会場でも演奏出来ると言った。それほどに印象深い、圧倒的な演奏で、その理由を考えるに、まず楽曲の完成度がきわめて高い。即興演奏部分はほとんどないようで、一度聴くと覚える。また視覚的にとても面白く、凝った衣裳をまとったフェイ・ターンの両手の動きを中心として踊りが目を引く。その踊りはテルミンの操作と分離し難く、どこからどこまでが演奏であるかの境界がわからない。ということは、彼女の存在がテルミンの音の世界と同一で、また踊りともそうであって、月並みな表現を使えば宇宙と一体化している。またそうしたスピリチュアルな世界の表現を何よりも重視していることがわかる。それは、また月並みに言えば、幸福感をもたらしたいためだ。それゆえの「ハッピーターン」で、この名称はきわめてわかりやすく、また嘘がない。松本さんは開演前に舞台上で、チケットについているもぎり部分に、当日出演した5つのバンドの名前ないし番号をひとつ記入して、帰り際に投票してほしいとアナウンスしたが、筆者はレザニモヲ&武田理沙に投票しようかと迷いながら、自分に嘘をつかず、また初めて見た珍しさも手伝ってハッピーターンに投票した。当日の投票結果を松本さんに訊いていないが、投票数によってギャラが按分されたのかどうか気になるところだ。さて、「ハッピーターン」は有名なお菓子の名前でもあるので、YOUTUBEで検索するとまずそれが表示される。そのため、その言葉の後に「テルミン」を加えればよい。一方、「FATERN」でもいくつかの演奏が出て来る。「ターン」に「TERN」と「TURN」のふたつを使っているので紛らわしいが、さらにややこしいのが、彼女は「WataFei」と「numacco」というユニットでも活動していることだ。これらの情報は彼女の
ホームページでわかる。一緒に演奏する相手を変えることで彼女の音楽性が変わるのかどうかだが、テルミンと彼女の独特な声はそのままであるので、多くのバンド名を持つことは得策でない。ただし、彼女としては共演者に敬意を表してバンド名を変えているのかもしれない。
曲目を記していないが、当日の演奏はみなYOUTUBEで見られる。最も印象深かったのは「ATLANTIS」だ。伝説上の海に消えた大陸の名前で、フェイ・ターン好みの最たる題材と言ったところで、とても重厚な曲だ。ここでは彼女は歌わず、たっぷりとテルミンを奏でるが、その主旋律がとてもよい。シンセの伴奏は単調だが、後半はハバネラのリズムになり、そこで誰しもラヴェルを思い出すが、YOUTUBEで見られる「深海電波音楽会」は「逝き王女のためのパヴァーヌ」とかなり似たメロディがある。ただし、その伴奏はテルミンの世界とは全く異なり、またテクノ的とも違う、ニーノ・ロータが映画音楽で使いそうな面白さがある。またこれは題名がわからないが、両手にベルを持ち、それを鳴らしながら歌う曲では、声がドスの利いた演歌のようなところ含み、彼女がさまざまな音楽を摂取していることがわかる。テルミンの伸びやかな宇宙的なサウンドにしても、神秘的をことさら強調しようとしたものではなく、彼女の身振りの添え物的な印象が強く、また弦楽器に置き換えられるように聞える。もちろんテルミンの卓抜な技術を求めて努力しているはずだが、それのみの奏者として認知されることを歓迎していないだろう。最も重視するのはやはりヴォーカルで、またその歌声には笑顔とともに大げさとも言える振りが欠かせず、独特の好みの衣裳と相まって舞踊歌手と形容するのが最もふさわしいと感じる。いくつかのユニットでの活動は、自己の多面性があってのことと、自己からどれほどの多面的な音楽を引き出せるかという探求心を示し、そのためにハッピーターンのみで彼女の個性を判断すると才能を限定的に捉えかねない。だが、彼女の音楽性への入り口はどのユニットでもよい。つまり多面性の一部を聴くだけで彼女の本質はかなりわかるだろう。それは音楽で聴き手を心地よくさせるという信念で、悲しみや孤独を訴えたり、感じさせたりする曲はないに違いない。実生活の彼女がライヴと同じように陽気一辺倒かと言えば、そうではないだろうが、それでも自分が歌い、演奏する姿を通じて聴き手を自分が理想とする世界に誘うという責任感のようなものはよく伝わる。それがプロ根性であって、またそれを本人が自覚することで演奏技術を磨き、作品の完成度をさらに高めることになる。おそらくそういう彼女の姿勢がいくつものユニットを作る、つまり他のミュージシャンを呼び寄せる理由になっているのではないか。またそうした共同作業は彼女の理想とする、すべてが調和しながら高まり合うという宇宙観を説明するのだろう。スピリチュアルという言葉はややもすれば安っぽく、詐欺っぽい印象を与えかねないが、彼女の音楽から感じられるそれは、女性でもあるだけに、包容力があって優しさに溢れる。そして力いっぱいの逞しさもだ。
演奏が終わって客席にいた彼女を見て驚いたのは、かなり小柄であったことだ。そのことを演奏後に物販の場所近くに立っていた彼女に言うと、「よくそう言われます」と笑顔で応えられた。舞台での様子はとても大きな女性のように感じさせたが、歌って演奏している間は彼女自身の気持ちが雄大になっているためだろう。また、自分を恍惚の世界に向けて解放することで客も同じ世界に誘うという思いを抱いているはずで、エンターテイナーとして申し分ない才能を感じさせる。彼女の愛嬌さはとても重要なことで、彼女はそれを意識していないと思うし、またわざとらしさが感じられないが、男が女に魅せられるのは結局は温かいオーラだ。いくら美人でも澄まし過ぎているとほとんどの男は近寄らない。女もそうだろう。また、照明を落とした暗めの舞台では彼女の顔はほとんどわからず、音にじっくり浸れる。彼女は年齢を明かしていないが、若さを売りにした曲ではなく、また20代ではとても無理な演奏だ。YOUTUBEでは野外でのハッピーターンの演奏が見られるが、GANZのあまり広くない、そして暗めの照明の中、なお彼らの演奏は親密さを増して聞えた。深海を表現した曲では特にそうで、筆者は部屋全体が海の底のように感じられた。その感覚はYOUTUBEでは絶対に感じられない。演奏の合間で彼女は、3枚目のソロ・アルバムの最後の作業を終えたばかりで、今夜はそのCDからの新曲を披露しないと語ったが、その新作ではギターは垂井さんとのことで、当日の演奏は新作の要素を幾分か含んだことになる。YOUTUBEでは以前のギタリストは黒瀬尚彦という名前しか出て来ないが、垂井さんのギターの音色は黒瀬さんとよく似ている。これは彼女が求める音色なのだろう。またどちらの演奏も彼女の声を邪魔せず、ちょうどよい音量だ。それはともかく、垂井さんのギターは実に巧みで、日本のギタリストでここまで情緒豊かに奏でる才能があるのかと、筆者は大いに酔った。またその才能を見極めて彼女は起用したのだろう。「酔う」と筆者は書いたが、ハッピーターンの演奏から受ける思いはその言葉どおりだ。音楽的にはビョークの世界に近いかもしれない。あるいはブライアン・フェリーの『ボーイズ・アンド・ガールズ』を思えばよく、80年代半ばのゆったりとしたリズムのダンサブルな曲だ。そこに東洋的な要素が濃厚に混じるのだが、これはヨーロッパ的な音を模倣するにしても限界があり、最初から立ち位置は日本ないし東洋とすることに迷いはなく、またそうすることでインドやチベットの精神世界を引き寄せられる強みを思ってのことだ。また、テルミンの音色も胡弓かと錯覚させるもので、中国的な雰囲気もある。その汎東洋性によって、アジア全体で大いに人気を博す可能性を秘めている。後は世界的に著名な誰かが認識して紹介するだけと言っていいのではないか。