●「武田理沙~フランク・ザッパ・メドレー関西初演」 武田さんと筆者が10月26日、大阪の神山町のALWAYSにて対談します。
●梅宮大社東端のブロック塀、南半分
囲に塀を巡らせるのは内と外の意識が強いからだが、隣り合う地主との悶着を避けるためでもある。



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3年ほど前、筆者が所有する駐車場に隣接する畑の持ち主がやって来て、土地の境界を厳密にし、そのことを登記簿に載せるので判子がほしいと言われた。その境界は平面上、4人の土地の所有権が十字形に接している。境界を明白にしたいと主張した人が測量や登記の手間代を支払い、残り3人の判子をもらうという形であったが、その人ともうひとりがその十字形に接する土地を筆者に購入してほしがっていることを、本人や他人から何度か耳にしたが、筆者が買っても駐車場か畑にしか利用出来ない土地で、現在の所有者もババ抜きゲームのババを引く人を探しているという感じだ。筆者は登記した人と一緒に現在の十字形の現場に赴き、「ここが登記簿に載った正しい境界線です」と言われて驚いた。それは筆者の駐車場が所有するブロック塀の端から1センチにも満たない箇所であったからだ。その程度の誤差は施工の際にどうにでもなるものと思うが、0.5ミリでも自分の土地の境界が広がることを望むのが人情なのだろう。そのことを巡って殺人事件がたまに起きるほどで、自分の領域について人間はとても敏感だ。また狭い日本ではそれがあまりにも過激であろう。縄張り意識は動物にもある。15日に嵯峨のスーパーへ買い物に行った帰り、筆者から5メートルほど離れた物陰から二匹の猫のけたたましい戦いの声が鳴り響いた。その瞬間、向こうを歩いていた中年の女性は立ち止まり、こちらを向いたが、すぐに黒猫が猛速度で走り出て来て、その数秒後に赤茶色の猫も飛び出して別の方向に去った。猫が相次いで出て来て筆者も立ち止まりかけたが、その付近でよく見かける猫は後者だ。そこによそ者の黒猫が侵入して来たので逆上して追い払ったのだろう。向こうに突っ立っていた女性は二匹が出て来たことを見定めてまた歩み始め、筆者は自宅目指してその後ろを追った。それはともかく、自分の領域である家が災害で壊れ、体育館で避難生活を強いられる人は、たいてい体を壊す。また精神的にも参るが、それは縄張りが確保出来ないからだ。出来てもごくわずかな空間で、プライバシーを保つには高い塀で囲む必要がある。それでも体育館であれば、上から覗かれるから、覆いもほしいということになる。それは現実的に無理で、車で寝る人があるが、体を縮めて寝続けると健康に支障を来す。人間にはそれなりの面積の縄張りが必要で、その最小がたいていの建売の家だ。それは鳥の巣と呼ぶ程度のものだが、鳥は巣を快適なように設えるし、人間もそれは同じで、さらなる快適を追求し続ける。そして、家そのものの大きさが満たされると、家を囲む庭の広さを求める。
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 最近「風風の湯」で81歳のMさんは、男として生まれたからには家の1軒を持つことが夢という、世間で言い古されたことを揶揄し、そしてこう言った。「小さな薄っぺらい家は25年経てばもうガタが来る」。その言葉に対してGは、「それはないよ、50年は大丈夫や」と言い、またMさんは「同じようなものや」と返した。Mさんすれば男の一生の夢が家1軒というのが何とも夢のないことなのだが、筆者はMさんの意見に基本的に同意しつつ、さりとて安心して仕事するための空間となれば家をかまえるしかない。つまり、家は人生の目的のための手段と思っているが、豪邸を建てて満足する男もいる。それどころか、そう考える男が大部分だ。その豪邸も50年経てば取り壊すのが普通で、そこで思うのは長年記憶される建物としての寺社だ。6月中旬の大阪での地震から2週間ほど後だったか、梅津の梅宮大社の道路際のブロック塀の数か所に、「倒壊危険」の張り紙を見た。背よりも高いブロック塀が道路側に倒れ込んで児童が死んだので、同じような高さのブロック塀は低くすべきとの京都市からの通達があったのだろう。今日はムーギョへ買い物に行った後、従妹の家に立ち寄るために同神社の近くで30数年前からの馴染みの人と出会って立ち話をしたが、梅宮大社のブロック塀は大阪の地震で一部にひびが入ったそうだ。次の地震で倒れるかもしれず、それで低くすることにしたのだろう。ブロックが9段積まれていたものが、今月の初め頃に通りがかると、5段に削られていた。その時にカメラを持っておらず、今日はようやく撮影しに出かけた。低いブロック塀のみでは物騒であるから、その上に別の軽量の変巣が建てられることを予想していたが、そのとおりであった。幸いと言うべきか、そのフェンスは遠目にはないように見える。そのため、塀の向こうの神社の林がよく見え、風景がよい意味で一変した。筆者が家内と住み始めたのが、この塀から50メートルほど離れた古い文化住宅の2階であった。その頃は神社の林は鬱蒼としていて、ブロック塀をはるかに越えて樹木が空の一部を遮っていた。その樹木の暗がりから、夕方になるとフクロウの鳴き声が響いて来た。やがて林の一部が駐車場になるなどして、いつの間にはフクロウの声は聞こえなくなったが、大阪の地震があったおかげで境内を隠していたブロック塀が半分の高さになり、神社の存在がわかりやすくなった。今日の最初の写真はグーグル・マップから取った今年2月の撮影だ。2枚目はほぼ同じ位置から今日撮った。3枚目は新たに設置されたブロック塀上のフェンス越しから中を覗いた。向こうに松尾山が見える。この眺めはブロック塀があっては望めなかった。梅津の街も少しずつ変化しているが、この変化は歓迎だ。
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by uuuzen | 2018-09-18 23:59 | ●新・嵐山だより


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