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●「CLOSER TO THE TRUTH」
が傾くのがめっきり早くなり、寒さに縮み上がる日が近づいて来る。今年の夏の暑さにほとほと参って年齢を強く意識したと、「風風の湯」で最近話すようになったOさんが語っていた。Oさんは71歳だ。



●「CLOSER TO THE TRUTH」_d0053294_11413104.jpg誰でもおおよそは疲労を感じる度合いは年齢に正比例するであろうから、誰しも急に老け込むことはないだろうが、老齢になると悲しい出来事や大病をすることが増える。それでOさんのように厳しい季節に強い疲れを覚える。自分の老いは鏡を覗き込めばわかるようなものだが、だいたいの人は老いの現実を受け入れたくないので、平均よりは若いと思っている。そして、他人の老けたことを話題にしがちだ。自分の古い写真をたまに見ると、『ああ、まだ若かったな』と思うが、そう思った時の年齢は5年後から見ればやはり若く、その意味で言えば誰でもいつでも若いと感じてよい。つまり、老いを考えるな。それに、老いても年齢相応の恰好よさがある。それがわかるのは自分も年齢を重ねてからだが、恰好よさを意識し過ぎて滑稽な人をよく見かけるし、まともに恰好よくなることの難しさを思う。男から見て恰好良い男が現実にいて、そういう男として今年に入ってアメリカのブルース・シンガーのトニー・ジョー・ホワイトを知った。毎年感じる1年の速さの中で、今年最もよく聴いた音楽は彼のものだろう。だが、ほとんどYOUTUBEだ。それは後述するとして、今月の満月の25日の夜、梅田のディスクユニオンで武田理沙さんの20分ほどのライヴがあり、その後筆者は金森に誘われて阪急東商店街の居酒屋での彼女を含めた3人での食事に加わった。小さな4人用のブースで筆者の真正面に武田さん、右に金森さんが座り、どういう経緯か忘れたが、筆者は最近アメリカのブルース歌手のトニー・ジョー・ホワイトを聴いていると言った。金森さんはその名前を知らなかったが、翌日金森さんから、トニーが死んだと聞いた。驚いて言葉が出なかった。死亡は24日だが、10時間ほどの時差があって日本の方が早いので、筆者と金森さんが話していた頃ではなくても、満月の日に死んだ。トニーは先月新作アルバムを出したが、近影は生気がかなり乏しくなっていた。1943年生まれでザッパより3歳若い。J.J.ケールは38年生まれで、74で死んだが、トニーは同じ年齢で死んだ。アメリカでは平均寿命であったのだろうか。トニーの奥さんはなかなか美人で、田舎暮らしにおける料理本を出しているようだが、トニーが亡くなってどれほど悲しんでいることだろう。J.J.ケールもかなり若いクリスティン・レイクランドを残して死んだが、どちらも世界的に有名になったブルース・マンで、奥さんはその思い出に生きて行くだろう。74と言えば、筆者はもう7年後だ。トニーが死んで秋の陽差しがよけいに心に染みるが、人間は死ぬまで若い。それは未完成ということでもある。
 YOUTUBEをたまに筆者はBGM代わりにするが、自動再生で筆者の知らないミュージシャンの曲が流れる。これはなかなか便利で、AIが筆者好みの曲、音楽家を選んでくれる。そして、うまい具合にAIに心が読まれていて、確かに筆者好みの曲が流れることが多い。とはいえ、その中で特に耳をそば立てる曲はほとんどない。今年の確か2月だったが、トニー・ジョー・ホワイトのアルバム『LAKE PLACID BLUES』が自動再生された。執筆に熱中していたが、その手を止めて、どういうミュージシャンか、その名前とアルバム名を確認し、「お気に入り」に入れて毎日何度も聴くようになった。早速CDを探すと、アマゾンで中古が1万円ほどしていた。それでは買う気になれない。YOUTUBEでは丸ごと聴くことが出来るからだ。とはいえ、どうしてもステレオの大音量で聴きたい。そのように録音されたものであるから、パソコンで聴くのは半分も実態がわからない。筆者にとってCDを買うかどうかが、大好きになったかどうかの条件だ。それに筆者はこのカテゴリーに取り上げる曲はレコードやCDを入手したものに限っている。それは当の音楽家に対するひとつの礼儀と思うからだ。それにしても1995年のアルバムがもう品切れで、中古盤が1万円もするのは、あまり売れなかったからであろう。筆者が長年トニーを知らなかったのは無理もないと言えば、そうではなく、筆者が聴く音楽がごく限られているからだ。それでもこれは名盤と思える音楽にそれなりに出会って来たし、これからも出会いを待っている。それはさておき、トニーの曲をこれまで全く知らなかったのではない。エルヴィス・プレスリーがトニーの「ポーク・サラダ・アニー」を歌っている。ということは、印税もそれなりにトニーは得ていて、またかなり若い頃から知られていた。ただし、自分で曲を書いて歌う立場からすれば、自分で歌ったヒット曲がほしい。ところがいろいろと時流に乗った曲を発表したがヒットには恵まれなかった。それでは埋もれてしまいがちで、ミュージシャンの世界では収入は天地の開きがある。それは音楽に限らず、芸に携わる者すべてに言えるが、トニーのように死ぬまでアルバムを発表し続けられたことは幸運だ。またそれほど才能に恵まれていた。その絶頂期がいつかとなると、ひとまず1995年として52歳で、なるほどと思う。話を戻して、アマゾンで駄目ならEBAYがある。『LAKE PLACID BLUES』を探すと、最後の在庫の1枚として、送料込みで2000円ほどで見つけた。注文して待つこと2か月、なしのつぶてで、返金してもらった。それで他のアルバムでもよかったが、YOUTUBEでは92年4月、ドイツのシュツットガルトでのTVスタジオ・ライヴがなかなかよく、そのDVDを入手した。
●「CLOSER TO THE TRUTH」_d0053294_11420348.jpg
 それを5月から聴き続けているが、映像を見たのは2、3回だ。音のみの方がより集中出来る。つまり、より味わい深い。そのライヴに収録される大半の曲を含むスタジオ・アルバムは91年の作『CLOSER TO THE TRUTH』(真実により近く)で、フランスから発売された。アメリカよりもヨーロッパで人気があり、アルバム発売記念にヨーロッパにツアーに出たか、ドイツのスタジオに招かれた。スタジオ・ライヴでは「ポーク・サラダ・アニー」やこれも他人がカヴァーしてヒットした「RAINY NIGHT IN GEORGIA」も入っている。これはトニーのことをあまり知らない人向けのサーヴィスだが、DVDをより多く売るには有名な曲を混ぜるに越したことはない。だが、この2曲は演奏の流れの中でやはり多少違和感があって、91年のアルバム曲だけでよかったと思う。あるいはスタジオではもっと多くの曲が演奏され、そこから新曲と過去のヒット曲という組み合わせに編集されたのだろう。それはさておき、トニーがなぜアメリカであまり人気がなく、欧州で50代前半にアルバムを出したかだが、アメリカ南部で彼の音楽は異質であったのだろうか。その事情が筆者にはわからない。テネシー州のカントリー音楽がもてはやされるナッシュビルのある土地になぜ住んだのかと言えば、黒人の割合が比較的少ないからだろうか。トニーのバンドは白人ばかりで、また黒人のブルースとは違って、日本の演歌的な味わいがあり、泣き節と言えばいいか、哀愁を帯びたメロディが聴きものだ。ブルースにはもともとそういうところがあるが、トニーの曲は土の香りの一方で都会を向いた洗練さがある。顔はどこかプレスリーに似て、また声もそうだが、その点においてトニーは目立たなかったのかもしれない。またその目立とうとしないところにトニーのよさがあり、恰好よい。寡黙で武骨だが、それは無駄な音が全くないことからわかる。そして曲の完成度をよく知っていて、J.J.ケールと違って即興で長めに演奏しない。アルバムと92年のスタジオ・ライヴの同じ曲を聴き比べると、ほとんど同じアレンジで、また当然ライヴの方が楽器が少ないので、演奏は図太くてよりスリリングだが、いつでもどこでも同じ曲は同じように演奏しようとしていたようだ。ところが、YOUTUBEで見られる後年のライヴでは、同じ曲がより少ない音で奏でられ、またより枯れて、却って激しくなっている。これを年齢のせいと言うのは簡単だが、そういう年齢の開きのある演奏を即座に比較出来る便利さと、また音楽家にとっては一種残酷さがYOUTUBEにはある。これがネットにおける音楽受容の最大の点だと思うが、金森さんが言っていたように、欧米では映像での演奏の記録が5、60年代から行なわれていて、4,50年の差がある演奏を見比べることが出来る。
 残酷というのは、若い頃と老いた姿とが見比べられ、若い頃の方が体が細く、また顔に皺もなくて美しかったかと思われるからだ。だが、最初に書いたようにその比較は死をもって終わるのであって、死ぬ間際まで若いと言える。そして、死ぬまで創作を続ける者は心まで若い。ここで話が逸れるが、最近入手した大田垣蓮月の短冊に『うらがるる浅茅の末にひろばかり日かけのこりてふる時雨かな』という歌が書かれる。70代後半の作と思うが、枯れ始めた野原のわずかな日差しに時雨が降っている眺めを詠む。もうすぐ自分が世を去ることを見定めた蓮月のしみじみとした思いが伝わるが、誰しも老境とはそういうもので、この和歌と同じような味わいがトニーの晩年の演奏曲にある。50代のまだ血気盛んな頃から次第に老けて行きつつ、ギターをかき鳴らし、また歌ったトニーで、そこにブルース・マンの見事な一本道が見えている。さて、何か代表曲をひとつとなると、筆者としては先に紹介した2作のアルバムからとなるが、DVDではメニュー画面の背後に「AIN‘T GOING DOWN THIS TIME」の冒頭部が流れる。そのイントロの脳天を突き破るようなギターの透明な音がとてもよく、その曲にしようかと思いつつ、やはりこれしかないと考えるのが、91年のアルバム・タイトル曲だ。これはメロディも歌詞もよい。ざっとだが、訳しておく。「ロマンティックに非常識な強い生存本能が、雨の中のパンサーのようにそっと時の端を動いて行く。規則をすっかり無視する操られた反抗者は、大きな白い種馬から振り落とされた時、その自尊心は真実により近づく。彼らは大聖堂を建てることの意味を探し続け、一方では武器を空に向け続ける。彼らは熱帯雨林を眺めのない部屋に変える。大きな木がドミノのように倒れて、オレたちはより近づく。鷲は山から、戦士たちが馬鹿者に変わって行くことを見つめる。サイコロが聖なる土地に投げられ、彼らは真実により近づく。誰が子どもに伝えている? いかにかつては河の流れが透明な青であったか。オレたちは母なる大地を傷つけ続けている、そして真実により近づく」。91年は環境保護の声がアメリカでも大きくなって、ザッパも『ザ・イエロー・シャーク』ではそのことを主眼とした。トニーは大都会ではないところに住み、地球を破壊する人間の愚かを見つめていた。居酒屋で筆者は武田さんと金森さんに、最近マイクロ・プラスティック問題がかまびすしくなっているが、ザッパの曲名にあるように誰もがそれを体内に摂り込んで文字どおりの「プラスティック・ピープル」になって来たと冗談半分で言った。ザッパはデビュー当時からプラスティックが溢れてプラスティックな世の中であることを歌ったが、その歌の最後に、愛だけはそうであってはならないとの自覚を込める。恰好をつけたがる者は逞しくて神々しい馬から振り落とされて自分の無力を知る。老いることは真実により近くなることで、近づく限りは若い。
by uuuzen | 2018-10-31 23:59 | ●思い出の曲、重いでっ♪
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