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●神社の造形―日吉大社、西本宮
かれたスクロール・バーをどう表示させればいいかと調べると、筆者のモニターのサイズが小さいので必要とする解像度がない。何のことかと言えば日吉大社のホームページだ。



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3日前からそれを見ようとしているのに、トップ画面の最上部しか表示されず、問い合わせのための画面も見られないので、表示の不具合を日吉大社に伝えることが出来ない。このようなことはほとんど初めてだ。利用者の画面サイズはさまざまだが、ウェブ・デザイナーは表示させる画面はどの大きさのモニターのどの解像度にも対応させるのが常識だ。普通は表示すべき画面がモニター画面からはみ出れば自動的にスクロール・バーは表示されるが、日吉大社のウェブ・デザイナーは最新の大型ディスプレイを使っている人が大多数と考え、またスクロール・バーを表示させないという変な美意識から画面の大きさを固定している。ともかく、ホームページがどのような規模でどのような内容が書かれているのかさっぱりわからず、自分が省かれた人間のように思わせられ、トップ画面の祭りの際のおじさんたちの笑顔が間が抜けて見えると難癖をつけたくもなる。ネットにはほかにも情報があり、また筆者の記憶を頼りに書き進む。今日の最初の写真は西本宮の楼門の外から内部を撮った。右手前の女性は家内だ。「西本宮御鎮座1350年」の横断幕が拝殿の軒下中央にあるが、逆算すると668年だ。WIKIPEDIAによると、これは大津京遷都の翌年で、大津京鎮護のために奈良桜井「大神神社」の「大己貴神(大物主神)」が勧請されたという。それ以前に、『古事記』によれば比叡山の山頂に「大山咋神」を祀っていたが、崇神天皇の代に現在の地に移されたとされる。ただし、これは紀元前の話で神話に属することだ。「大己貴神」が勧進されてからは「大山咋神」より上位とみなされ、西本宮は「大宮」と呼ばれるようになったが、西と東の本宮に祀る二神は神仏分離令によって入れ替えられ、「大己貴神」を祀る東本宮は摂社の大神神社に格下げされたが、昭和3年に元に戻されて現在に至っている。時代とともに祭神がそのように変わるのであれば、形のある建物はなおさらで、よく知られる信長と比叡山の戦いによって日吉大社は焼けてしまったが、幼名を「日吉丸」、そして猿と呼ばれた秀吉が復興に尽力した。日吉大社が「神猿」を崇めるのは秀吉の信仰の篤さを思ってのことかもしれない。家康も山王信仰を抱き、そのことはケーブルカーの坂本駅近くにある「日吉東照宮」に表われているが、そこには筆者は訪れなかった。ともかく、現在の日吉大社は1586年からの再建で、鎮座1350年とは800年の差がある。それにしても500年ほどは経っているので国宝は当然だ。となれば、外国人観光客が増えることで種々の問題が生じることが懸念され、現在の静かなたたずまいのままがよいだろう。
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 鎮座1350年の50年は中途半端な気もするが、50年に一度くらいは大きく祝う必要はある。それは木造の建築物ではだいたい建て替えの時期でもあるが、筆者らが訪れた時は、最初の写真の右端に写っているように白いテントが張られて、東の塀が工事中であった。大工がひとり作業していて、鋸で引いたおがくずが地面に散らばっていた。その中に木の欠片があって、一辺3,4センチの三角形のものをひとつ拾って持ち帰ったが、どこへ行ったかわからない。2枚目の写真は拝殿奥の国宝の本殿で、1枚では収まらず、2枚撮って左右につないだ。鎮座1350年に際しての修理はなさそうだ。「散策ガイド」によれば、本殿の西際に「桂の神木」があるが、それは2枚目の写真の本殿の屋根の向こうの濃い緑色の木だろう。参拝順路は東の塀に穿たれた出入り口へと続いているので、その木を見るために西へ進む人はまずいないと思われる。桂の木は比較的珍しいが、京都府立図書館の前にあって、葉が丸くて特徴があり、一度見れば覚えられる。神木とされるからにはとても古くからあって、また大きいだろう。それに祭神と関係があるのかもしれない。西本宮は楼門、拝殿、本殿の3つの建物のみで、東の塀の中央辺りから外に出ると、そこは「宇佐宮」があり、また拝殿の近くに小さな社が3つある。今日の3枚目の写真はそのひとつの「大宮竈殿社」で、写真左に西本宮の赤い塀が写っている。右の屋根は「宇佐宮」の本殿だ。WIKIPEDIAによると、「大宮竈殿社」は下七社のひとつだ。日吉大社の境内はかつては108社もあったとされるが、現在は上七社(山王七社)、中七社、下七社に分けられ、上七社は東西の本宮、そして摂社として宇佐宮、牛尾神社、白山姫神社、樹下神社、三宮神社がある。となれば、昨日書いた上中下の七社の神を合祀する「惣社」は、その21の社をまとめて代表し、多忙な人はその「惣社」のみお参りすればいいことになるか。108の社はあまりにも多いが、現在でも日吉大社はテーマ・パークや万博のパヴィリオン群を思わせ、その賑やかさと多彩ぶりに参拝客は印象を深くする。実際、パンフレットに載る「神猿さん 散策ガイド」は、子どもが興味を持って猿の造形を探すことを意図したところがあり、その意味では神猿をテーマとした公園と言ってよい。それに斜面はおそらく昔のままで、各社は平面的にも側面的にも立体的に並び、少し移動するたびに眺めが大きく変わる。そしてその印象が鮮烈で、次々に社を撮影した割りにはどこをどう移動したかをよく覚えているが、社を真正面から撮影し、社の大小に関係なく同じサイズの写真に加工しているので、社の実物の大きさが伝わりにくいことが難点だ。それで撮って来た写真はほとんど意味がなく、グーグルのストリート・ヴューの方がはるかに境内の様子がよくわかると思いながらこれを書いている。
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by uuuzen | 2018-08-06 23:59 | ●神社の造形


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