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●神社の造形―八大龍王社
波が襲う心配はなくても河川の氾濫はどこでも起こり得る。今日は火曜日だが、最近毎週火曜日は桂川の土手を歩いて上桂の菓子屋に割れおかきを3袋買いに行く。運動を兼ねてのことで、往復2時間近くかかる。



土手を歩くのは風の強さに縮み上がるが、遠くの景色が雄大で楽しい。今日はその土手が昔はもっと低くて、大雨の後に氾濫した地域があったことを想像した。対岸の梅津がそうだ。それはそうと、家内は地図を調べてその菓子屋までのもっと近い道筋を知ったが、先週はその道を歩くと、見慣れない景色で随分遠く感じた。実際の距離は短くてもそう感じるのは嫌で、今日はまたいつもと同じ土手の上を歩いた。このことは人生のいろんな局面を象徴している。長く歩くのは嫌でも、短く歩いている間が退屈であれば意味がない。つまり、何を優先するかだ。何が一番ほしいかというアンケートでは断然金という答が多い。それは自分の身を使って何が出来るかという限界をほとんど人が知っていることを一方で示している。そのため、望む金は容易に得られないから、若い女性は少しでも自分の肉体の価値が高い間に見知らぬ男に体を売って、効率よく稼ごうとする。それは恋愛が邪魔臭いという即物的な考えが前提になっている。恋や愛の意味を知ることは美意識と大きく関係がある。また大多数の人は美意識などどうでもよいから、恋愛は人間にとって大いに高尚な意識と言えるが、美意識すなわち格好よさという考えが育っていない若者は多いだろう。それは知性が足りないからだが、知性を身につけたいと考えるかどうかは生まれ持った性質であろう。金さえあれば美しくて格好よく、知性的に見えると本気で信じている馬鹿女や馬鹿男が世間には溢れているからだ。金がなくてもこっちの道を楽しく進んで行くという覚悟でやって来た筆者は、そういう人とはほとんど触れ合うことがない。それでもそれなりに恋や愛の情を抱く対象に出会って来たし、美しくて格好いいと思う人も見て来た。それはそう信じているだけと揶揄する人がいても、結局のところ自分が信じられるという頑固は何よりも強い。昨日書いたように、それは敵を作るが、作ってもいいではないか。昨日の天龍寺の節分祭の後、家内とスーパーに行き、いつもとは違う丸太町通り沿いの大型店にも足を運んだ。その途中初めて歩く道で今日の写真の小さな祠を見かけた。今調べると地図には載っていない。提灯に「八代龍王」とある。これは水の神様であるから、昔はこの場所に川があったのだろう。また田畑が広がっていたはずで、そのために必要な水の確保を願ったに違いない。道路の拡張などであまりに肩身が狭くなっているが、忘れられずにあるのは地元住民の美意識による。あるいは祟りを恐れてのことか。いずれにしても、古いものを大切にする気持ちでどうにか見栄えを保とうとしている。その慎ましさがよい。
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by uuuzen | 2019-02-05 23:59 | ●神社の造形


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