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●神社の造形―日吉大社、比叡山坂本駅から大鳥居まで
費にもいろいろあるが、人によって思いが違い、つまるところ何でも自分の好きなように使えばよい。筆者は出かける時には用事を複数作ることが多いが、無理に用事を増やすことを時間と金の浪費と見る人も多いだろう。



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筆者が家内を連れてよく展覧会に出かけることを梅津の従姉は家内に同情し、ご苦労なことと言うが、家内にすれば気晴らしになるし、別段苦労とも思っていない。美術館に行ったことのない人にはそこに頻繁に行く人の考えが理解出来ないだけで、みんなそれぞれ好きなものが違う。そのことで世界が多様であるから、人の行動をとやかく言うことはないが、知らないことを知ろうとすることは精神の老化を遅らせるにはよい。筆者はそう信じている。展覧会に行くことはそのひとつで、筆者が出かける際につくる用事はみなそういう知識欲があるためと言ってよい。そして知ったことはそれなりに考えをまとめてこうしてブログに書くことは、さらなる時間の浪費ではあるが、思いの整理は精神の安定にはよい。不安なことはその正体がよくわからないからで、経験してもあまり関心を寄せられない場合、その対象に深入りすることがないから不安材料にはならないが、何か気になるということはあって、やはり書いておこうという気になる。それには調べることが必要だが、ネットは便利で、こうした軽い文章を書く際には充分な材料を誰かが提供している。ただし、筆者は随筆性に関心があって自分の経験を書き留めておきたいだけであるから、百科事典のような正確な情報にはならず、またそうすることを求めていない。それでかもしれないが、筆者は何かを専門的に研究したとしても、WIKIPEDIAの著者になりたいとは思わない。アマゾンのCDや本の批評もそうで、筆者の考えを知りたい人は筆者の著書かブログを読んでほしいと思っている。つまり、自分の土俵に入って来てほしいのだが、実際のところは誰かに読んでほしいとは思っておらず、書くこと自体が目的で、そこには他者にどう見えるかという意識がほとんどない。そのため、人の役に立ちたいとも思わず、逆に謗られることももちろん嫌で、筆者の書くことに対しての他者の意見を読む気がない。他者もいろいろで、筆者にとってのそれは顔を知っていて話したことのある人とそうでない人に分かれるが、後者はひとまず視野にないので存在しないに等しく、どう思われようとかまわない。また前者の中には嫌いな人もあるので、そういう人も後者に属する。つまり、筆者のことを理解してくれる、してくれそうな人だけを見つめてこうして綴っているが、そう思えることは時間の浪費ではなく、筆者にはむしろ必要な行為だ。題名と関係のないことで一段落を費やしたが、今日からしばらく5月27日に訪れた大津坂本の日吉神社について書くとして、今日は写真を5枚用意したためでもある。
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 4枚にすると3段落で済むが、せっかく撮って加工したものでもあり、5枚の写真を載せるに必要な最低段落数を書くことに決め、またそれほど書く内容がなさそうなので、最初は腕慣らしのつもりで以上を書いた。さて、5月25日は家内と滋賀県に出かけ、用事をふたつ作った。午前中にJRの嵯峨嵐山駅から湖西線の坂本駅に行き、日吉大社を訪れ、その後佐川美術館に行った。同館で見た展覧会『ルドルフ2世の驚異の世界展』については3日前に投稿した。坂本駅から2駅北の堅田駅に着いた時、家内は坂本駅のプラットフォームで日傘を忘れたことに気づいた。当日は天気がよく、日差しが強かったので、その傘は必要だ。それで京都行きの電車を待ってふたりで坂本駅に戻ると、予想どおり、日傘は同じ場所にそのままあった。利用客が少なく、誰もそれを持って行かないと思ったことは当たっていた。電車の本数は少ないから、往復で40分ほど要したが、傘は家内が置いたところにそのままあった。せっかく日吉神社を巡っていい気分になっていた家内は、傘が戻ったことにさらに気分をよくしたが、堅田駅で降りて筆者が琵琶湖大橋方面を目指した時、どこへ行くかを察知して背後で悲鳴を上げた。琵琶湖大橋をさんざん歩かされる体力の浪費がたまらないからだが、そのことは以前に書いたので、日吉大社を訪れたことについて書く。何2013年の夏、同じく日吉大社の参道の坂を上り、ケーブルカーに乗って比叡山に行ったことがある。その時は湖西線ではなく、京阪京滋線終点の坂本駅で降りた。そして参道の南側の歩道を歩いてケーブルカーの駅まで行ったが、その駅に着く少し手前で道は直角に南に曲がっていた。南へと曲がる直前、筆者は北側の歩道の先に特徴のある朱色の大きな鳥居を目にしていた。それが日吉大社の本当の参道の起点になっていることがわかったが、まずは比叡山の延暦寺を訪れてから日吉大社に参ろうと思った。それから4年経ったが、ずっと気になっていた。その機会が佐川美術館での展覧会を見たついでという形で訪れた。そう言えば前回歩いて琵琶湖大橋をわたって佐川美術館に行った時は、帰りはバスでJR守山駅まで出て、そこから近江八幡を訪れた。大きな神社にも行ったが、以前から気になっている場所を訪れるにはそのように絶好の機会をうまくつかまえる必要がある。車に乗らない筆者の合理主義だが、それは行動範囲が著しく狭いからからでもある。筆者にとって交通の便の悪いところは存在しないも同然で、行く必要をほとんど感じない。やせ我慢から感じないようにしていると言った方がいいが、高望みしても得られないものは人生にいくらでもあり、最初から諦めが肝心ということを肝に銘じている。その点、日吉大社は京都からはとても訪れやすい。JRを利用すればすぐだ。
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 湖西線は山科からどこまで高架になっているのか知らないが、乗客には眺めはよくても、反対に地元住民からすれば頭上に大きな構造物があって鬱陶しいだろう。筆者はそう思う。地下鉄にすればよかったものを、そうしなかったのは工事費の問題か。それに平行して高架の道路も走っている。現代の日本は美的な景色に価値を認めず、利便性を優先させている。それは審美眼のある政治家がおらず、いてもごく少数で、そのことは国民も同様だが、なるべく安く、つまり短期間で造ろうとするからだ。つまり、吝嗇なのだ。美がわからずケチとなると救いようがないが、それが日本の現実で、坂本駅に着いて地面に降り立ってつくづくそう感じた。それでもまだましなのは、鉄道も道路も比叡山からすれば彼方の湾岸に近いことだ。そのため、真っすぐ西へと延びる緩やかな上り坂の起点に立つと、すぐ背後の湖西線や道路は気にならなくなる。京阪の坂本駅から西は一度歩いたことのある坂道だが、今回は東をやや延長してより多く歩かねばならない。だが、道によく迷う筆者でも坂道を直進すれば日吉大社があることはわかっている。それで北側の歩道に入り込んだ。写真はたくさん撮る必要があるので、カメラの記録カードのデータはほとんど消して来たが、電池がほとんど効かないことを思い出し、どこかでそれを買う必要があった。うまい具合に南側の歩道にコンビニがあった。家内を先に歩かせ、筆者は道路をわたって100メートルほど戻り、そこに入って単3電池の4本包みを買った。そうして改めて北側歩道へとわたり、撮影したのが今日の最初の写真で、同じ場所から南側の鳥居を撮ったのが2枚目だ。この神社はコンビニの西100メートルほどだ。ネットで調べると、石占井神社とあり、「イシライ」と読む。境内は殺風景で、日吉大社の御旅所の雰囲気があり、日吉大社に関係のある神社であることは容易に想像がついたが、道路を隔てて眺める限りは由緒書きも見当たらなかった。今調べると、「奥津島姫命」を祀り、大和の三輪山から降臨した大比叡神(大己貴神)を、石に座した占いの女神が日吉大社西本宮の聖地に案内して井戸でその足を洗ったと伝えられる。先を行く家内に追い着いたのが150メートルほど先の信号のある交差点で、その北南角に3枚目の写真の神社があった。「大神門神社」で、日吉大社の大鳥居を守る神社だ。明治までは「大鳥居社」と呼ばれていた。日吉大社の門を守る神社がこのように立派であることから、日吉大社の規模が想像出来る。写真右端の石の鳥居は、今日の最初の写真の奥に見えるもので、仏像で言えば大鳥居の眷属という雰囲気がよく出ている。この西500メートに巨大な大鳥居があるので、これは「一の鳥居」と呼ぶべきでか。あるいはJRの駅から道路をわたってすぐのところに、つまり石占井神社より東に、昔は本当の「一の鳥居」があったかもしれない。
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 上り坂沿いは風情のある家並みが続き、旅行に来た気分が味わえ、家内の機嫌はとてもよかった。京阪の坂本駅より少し手前の右手に今日の4枚目の写真の神社があった。日吉御田神社で、「ひよしみた」と読む。その名前が示すように農耕祭祀が行なわれたことが起源とされる。水葉女神が祭神で、境内にある古井戸が信仰の対象になっている。写真ではそれが右手に写っている。日吉大社に行くことが目的なので、参道の小さな神社にいちいち足を止めている時間がないが、写真だけは撮った。またこうして書きながら地図を見ると、南側の歩道の裏手100メートルほどの東西の細い道沿いに神社や寺が点在している。次に坂本駅で降りることがあればその裏道を歩いてみたい。さて、京阪の坂本駅を出て来たところの道路沿いに、朱塗りの玉垣で囲った小さな区画があった。鳥居を省略したような門があって、その奥には建物がなく、緑が生い茂っていた。その区画を往路で撮影し、復路で何かと確認すると、「日吉茶園」と記してあった。この付近に茶畑が現在もあるのかどうか知らないが、その名残が保存されているのだろう。玉垣で囲っているのは、日吉大社の神事に用いる茶を栽培しているのではないか。また延暦寺にも納めているかもしれない。5枚目の写真はその先250メートルにある大鳥居だ。これほど巨大な鳥居は珍しいが、道路を広げた時に大きなものが必要になったのかもしれない。この鳥居から西は明らかに道路が広がり、歩道もついているが、それから10メートルほど離れて南北に歩行者専用の道がある。この大鳥居から西には民家や店がなく、神聖な空気に一変する。奥に見えるのは比叡山で、鳥居は絶好の場所に建てられている。前述のように筆者らは鳥居の右つまり北側の歩道を往復とも歩いたが、地道でありまた傍らにきれいな流れの水路があって退屈しなかった。好天気であるにもかかわらず、ほとんど人影がなく、そのことがまた俗世間とは隔たった清浄さを感じさせたが、その静けさからは日吉大社のお祭りが想像しにくかった。だが、普段は落ち着いて静かであるからこそ、お祭りの時は大いに賑わうというのが昔ながらの正しい姿で、その点で京都の神社は普段から観光客が多過ぎる。もっとも今は大半が外国人観光客で、その点日吉大社は彼らの関心を引くものが乏しいのかもしれない。すぐ近くに繁華街があるとどうではないが、坂本駅付近でも繁華と呼べる区域はない。いかにも滋賀県は地味で、観光客にすれば京都とどっちがいいかとなれば迷わずまず京都に行く。次が奈良だが、滋賀は外国人観光客が喜ぶものがないのだろうか。食べ物がどうかとなれば、大鳥居から東の坂道に新しいカフェや古くから経営する食堂が目についたが、どこも暇な雰囲気があった。それでも住民はみな資産家のように思えた。
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by uuuzen | 2018-08-02 23:59 | ●神社の造形
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