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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●春咲爺の100枚の手紙
顔の美少年」という言葉に対して「厚顔の老少年」と言えば、図々しいとっちゃんボーヤを思い浮かべるが、少年の心のまま老いることがいいのかわるいのか、またそれが可能かどうか、筆者にはわからない。



●春咲爺の100枚の手紙_d0053294_01060509.jpg
2013年の3月下旬に筆者は福島県いわき市在住のTさん宅を訪れた。迷惑を考えずに押しかけたのだが、一泊させてもらって翌日の朝に東京に戻った。それから6年経とうとしている。今日上桂に割れおかきを買いに行き、帰宅すると家内が顔をしかめて1枚のはがきを差し出した。Tさんからだ。差出の住所の代わりに病院名が書かれている。1月9日に、筆者の母と同じく大腿骨を骨折して入院し、もう自宅に戻れず、病院から施設に移ることとなり、最後に「長い間ありがとうございました。お元気で」とある。早速病院の場所をネットで調べるとTさんの家から南西15キロほどの大きな病院だ。ここ3,4年はTさんにめっきり便りをしなくなって、せいぜい年賀状程度であった。筆者が長年取りかかっている著作についてTさんには昔から伝えてあるが、本が出れば真っ先に送ろうと思いながら、それがまだ果たせないでいる。実のところ、Tさんが元気な間に上梓出来ればと6年前から思い続けて来たが、出版社の意向もあり、筆者が勝手に決めることは出来ない。そしてこの6年、著作に関しては次々と新しい情報がもたらされ、そのつど書き換えて来ている。その作業は終わりがないので、適当な時期に区切って出版する必要があるが、その時期の見定めが困難だ。編集者からの年賀状に「今春こそは」とあったが、出版されるまで気を緩めることは出来ない。3月下旬に東京で家内の姪の結婚式があり、それに出席するが、1、2日は余裕を見て東京に滞在する。そしてTさんからのはがきを見てまたいわき市に行こうかという気になっているが、いつまで入院中かはわからない。病院に訊いても個人情報云々で教えてもらえないだろう。それで病院宛てに手紙を送ろうかと考えている。Tさんは筆者の母より確か2歳上で、今は90歳か91だ。だが筆者の母と違って認知症に罹らず、はがきの文字は弱弱しいながら、確かな文章だ。Tさんと会ったのは二度のみだが、大いに文通したのでお互いそれなりに気心は知れている。Tさん夫婦が娘さんの引率でわが家に来られたのは1987年であったろうか。それ以来の付き合いとすれば32年だ。Tさんはキモノの仕立てをしていて、筆者は絵羽の訪問着を格安でよく縫っていただいた。Tさん以前には女性Nさんに依頼していたが、Tさんを識ってからTさんに頼むようになり、そしてNさんは50歳ほどで亡くなった。Tさんから緻密な作業はもう無理と言われた時、幸いにも優しいYさんを見つけたが、15年前に前述の著述を始めてからはほとんどキモノを染めなくなり、1年に一度会うか会わない関係になった。
●春咲爺の100枚の手紙_d0053294_01062243.jpg 6年前にTさんは、小学2,3年生だろうか、子どもの頃のセピア色の写真を3枚取り出した。2枚は斜め横からの撮影で、1枚はおそらく撮影者の言葉に反応して表情が大きく崩れ、もう1枚はまともに写っていた。残りの1枚は家族写真で、眼鏡をかけたスーツ姿の知的な雰囲気の父親が印象的であった。Tさんがなぜその写真を筆者に見せたのかわからないが、Tさんの子どもの頃の顔と筆者の目の前にいる高齢のTさんの顔は即座に同一人物とは思えないものの、子ども頃よりもはるかに知的で純粋に思えた。もちろん子どもの頃の天心爛漫さもよく、筆者はよほど2枚の写真を持参したカメラで撮影してもいいかと訊こうとしたが、目に焼きつけることに留めた。Tさんはその写真の頃の思い出として、冬の寒さが尋常ではなかったと話した。また、筆者が昔書き送った100枚の手紙を全部保管してあることを二度口にし、Tさんにとって筆者はその100枚の手紙の印象がとても強いことがわかった。以前に書いたことがあるが、その手紙はB5用紙100枚に鉛筆でびっしりと横書きしたもので、1988年3月から1990年2月までの丸3年間続けた。もちろんそれ以前も以降も手紙は送った。100枚の手紙は2枚ずつ左右に並べて50パーセント縮小コピーし、B5用紙50枚を当時7,8人に郵送したが、原本はTさんに送った。そして筆者は3年分のその手紙のコピーを製本屋に3冊の本に加工してもらった。原稿用紙に換算して毎月200枚書き続けたので、3冊でおおよそ7200枚の原稿になる。書いた内容はこのブログとほとんど同じで展覧会の感想が中心だが、仕事の合間に毎月100枚書くのであるから、きれいな文字を気にしている余裕がない。それで個性と言えばおおげさだが、大量に書くことで筆者なりの文体や筆跡が生まれるはずと思った。3冊の本の表紙は自分で木綿の生地を使って手紙の最初の一文字を拡大して染め抜いた。88年は「春」、89年は「咲」、90年は「爺」で、この3文字は10倍以上に拡大しても明らかに筆者の筆跡で、なかなか面白いと厚顔にも思っている。最初に「春」を使ったのは偶然で、2,3年目は意識した。つまり、3年続けて「春咲爺」となるように1年目の終わりには思いついた。今年ももうすぐその3月がやって来る。88年から筆者は31歳年齢を重ね、本当の爺になった。逆に言えば、30代で爺になることを見通していた。そしてそうなるなら春を咲かせる爺がいい。ブログでは毎月原稿用紙300枚ほどは書き、写真を添えているから、「狂咲爺」だが、つい最近ある人に「テセウス爺」を使うようになった。それはさておき、筆者が6年前のTさんの年齢になった時、自分よりうんと若くて親しい人がいたとして紅顔の少年時の写真を見せるかと言えば、今は老少年の筆者は太陽のキス・マークのある満6歳の顔写真をTWITTERに載せている。
●春咲爺の100枚の手紙_d0053294_01065198.jpg

by uuuzen | 2019-02-12 23:59 | ●新・嵐山だより
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