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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●いつも心に太陽を
き場所に最も困るとされるものはゴミ箱だろう。観光客が大勢押し寄せる嵐山でもそれはとても少ない。コンビニの前にはあるが、ほとんどいつもいっぱいで、捨てるに捨てられないゴミは路上にポイ捨てされる。



●いつも心に太陽を_d0053294_22044154.jpgそれがここ3,4年でめっきり増えた。それに昨夜気づいたが、筆者が設置した安全パトロールの黄色い幟旗の横竿がなくなっていて、旗はズボンを脱いだように全部下にずれ落ちている。1週間ほど前にそのようになっていることに気づき、別の場所に設置していて使っていないものからその横竿を転用したのだが、それがまたなくなった。そう言えば今日は自転車で向日市に行く途中、わが自治連合会内のあちこちに設置していた同じ幟旗を見かけなかった。いずれ連合会の役員に訊ねるつもりだが、誰かが集中的に破損して回っているのかもしれない。安全パトロールの旗がそのように破損されるのであれば、地域は安全ではなく、さらにパトロールを強化すべきという漫画のような事態になったようだ。以前に書いたことがあるが、小学校PTAが作って設置を引き受けてくれた家に据え置いた「飛び出しボーヤ」の看板を、通りがかりに倒して行く人がいる。自治会に所属していない住民で、社会的にかなり地位の高い人だ。その人は法律に違反していることに我慢がならず、それを見つけると片っ端から役所に連絡すると言っていた。正義感溢れるのはいいが、地域の事情というものがある。条例や法律は、そうした昔ながらの地域の特殊事情以降に画一的に出来たもので、日本全国必ず絶対的に正しいとは言えないところがある。引っ越して来た新住民はそういう微妙なことはわからず、わかっても建前を持ち出す。渡月橋のすぐ近くの右岸の河川敷に、屋台が2,3営業しているが、有名な弁護士から直接そのことを聞いたところによると、それは京都市の許可を受けたものではないという。そして、屋台の経営者は地元の昔からの親分であり、また観光客がその屋台で買って食べることを楽しみにしていることもあるので、京都市は撤去勧告をしないとのことだ。つまり、地域の特殊事情だ。それが許せないという正義漢はいるが、何でも杓子定規がいいとは限らない。それに似た話が昨夜あった。路上ミュージシャンの女性がCDを1枚売った途端に、買った男はそれを地面で踏みつけてケースを割った。彼は警察の注意を守っているのに、それを無視して演奏するのは許せないとの意見だ。それでも買ったものを目の前で破損することはない。それほど相手が憎いというのはかなり病的だ。正義感を振りかざすとどんなことでも許されると思うのは大間違いだ。警察に通告して不平等を訴えればいいだけのことで、わざわざ自分の行ないを撮影してネットで公開する考えがわからない。ネットの世界は必ず賛否両論があり、賛成する人がいることに勇気づけられるのだろう。
●いつも心に太陽を_d0053294_22051607.jpg もうひとつ騒がれているニュースがあった。ネットに動画を公開した点は同じで、しかもそれをした者が批判に晒されている。東京都の都立高校で男子生徒が先生に暴言を吐き、ついに先生が生徒を殴ったのだが、その様子を3人が同じ場所で撮影してYOUTUBEに載せ、しかも教育委員会によろしくと書いた。つまり、先生を辞めさせるために芝居を打って嵌めたのではないかという事件だ。どんなことがあっても先生は教え子に暴力をしてはいけないという意見があるが、子どもが先生に放つ暴言も暴力だ。口でいくら言ってもかまわないが、腕力は駄目と主張する人が多いだろうが、暴力根絶を言うのであれば、先生に対する暴言もその対象になる。ところで、かなり以前から女子生徒が男子生徒と同じ言葉を使うことがあたりまえになって来た。それがまず教育の大失敗だ。国語を知らない子どもはいずれ国を亡ぼす。すでにほとんどそうなっている。女子は女らしくと言えば今は糾弾されるが、女性には女性らしい言葉使いがあった。それを男子と同じ言葉を使うのは、女性らしさを放棄したことで、そんな女を相手にするのは馬鹿な男だけだ。先生に暴言を吐く生徒は筆者が中学生の頃に学級でひとりはいたが、たいていは退学処分になった。家庭事情からそのような荒れた生徒になったことは理解出来るが、周囲の学ぶ環境を壊すのであれば別の場所に行ってもらうしかない。それにそういう生徒がいなくなっても、翌日にはみんな存在を忘れる。世間はそのように冷たいものだ。暴力を振るった先生は学校を辞めさせられるだろうが、生徒が策略を練れば大人の人生を台無しに出来るというのは恐ろしい時代だ。教師たる者、どんな暴言を吐かれようと我慢しなければならないというのであれば、教師になりたい人はいなくなる。実際その方がいいかもしれない。ロボットが教えればいいし、そうなれば学校は不要で、みんな自宅でスマホ片手に授業を受け、ある年齢になれば受験すればいい。先生という存在は親とは別の親代わりになる人生の師であるはずなのに、その意義を生徒が、つまり親が認めないのであれば、学校に行かなくていいではないか。それはともかく、自分で稼ぐことのないガキが先生を嘲笑するのは胸糞悪いことで、またその生徒が一生敬える相手に出会わないことを想像すると、哀れな野獣を見るようだ。胸に面影を抱いていつも勇気づけられる人に出会わなければ、人間として生まれて来た意味はない。昨日はそう思って、昔作った切り絵を思い出し、それをトリミングしてツイッターの自分のプロフィール画像に重ねた。自分の顔に落書き出来るプリクラやスマホのアプリがあると聞くが、それに似ている。それもともかくとして、昨夜は満月の光が眩しかった。筆者は常に満月を想い、また筆者の心の窓には太陽の光が射し込んでいる。
by uuuzen | 2019-01-22 22:07 | ●新・嵐山だより
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