人気ブログランキング | 話題のタグを見る
👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●ダメンズと女
の数ほど男女がいるのになかなか出会いがないと嘆く声がある。星は夜空に無数に見えても、実際は星と星の距離はものすごく離れていて、星同士の出会いはほとんどない。そう考えると若い男女に素敵な出会いがないのはごくあたりまえだ。



とはいえ、異性を欲するのであれば待っていては駄目で、積極的に自ら動くべきだ。それで婚活パーティやそれを商売にしているサイトがたくさんある。なるべく若い時に結婚したほうがいいという意見は、特に女性はあまり世間を知り過ぎると気位が高くなるという理由だ。年齢が増して行くのに比例して男の条件を厳しく定める。これだけ待ったのであるから、つまらない男は嫌だというわけだが、それはそれでわからないでもない。筆者が家内と知り合ったのは最初に勤務した、今は梅田にあるが当時東三国にあった大きな建設設計会社だ。家内は5階、筆者は2階の部署にいてほとんど顔を合わさなかったが、ある日5階の有志がロックバンドを作ったということを先輩から聞き、ふたりである夜、梅田にある会社の支部に見学に行った。すると家内はキーボードを弾いていた。筆者はギターを弾いて歌うのが好きであったので、ほとんどすぐにそのバンドに加わり、その1、2年後に、筆者はリード・ヴォーカルとエレキ・ギター担当で、100人ほどの若者を集めてダンスパーティを心斎橋のどこかのホールを借りて開いた。そういうことが二度あって、その時に撮った写真もある。マイクの前で歌う筆者の背後で家内がキーボードを弾いている白黒写真は大きく引き伸ばしてもらったが、どこにあるかわからない。当時リード・ギターを担当していた数歳年長の人が10数年前にその会社の社長になったと聞いたが、それを知って笑った。遊び人のような人であったが、もちろん京大卒の優秀な頭をしていて、また筆者が会社を辞める時、真剣に引き留めてくれ、自分の部に来ればよいとまで言ってくれた。もちろんそんな勝手は許されないが、筆者は当初は4階の部署に配属されるはずが、入社式の当日に2階で当時最も勢いのあった人に引き抜かれた。その人のことを詳しく書くと、中編小説になるくらいにネタがあるが、結論を言えばその人から筆者は大いにかわいがられたにもかかわらず、反りが合わなかった。それで会社を辞めた。それはともかく、そうして出会った家内と暮らすことになったことを、今はタイに住んで音信不通の友人がよく揶揄した。近場で彼女を見つけたのは世間が狭過ぎると言うのだ。会社には若い女性が50人はいたと思うが、入社早々筆者はどの女性にも関心が持てず、ほとんど絶望した。そう思い始めた時、前述のようにロックバンドを作る動きがあった。家内とは音楽を通じて出会った。もっとも、家内が10代に聴いていたのはクラシック音楽で、家内の影響ではないが、筆者もそれは好きで、意見が合った。
 若い頃にさっさと彼女を見つけたのは正解だった。家内はあまりにも防備が固く、筆者はそのことを同じ会社に勤める1年先輩によくこぼした。また、容易に男になびかないところが魅せられた理由であった。先輩は最初のデートでホテルに行ったという話をしてくれたが、その話を聞く前から筆者はその女性に何の魅力も感じなかった。こっちをなかなか向いてくれない女性をどうにかして口説くというのが筆者の好みなのだろう。そういうことを今の若者はどうなのかと思う。しつこくつきまとうとストーカーと呼ばれるから、ほどほどにしておこう、あるいは面倒臭いと考える男が多いのではないか。先輩はやがて別の女性と社内恋愛をして結婚したが、後年それが失敗で、愚妻であるとよく愚痴った。ダメンズという言葉があるが、駄目な女をどう呼ぶのか。それを聞かないところ、駄目なのはもっぱら男ということだ。そうそう、先月24日の結婚式で義兄と話した時、どういう経緯であったか、義兄は今の日本が駄目になったのは女のせいだと言った。筆者はすかさず、それは違うと返したが、義兄は男を陰で動かしているのが女であるから、今の日本の衰退ぶりは女の責任だと言って耳を貸さない。筆者はまだまだ日本は男社会で、男がだらしないので女もそれにしたがうという意見だ。男がだらしなくなるのは女のせいだと義兄は言うので、水かけ論なのだが、ダメンズという言葉があるところからして、駄目な男が昔より増えているのだろう。そのダメンズの定義は女によって違うと思うが、筆者にもダメンズの部分はある。それはさておき、ダメンズはどういうわけかとびきりの美女にもてる。以前に出会った30代半ばの女性はとても個性的で、また筆者の傍らで堂に入ったタバコの吹かし方をしたので、筆者は内心近寄りたくないと思ったが、後でその女性のことをある人から聞いたところ、付き合う男はみなダメンズとのことであった。なるほどと思った。彼女にはダメンズが似合う。駄目な女というのではない。むしろとてもしっかりしている。またそうであるからダメンズをかわいいと思い、ダメンズと交際している間は生きている心地がするのだ。そういう優しくも逞しい女性のお陰でダメンズは棲息出来る。これは傍がとやかく言うことではなく、本人たちがいいのであればそれでよい。またお互い飽きれば別の相手を見つけるはずで、そうこうして一生楽しく暮らすのもいい。ダメンズにはそれほどに普通の男にはない底なしの魅力があるのだろう。またそういう男に惚れる女が無数にいることが女の不思議で、筆者は今でも女がわからない。また筆者は家内に自分がダメンズ的なところがあると言うと否定しなかったが、男は誰でもダメンズ的なところを持っている。度合いの問題だ。それに女にしても許せる部分とそうでない部分がまちまちで、ある女にはダメンズでも、別の女には理想の男に映る。
 いい男女は20代でさっさと結婚して行くと言われるが、それは動物的本能に突き動かされてのことだ。その本能は若い頃だけのものではないが、量で言えば10代後半から20代半ばが最高だろう。昔ある女性から性欲は10代半ばに最も強かったと聞いた。その勢いが大学に入ると爆発し、同棲や週の半分はアパートでセックスするというのがあたりまえとなるが、その延長上に会社に入ってすぐに結婚相手が見つかるのがだいたいの相場だ。それに遅れると世帯持ちから言い寄られ、時に不倫関係になって婚期を逃しそうになる。20代はあっと言う間に過ぎ去り、30代に突入すると女は焦りが出て来る。男は割合悠長にかまえていて、30代半ばになって10歳くらい下の女性と結婚したいと思うようにもなる。売れ残りになりそうな女性は表向きは笑顔でも内心は悲愴で、またそういう雰囲気は男には手に取るようにわかるから、ダメンズが磁石のように吸い付いて行く。あるいは女がそれを招き寄せる。そういうダメンズと結ばれて子どもを産んで普通の幸福な家庭を築ければ文句なしだが、それはお互いの努力による。それに女が30代後半になると出産が難しくなり、そのことをダメンズがどう判断するかだ。子どもがないほうが気楽でいいというダメンズは多いはずで、かくてダメンズは婚期を逃しそうになった女性とうまく落ち着く。となると、20代前半に結婚しなければ、ダメンズと暮らす確率が高くなりそうだが、そうとは言えず、20代でもダメンズはわんさかいる。そしてそういう男を好きになる女も駄目女で、世間はうまく釣り合いが取れている。ダメンズに一度懲りて次は絶対に引っかからないようにすればいいものを、駄目女は脳内の学習機能細胞が壊れていて、死ぬまでダメンズに振り回される。これは麻薬と同じで、ダメンズによって徹底的に快感中枢が冒され、ダメンズでなければ満足しない。とはいえ、相手を信頼することは、ダメンズと駄目女の関係だけではなく、正常と思っている人でも自己催眠にかかっていると言えるかもしれない。それはそうと、ダメンズの反対はどう呼ぶのか。そういう人が少ないのでうまい言葉が見つけられないのだろう。駄目でない男として、ひとつ言えるのは仕事の頑張り度だ。筆者は男は仕事に9割の人生を費やす存在と思っているが、残りの1割をその他への関心となれば、交際している女性はさびしがる。ダメンズなら仕事をほとんどせず、一日中セックスしてくれるから、やっぱりダメンズがいいと思う女は多い。だが、そんなダメンズはほかにセックスさせてくれる女がいてあたりまえで、女をひとり失えばまた別を見つけるという本性を持っているから、ある女性との蜜月はそう長く続かない。だが、女もまた別のダメンズを見つければよく、何ら問題は生じない。
 仕事に打ち込めない男をダメンズと思うとわかりやすい。また時間の9割を仕事に費やすのは、サラリーマンであれば、電車に乗っている時や食事している時でも仕事やそれに関することが頭にあるということだ。そのような男は20代でやりたいことに驀進し、必ず頭角を現わしている。その例として筆者はザッパを思う。ザッパは10代でヴァレーズに憧れた。日本の2、30代のミュージシャンでヴァレーズを聴く者がどれだけいるだろう。先に書いた義兄の話には続きがある。義兄は結婚式で詩吟を披露した。そして筆者とは日本における詩の話題にしばし華が咲いた。義兄はヒップホップは詩吟から見ればつまらない流行と言うのだが、そのことはさておいて、筆者が言ったのがノーベル賞をもらったボブ・ディランだ。ポップスの世界からノーベル賞が出たとは言うが、ボブ・ディランは詩人のディラン・トーマスに若い頃に心酔し、いわば英詩の伝統上に作詞している。それは日本人には不可能なことだ。ならば日本はどういう伝統を継いで現代のポップスの詩を書くべきか。またそういう気概を持っているシンガーソングライターがいるのか。「令和」という元号が万葉集に由来するとされるが、元をたどればやはり中国の漢詩だ。詩吟は漢詩を日本人にわかりやく読み砕いたものだ。日本のポップスは欧米のそれを模倣して来たが、歌詞に関しては英詩からも日本の伝統ともつながっていない。とはいえ、詩吟のあの朗々たる調子をそのままポップスに載せることは困難だ。ではどうすべきか。そういうことを考えると、日本の本当のポップスはまだ生まれておらず、これからだという気がする。つまり、シンガーソングライターは寝る間も惜しんでその勉強をすべきだ。でなければボブ・ディランから何周も遅れたままになる。それでいいと思えば、日本のシンガーソングライターは芸術になり得ない。ところで、ミュージシャンにダメンズが多いのはきっと世界共通のことと思うが、彼らは瞬時の演奏に生き甲斐を見出していて、生き方もそれに呼応して刹那的であることをよしとしている。明日のことは考えず、とにかく今が楽しければいい。だが、一方で音楽は厳格な構造を持っている。たとえばシンフォニーだ。それを構築するには瞬時は無理だ。ザッパは20代前半でそういう管弦楽曲を盛んに書いていた。スタジオ・ミュージシャンに楽譜をわたすと演奏出来ないと抗議され、ザッパは自ら弾いてみた。つまり、ザッパは演奏技術が巧みで、オーケストラの楽譜を書くことも出来た。そういう才能のまま人生を突っ走ったが、日本のミュージシャンでそのことをまともに考える者がどれだけいるだろう。たいていは目指すところがもっともっと低い。つまり、格好悪い。ただし、日本の女性から見ればザッパにもダメンズの部分はあるだろう。男はみなそうだ。それで人生の9割を自分の仕事に費やしている男を女は見つけるべし。
by uuuzen | 2019-04-02 23:59 | ●新・嵐山だより
●ひしゃげたエスプレッソのカプセル >> << ●鏡の妻、妻の鑑

 最 新 の 投 稿
 本ブログを検索する
 旧きについ言ったー
 時々ドキドキよき予告

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
以前の記事/カテゴリー/リンク
記事ランキング
画像一覧
ブログジャンル
ブログパーツ
最新のコメント
言ったでしょう?母親の面..
by インカの道 at 16:43
最新のトラックバック
ファン
ブログトップ
 
  UUUZEN ― FLOGGING BLOGGING GO-GOING  ? Copyright 2024 Kohjitsu Ohyama. All Rights Reserved.
  👽💬💌?🏼🌞💞🌜ーーーーー💩😍😡🤣🤪😱🤮 💔??🌋🏳🆘😈 👻🕷👴?💉🛌💐 🕵🔪🔫🔥📿🙏?