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●神社の造形―野見神社、その1
査役ならいいが会計は絶対にやりたくないと自治会の住民で筆者と同じ年齢のNさんが言った。Nさんは横浜にある会社に長年勤め、その会社でお金にまつわるトラブルに巻き込まれたことがある。それでみんなから集めたお金を管理することに恐怖を抱いている。



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結局今年は自治会の監査役になったが、おおむね順番とはいえ、何か役割が回って来る自治会は少子高齢化のために存続が難しくなって来ている。Nさんは高槻市内の生まれで3人兄弟の長男だ。高齢の父親が元気で屋敷にひとりで暮らしているのを、最低月に一度は見に行くのに便利なようにと、嵐山にマンションを買った。最上階でかなり広く、1億円近くしたはずだが、独身であれば定年後はそれくらいのマンションに住めるのだろう。ただし、今60代半ばの人の場合だ。またNさんの父親が暮らす実家は駅前の本町にあるとのことで、父親が亡くなれば兄弟3人で分けるとしてもかなりの遺産になる。至って真面目で趣味もなさそうなNさんは、20年後にいよいよ体が動かなくなれば最高級の老人ホームに入居出来るが、蓄財を考えて来なかった、また考えてもその能力のない筆者はどのような最晩年を迎えるのかと今考えてみる。それがいっこうにどういう暮らしをしているかは思い浮かばず、次にはそれでいいではないかと呑気に考える。20年先の80代半ばのことを今から心配するより、まずは心身ともに健康を保持することだ。それには運動を欠かさず、暴飲暴食は控えるべしとよく言われるが、筆者はほとんど気にしない。自分の心身は自分で充分に監督している妙な自信があるからだ。信頼と言ってもよい。自分で自分を動かしている人生であるので、何か異変は感得出来ると信じている。またそういう思いがなければ不安だらけで生きる質を落とす。そういう筆者の態度を世間では過信と言い、医者に頼ることを勧めるが、それは他力本願で、筆者に言わせれば無責任だ。世の中に医者はいないものと思って生きるべしで、本当にいざとなった危うい時だけに医者に登場してもらう。これは占いと同じだ。一生に一度か二度の大事なことを決めるに当たって、いくら考えても妙案が浮かばない場合にのみ占いに頼るべきであるのに、占い師から嫌なことを言われるとすぐに別の占い師に正反対のことを言ってもらって安心しようとするふざけた人がいる。それはともかく、今日から3回の予定で今月15日に訪れた高槻の野見神社について書く。この神社のすぐ南にある、今は名前が違っている高校に家内は通った。高槻城近くの高槻市内では一番落ち着いた雰囲気の一画で、筆者は野見神社境内東の「城北通り」を何度か歩いたことがあるが、同神社を訪れたことはなかった。それで家族3人で家内の実家にお参りし、その帰途に義兄と一緒に駅前の居酒屋で飲んだ後、足を延ばした。
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 城北通りは北寄りは商店街だ。そこから300メートルほど南で道路は東に折れるが、その西側に野見神社がある。途中の西側に現代劇場文化ホールという立派な建物が出来たのは30年ほど前と思うが、高山右近の銅像のあるカトリック教会が北に隣接する。それらの建物が目立つあまり、野見神社はどことなくせせこましく、陰鬱な印象がある。神社前から東に進むとすぐ先に市立の「しろあと歴史観」があるが、これが出来たのは10数年前で、年に一度くらいは水無瀬の奥村寛純さんが寄贈した伏見人形の展示がある。その展示の機会に二度訪れたことがあるが、野見神社の前を通りながら立ち寄らなかった。それで15日はほろ酔い気分で夕方に家内と息子の3人で訪れた。1年ほど前から気になりながら、ようやくであった。今日の最初の写真は城北通りから西へ入ってすぐのところで撮った。家内と息子が写っている。鳥居の奥に見える建物の正面は石畳の参道とはすこしずれた位置にある。このまだ新しい建物は高槻戎神社の新社殿で、野見神社境内の南西角に位置する。2枚目の写真が本殿の正面で、その右手すなわち北側に同じく新築の舞殿がある。昭和31年に西宮戎神社から分神したもので、歴史はかなり浅い。近くには駅や大きな商店街がいくつかあり、商家にとって地元に戎神社があるのはありがたいという理由で建てられたはずだ。昭和31年から60年近く経ち、木造建築がその程度では補修を重ねれば充分使えるはずと思うが、老朽化のために建て替えられた。昭和の社殿は現在はまだあるが、去年の情報ではいずれ取り壊されるとある。神社の建物も民家並みの寿命だが、新しい社殿が現在の新築民家の材質やデザインとはもちろん違うことに安堵する。旧戎神社は3枚目の写真で、新社殿の北側にある。背の高い樹木に取り囲まれているので、なおさら古さに趣があっていい。人口が多い高槻市の店は商売繁盛で、社殿を建て替える費用の捻出には問題がなかったのであろう。野見神社は今では1月上旬の「高槻ゑびす祭り」で有名で、家内のもうひとりの兄の美人の二女が巫女さんとしてアルバイトしたことがあると家内から聞いた。十日ゑびすにこの神社にお参りしようとは思ったことがないが、正月に家内の実家を訪れて10日も経たない頃であるから、わざわざ行く気にはなれない。また家内の実家は今は義兄がほとんどひとりで暮らしていて、それで家で飲食するよりも居酒屋を使うことになる。家内は兄弟姉妹がとても多いが、両親が亡くなるとみんなばらばらになりがちだ。ましてや子どもがひとりやふたりが普通の今では実家が兄弟やその孫で大賑わいということにはなかなかならない。人口減少に伴って寺社も減って行くはずだが、たとえば野見神社内の戎神社の旧社殿が取り壊されても、その跡地に何があったかを想像するのが難しくなるのはすぐだ。
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by uuuzen | 2018-08-19 23:59 | ●神社の造形
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