人気ブログランキング |

●京都NEGAPOSI(陰陽)にて、HYPER GAL
外は印象に残りやすい。ギターにベース、ドラムス、そしてヴォーカルというのはいわば古典的で普遍的なバンド形態で、よほどの変わったサウンドでない限り、目立たない。



●京都NEGAPOSI(陰陽)にて、HYPER GAL_d0053294_01395064.jpg
金森幹夫さんはたぶんそのような意味で言ったのだと思うが、例外としてマリンバを挙げた。それを奏でるレザニモヲを思ってのことだろうが、変わった音を聴かせない限り、たくさんのバンドを見て来ている金森さんとしては評価しにくいのだろう。「ネガポジ」に着いてすぐに金森さんからHYPER GALを紹介してもらったが、ふたり組であることが意外であった。てっきりギターにベース、ドラムスにヴォーカルの4人組と思っていたのだ。筆者は名前を一度耳にしただけではほとんど覚えられず、ネットで調べて、ドラムスが角矢胡桃、ヴォーカルが石田小榛という名前であることを知った。大阪と京都が活動の中心で、京都ではネガポジで定期的に演奏しているのではないだろうか。精華大の学生で、西院は何かと便利だ。昨日書いた同席した27歳の男子卒業生は角矢さんと大学の近くでルーム・シェアしているとのことで、また筆者が訊かないのに、男女の関係はないと言っていた。お互いに性的な魅力を感じないのだろう。それは別に不思議なことではない。彼は自転車で西院まで下りて来たそうで、帰りもそれを使うと言っていた。彼は金森さんの隣りに座って大いに話が弾み、途中で筆者が加わって、たぶん店内で一番話し声が大きかったであろう。それはいいとして、TEMPURAの演奏後、ネガポジの店主がHYPER GALの演奏のためにステージで機材を動かした。ドラムスが舞台右手、そして空いた左の空間に石田さんが立って歌った。ドラムスとヴォーカルで音楽になるのかと思うが、角矢さんがタブレット・サイズのキーボードをそばに置いてごく短いメロディを奏でてループさせ、それに合わせてドラムを叩く中、石田さんが呟くような小声かつ一本調子で英語の短い歌詞を繰り返すという演奏スタイルだ。歌い方は念仏のようだと言えばいいが、アンニュイな感じで、その素気なさ、ぶっきらぼう加減をクールと思う人が多いだろう。大音量の絶叫ヴォーカル・ロックを聴いた後では、その無機質な音は確かに印象に残りやすいが、今後の活動で音楽に展開があるかどうかだ。現段階で完成していて、その繰り返しに終始する気もする。そしてそのことをふたりは別段悪いこととは思っていないはずで、パタパタとまとめた作品を即席でさっと提示し、そのことで創作行為が完結しているという考えだ。そこにはうまいとかへたといった批評の入り込む余地がない。レザニモヲのように個性的で、他に似た音楽をやるグループはないのだろう。それに女学生というあどけなさ、HYPER GALという名前も相まって、目を引きやすい。
 ふたりの音楽を好意的に捉えれば前衛だが、構造の複雑さや演奏技術の巧みさを誇りたい音楽家には素人芸と断定するだろう。ヨーコ・オノの絶叫即興ヴォーカルはそれに該当するかもしれない。その音楽は彼女にしか出来ず、その意味でHYPER GALの音楽も模倣は簡単かもしれないが、編み出した点が評価される。演奏の後で石田さんから聞いたが、彼女はミニマル芸術が好きらしい。それは角矢さんも同じであろう。金森さんによれば、最初は角矢さんと男性のふたり組で活動したが、男性が石田さんに替わってから俄然注目され始めたらしい。角矢さんとはほとんど話をしなかったが、演奏前と演奏後に石田さんが近くにやって来たので、しばし雑談した。ステージの彼女と違って、ごく普通の幼ない感じが残る明るい女性で、筆者の下の妹の、今アメリカで働いている下の娘ととても顔と雰囲気が似ている。石田さんは写真を専攻していて、個展も開いた。それを見た人はHYPER GALの音楽に通じるものがあると言ったそうだ。それはそうだろう。同じ人間が表現を変えるだけで、本質は変わらない。また美術を学ぶ人が音楽をやるというのも珍しくない。武田理沙さんはずっと絵を描いたのに、大学に入って音楽に切り替えた。造形という点で美術と音楽は共通性がある。ザッパは音楽を空気の彫刻と言った。いろんな楽器を使って楽曲を作ることは構築で、それは絵画にも言える。石田さんの服装は白と黒のみで、胸に大きな黒のハートがあった。別のステージ衣裳としてはYOUTUBEでは銀色に光る上着も見られるが、その無機質性は白や黒と同じく、ミニマル芸術の大きな特徴だ。筆者は彼女の撮った写真を見ていないが、もっぱら風景を撮っているようで、どういう写真かがおおよそ想像がつく。淡々として単調なものであろう。それが悪いというのではない。そういう写真がシリーズになるとまた別の意味を持つ。ミニマル芸術とはそういうもので、アイデアがかなり重要だ。ザッパはミニマル音楽を嫌悪し、それ風の曲「OUTSIDE NOW」を書いてミニマリストを揶揄したが、ザッパにすればミニマル音楽はいつでも簡単に書けるという思いがあったのだろう。それにアメリカはミニマル・アートを世界に売り込んでいて、それをやると助成金をもらいやすかった。最小のもので表現する芸術であるから、ザッパには才能の乏しい芸術家のやることと思えたはずで、そこに技術重視のザッパがあるが、見方によればザッパのギター・ソロはミニマル的だ。ある音階や旋法の中で長々とソロを奏で、少しずつ雰囲気が変化するのは、ミニマルの本質だ。ロックンロールのリズムやギター・リフもミニマルと言ってよく、たぶん半世紀先には20世紀アメリカはミニマル芸術を生んだと言われる。だが、ザッパが嫌悪したミニマル芸術は単調な無機質性で、ザッパの音楽を好む人は熱い情熱を抱く人が多い気がする。
 余談になるが、筆者のミニマル作品と呼びたいものがある。1976年の1年間に描いた絵で、7センチ×5センチ程度の桝が縦横5個ずつあり、そこに毎月2個ずつ異なるパン屋で買ったクロワサンを描き込んだ。25個目は自作のクロワサンを描いたが、筆者が面白がったのは店によってクロワサンの半月型の曲がりが著しく違うことだ。25のクロワサンのリアルな絵はその1年における京都大阪のいちおうは代表的な形を網羅しているが、ちょうど20年後にまた同じことをした。そしてその20年後の3年前にも同じように違う店で毎月2個ずつ買って描いた。その思いつきはミニマル絵画と評していいものと思っている。40年かけて全部違う店で同じクロワサンを買って75個描いた人はいないだろう。そんなあまりにも息の長いことを筆者は企てる。ところで、ミニマルの写真家として有名になったドイツのベルント・アンド・ヒラー・ベッヒャーの作品を知ったのは、20数年前のことだ。彼らは写真で同じタイプの構築物を次々に見出して撮影し、それらを組み合わせてシリーズ化した。それは筆者の25個のクロワサンの絵と着眼は同じではないか。ならば筆者も写真でクロワサンを撮影すればよかったが、小さくリアルに描いて台所に飾れる絵画にしたところがいいと思っている。それはさておき、ベッヒャー夫妻の撮るものは、構図を厳格に定め、厳密な光度と角度で撮影するという美意識により、描く方が簡単だ。いわば超絶技巧写真で、ミニマルのように単調に見えてもそこに含まれる豊かさは類例がない。そのため、ミニマル芸術と呼ぶにはためらいがある。そのようにミニマルといっても表現は多様で、ひとまとめに単純で単調なものとは言えない。角矢さんは最近1分の曲を書いたそうだが、それに筆者は驚かない。16日の彼女たちの演奏は、全部で20分ほどだったと思うが、どの曲もごく短いフレーズを繰り返すので、どこで終わってもよいものだ。1分でも長過ぎるかもしれない。昔レジデンツはちょうど1分の曲ばかりを収めたアルバムを出したことがあるが、HYPER GALの音楽はレジデンツよりももっと単調でまた騒々しい。その点でレジデンツにある抒情性が吹き飛んでいるかと言えば、角矢さんのドラムスとキーボードのループのみでは音楽にならず、石田さんのヴォーカルが目立たないようでいて、角矢さんの存在と拮抗し、そしてそのヴォーカルに抒情性があると言ってよい。白黒や銀色の無機質な色合いの身なりに呟きを繰り返すというのであれば、ロボットで充分と思われるかもしれないが、背後のリズムにわずかにくねらせる彼女のスリムな身体には、生身ならではのエロスのようなものが発散する。つまり、音楽が無機質的であるのに、そこに若い女性の肉体を感じさせるものが乗っていて、その現代的な奇妙さに魅力があるのだろう。
 石田さんは30歳までやりたいと言い、その年齢を超えてもGALを名乗ればいいではないかとの意見があった。彼女は染色もやりたいとのことで、それが本職の筆者は多少意見したが、いわゆる基礎とか古典といったことを考えずに挑戦し、それなりにものにしてしまう才能が、彼女だけではなく若さにはある。ライヴハウスで演奏するミュージシャンすべてそれは言え、古典や基本をよく知っている者が見てあれこれ意見してもそれが的外れになる場合がある。新しい才能は以前になかったもので登場することがあるからだ。そのため、そういう新しくて逞しい才能が、周囲を見渡す余裕が出来たことで基本や古典を改めて学び始めると、途端に作品が面白くなくなることがある。もちろん、さらに作品がよくなることが理想で、そうなればいずれ古典となるが、ライヴハウスで演奏する才能の大半はその前に消えてしまうだろう。HYPER GALがいつまで音楽をやるかは彼女ら次第として、その音楽性が加齢とともに変化するのか、また変化するとしてどういう方向性があるかとなれば、彼女たちも当然暗中模索だ。ミニマル芸術が好きと標榜するのであれば、ミニマル芸術が出現して来た歴史やその多様性など、彼女らなりに分析してそこから何をどう発展させ得るかを見出せば、21世紀のミニマル音楽としていつか評価されることもあり得る。ただし、石田さんは写真や染色など他の表現に関心を示して行けば、音楽をやめるかもしれない。歌うことより好きなことが見つかればさっさとそっちに向かうといった感じで、実際そうであろう。より音楽家的であるのは角矢さんで、リズムと伴奏のメロディを操り、多重録音すればひとりでも今の音楽はこなせるだろう。キーボードのみに専念すればまた違った音楽となるが、現在の彼女が作るキーボードの短い旋律は、クロワサンで言えばその曲がり具合のようなもので、そのミニマル性は今後も変わらないのではないか。16日は途中の曲でそのメロディのループ操作がうまく行かず、最後の音がほんのわずか短くなった。本人はそれを気にしたと思うが、激しくドラムを叩いてその音の箇所をかき消そうとしていた。そしてそのループは1,2分しか続かないので、ミスはあまり気にならなくなったが、ループ操作の一瞬のミスは、彼女らがロボットではなく、生身であることを感じさせることに効果があったとファンは好意的に思うだろう。金森さんによれば、児玉真吏奈さんと一緒に演奏したことがあるとのことだ。それはHYPER GALの別の魅力を伝えるものであったかもしれない。真のHYPERぶりを見せるのはこれからという気がするが、30歳を超えてやり続けるかどうか、そしてそうなった時、音楽のミニマルさがどういう段階に変化しているのか。今日の写真は石田さんの顔が二重になったが、写真もやる彼女らしいとして許してもらおう。
by uuuzen | 2019-01-18 23:59 | ●ライヴハウス瞥見記♪
●京都NEGAPOSI(陰陽)... >> << ●京都NEGAPOSI(陰陽)...

時々ドキドキよき予告

以前の記事/カテゴリー/リンク
記事ランキング
画像一覧
ブログジャンル
ブログパーツ
最新のコメント
言ったでしょう?母親の面..
by インカの道 at 16:43
最新のトラックバック
http://venus..
from http://venusha..
ファン
ブログトップ
 
  UUUZEN ― FLOGGING BLOGGING GO-GOING  © Copyright 2020 Kohjitsu Ohyama. All Rights Reserved.
  👽💬💌✍🏼🌞💞🌜ーーーーー💩😍😡🤣🤪😱🤮 💔☔⚡🌋🏳🆘😈 👻🕷👴⌛💉🛌💐 🕵🔪🔫🔥📿🙏♻