●『富士屋ホテルの営繕さん 建築の守り人』
級づけが大流行のネット世界で、アマゾンでも5つの星印が全部黄色であるほどにCDは売れるのだろう。それが星ひとつで、しかもそのひとりの評価しかない場合、売れ行きはもう絶対に致命的となりそうで、5段階の等級は無慈悲なものだ。



d0053294_18584610.jpg筆者はアマゾンの、あるいは食べログのそうした評価を気にしたことはないが、自分の著作となると出版社が絡む問題であるだけにやはり気にはなる。だが、商品がどう評価されようとそれは買った者の勝手であるから、文句は言えないというのが今の一般的な考えなのだろう。評価があるのはまだいい方かもしれない。評価のない商品もたくさんあって、それらは悪い評価のあるものよりも売れていないことが想像される。筆者はたまにそうしたCDを見つけると、最初の評価者になってやろうかと思うことがあるが、評価者はIDが表示されるので、それが嫌で書き込んだことはない。IDは匿名であるから表に出てもいいのだが、筆者は匿名で意見を書き込むことが嫌いだ。なんだか隠れて悪いことをしている気分にさせられるからだ。それで気に入ったCDは自分のブログで大いに紹介する。それがアマゾンの評価よりも商品売り上げにつながらないことはわかっているが、より長文で賛辞を贈りたいのだ。アマゾンの5段階の等級づけは、何らかの方法で評価者に対する5段階評価もつけ加えるべきではないか。そうすれば星がひとつの評価が圧倒的に多い人物があちこちで星ひとつの評価を下していることもわかる。ともかく、5段階の等級づけなど気にすることはなく、自分がいいと思ったものをいいと思えばよい。だが、そういう人は少数派かもしれない。それはさておき、ミュシュランの星印による等級づけは日本でも大きな権威を持ったようで、金持ちはその評価を信じてホテルやレストランに訪れる。これも筆者には無縁の話で、ミシュランが偉そうに評価づけをすることが気に食わない。星印をなくして、いいところだけを文章で書けばいいではないか。だが、今も昔も文章を書いたり読んだりすることが苦手な人が9割以上は占め、犬でもわかる黄色い星印で価値を知ろうとする。嘆かわしいことだ。経営者にすればたまったものではなく、評価してくれるなと言いたい人もあるだろう。ところがミシュランや食べログは大きな権威となって、そんな1軒の考えなど気にしない。全く無茶な話で、「何様だと思っていやがる!」と言いたいところだが、相手は「ミシュランですが、それが何か?」と見下すに決まっている。さて、今日は10月20日に梅田のLIXILギャラリーで見た展覧会について書くが、富士屋ホテルの名は気に留めたことがない。箱根のえらく古い歴史のあるホテルで、今後も縁がないはずだが、本展によって伝統を守っているホテルがあることを知って、なかなか感心した。
 ミシュランの評価がどうなっているのかだが、その点については触れられていなかった。ミシュランよりも歴史が古い木造のホテルなので、ミシュランも評価するのに遠慮があるだろう。他者しかも経営者を5段階という大雑把な評価で世間に示すのは、繰り返すが、「一体お前、何様?」と怒鳴ってやりたい気がするが、伝統と風格のあるホテルはそのような下品なまねはしない。つまり、喧嘩相手にしない。さて、ホテルの営繕係については以前TVで特集番組があった。テーブルや椅子の脚の一部の塗装が剥げ落ちると、すぐに営繕係がやって来て、フェルトペンで色づけするなどの措置で傷を目立たなくする。壁紙やカーペットも同様で、傷が目立たないような修理を施す。あまりにひどい場合は全部交換するが、たいていは傷跡のみ修復する。それは家庭でもよく行なわれていることで別段珍しいことではないし、またある程度どのような修理も即座に対応出来る営繕係を雇っている方が、いちいち外注に出すよりも経済的だろう。ただし、傷が行く頻度と営繕係の給料を天秤にかけ、またこの程度の傷ならまあいいかという思いによって、営繕係を雇っているホテルはおそらく少ないはずで、そのためにも特集番組となったはずだ。つまり、ホテルでも調度品は使い捨て同然になっていることが予想され、またちょっとした傷は無視している。そう思うのはたとえば「風風の湯」では先日1日休んでメンテナンスが行なわれたが、それは表に見えない部分であったようで、筆者が気になっている箇所、たとえば壁紙の剥がれや手摺の劣化、天井の染みといった、目にはついても実用に差し支えのない部分はそのままであるからだ。富士屋ホテルの営繕係はそうした部分も含めて不具合をほとんど自分たちで修理する。そこが一流とそうではない施設との差と言える。それに富士屋ホテルは伝統を売りにしているので、そこをないがしろにして劣化を放置することは許されない。また、木造やモルタルなど、戦前の日本ではあたりまえであった材料が使われているので、修理は技術さえ持っている人がいればやりやすい。「風風の湯」は鉄筋コンクリートに簡単な素材を内装に使った建物で、その簡単な素材を新しくすることは簡単だと思うが、そこは減価償却の年月を見定めての合理主義に徹し、開店10年や20年の区切りでないことには新たにすることはないだろう。その意味で言えば富士屋ホテルは減価償却はとっくの昔に終わったも同然で、営繕係を置いて現状を保つ方が安くて済む。係員は女性を含めて5,6人であったと思うが、営繕室の内部を360度撮影した写真がぐるりと展示コーナーを占めていて、いかに道具が整理され、また広く、便利に使われているかがわかった。ちょっとした小屋は自分たちで建てられるほどの能力を持っていて、よほどのことでない限り、外注に頼まない。
 9月の台風で近所の家の屋根瓦がかなり落ち、つい先日ようやくその修復が終わったが、主が言っていたように、瓦は全部撤去され、今風のスレート屋根になった、棟続きの小さな建物の屋根は昔の瓦のままで、その対照がアンバランスだが、背に腹は代えられない。だが、瓦屋根にすれば災害に強いかと言えばそうとも限らない。何でも一長一短がある。それでも周囲を見渡してもわかるが、建物は新建材の箱のようなものが急増していて、それが平成時代の日本を代表している。昔ながらの大工に左官という人たちが建てる家はよほどのこだわり者か金持ちで、普通は安価な材料による工場製品としての家に住むしかない。つまり、全くの使い捨てで、家の中の調度もみなそうだ。そうなれば人間がそうで、ただ生まれて老いて死んで行くだけの、いてもいなくても同じような人たちばかりとなる。なまじっか個性が強いといじめられ、排除され、自殺に追い込まれる。そういう世の中であれば、あらゆるものがどこでも同じようなものが手に入り、またそのことがあたりまえと認識されると、規格外のものに出会うと驚く。富士屋ホテルはその規格外の存在で、そういうホテルであるから営繕係を雇い、また本展も開催されるが、富士屋ホテルはチェーン・ホテルを抱えていて、そこは普通の鉄筋コンクリート造りだ。そういうところで儲けたお金を最初に建てた木造のホテルの営繕に充てているのかもしれない。展示には同ホテルの歴史を紹介するパネルがあったが、幸い同じようなものが同ホテルのホームページに載っている。それによれば創業者となる山口仙之助が慶応義塾の学生の頃、福沢諭吉が国際観光の重要性を説き、当初経営していた牧畜業からホテル業に商売替えした。そして在日外国人の憧憬が箱根や富士山であること、東京横浜から近いこと、温泉があることという3条件を備えた箱根の宮ノ下に開業した。それが明治11年のことだが、5年後に大火によって消失する。同19年に10室の洋館「アーミテイジ」を竣工、翌年は2棟15室の日本館を竣工、これが後の「フォレスト・ロッジ」となる。同23年、山口は村長となる。翌年、現在の「本館」を竣工するが、本展の案内はがきにはその建物の写真や正面図が載っている。この本館は唐破風の玄関のある木造の洋館で、関東大震災ではガラス1枚割れなかったとされる。その強固さのために現役だが、ホームページには耐震工事中と出ている。万博公園の「太陽の塔」と同じく、人が多く集まる建物は新しい建築基準法にしたがって改築する必要がある。それは切りのないことで、いわば気安めだ。そして営繕係はそうした工事にはタッチしないし、またする能力もない。あくまで見栄えの保全係で、その点では手作りをする職人で、器用さが求められる。そしてそういう仕事がまだ求められることは、伝統がどうにか保持される。
 仙之助は20歳で渡米しているが、宮ノ下までの道路を開通させて人力車が通れるようにしたり、牛乳を自給するための乳牛を飼ったり、本館の電力を火力発電で賄うなど、パイオニアとしての基礎作りをした。明治26年には奈良屋ホテルとの間で外国人専用とする協定を結び、それが大正元年まで続いたという。そのイメージはその後もあって、昭和7年にチャップリン、同12年にはヘレン・ケラーが訪れている。大正4年に仙之助が64歳なくなった後から2年後にゴルフ場の運営を始め、大正9年には東洋一と呼ばれ今も使われる厨房が竣工する。これは鉄筋コンクリート造りで内装はタイル張りだ。天井から自然光があり、展示にはその明るい内部の写真があった。懐かしくて清潔という印象があり、入ったことはなくてもその味わいがわかる気がした。レトロの言葉には埃をうっすらと被ってどこか暗いイメージもあるが、この厨房は現役であるからそれはなく、昔のままのゆったりと落ち着いた空気が流れている。客は厨房には入れないと思うが、その間近で雰囲気は味わえるのではないか。そういう百年前のたたずまいがそのまま残されていることを楽しみたい人が泊まると一生の思い出になるだろう。だが、そういうホテルのそういう厨房があることを知るだけでも心がほっこりするではないか。さて、大正11年にはイギリスの皇帝や皇太子が訪れたというが、これは宿泊したとの意味か、そうではなく、食事に訪れただけとも考えられるが、どちらかはわからない。戦後は天皇皇后の来館もあった。本館は一泊いくらするのか想像がつかないが、貧富の差が拡大している日本では、またホテル好きで伝統好きな人は、一度は泊まりたいだろう。またそれほどに格式のあるホテルであれば、営繕という内部事情をあまり見せたがらないと思うが、もはや建物は重文級であって、美術品の修復と同じく、手抜かりなる現状を維持していることを広く知ってもらう方が客に安心感を与えるだろう。それに、こうした展示によってたとえば筆者のように初めてそのホテルの存在に関心を抱く人も出て来る。そして本館は無理でも、機会があれば系列のホテルを利用しようという気にもなる。ホテルは客に対するきめ細かいサービスを与えることが信用となる。そういう細かいことに気づく人が高級ホテルに泊まるかと言えば、一概にそう言えず、下品な成金も混じる。それでもそういう人を黙らせる気迫のようなものが、こうした伝統のあるホテルにはあるはずで、その意味でやはり伝統は大事だ。国にとってはそれが最大の価値と言ってよい。築2,30年で不具合が生じる安価な家が溢れる今は、もうこういうホテルは生まれようがない。東京の旧帝国ホテルでも解体されて明治村にわずかな一部が運ばれた。将来平成村が出来るとは考えにくい。
by uuuzen | 2018-12-26 23:59 | ●展覧会SOON評SO ON


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