懐かしい曲を聴きたいと思うことはほとんどないが、子どもの頃に耳馴染んだ曲を思い出すことはよくある。今に始まったことではない。
先日「有難や節」を急に思い出して歌ったところ、家内がびっくりしたことは書いたが、最近筆者がよく口にする言葉に「モ・ウ・レ・ツ」というのがある。これは昔のTVコマーシャルで、タレントの名前は忘れたが、若い女性が白のミニ・スカートが捲れ上がる際にその言葉を発した。これを2、3か月前に筆者は何の脈絡もなしに思い出し、その言葉の抑揚はそのままで別の言葉を、つまり替え歌と同じだが、自分の思いを表現する時に使うようになった。たとえば大雨が降っていれば「オ・オ・ア・メ」と言い、深刻な事態になれば「し・ん・こ・く」と言う。字あまりや字足らずになる場合もあるが、筆者の世代であれば、その言葉から先のTVコマーシャルをすぐに連想出来る。その4文字のメロディにも著作権があるのかどうかだが、誰かが作曲したものかもしれない。家内は筆者がそんな古いTVコマーシャルのギャグを言葉を変えて毎日連発することにあまりいい顔をしない。そういうさ中、急に「東京アンナ」のサビ部分を歌うと、「そんな大昔の歌、なんで思い出したん?」とますます呆れ顔だが、なぜ思い出したのか筆者にもわからない。調べると昭和30年の歌で、筆者は4歳だ。当時ラジオから流れていたのを無意識のうちに記憶したのだろう。好きとか嫌いとかの感情が芽生える前に無抵抗状態でのいわば強引な押し付けで、そういう幼少時の刷り込みを大人になって咄嗟に思い出すことは誰にでもあるだろう。言動のすべてが説明出来るはずがなく、何となくということは誰にでもある。道を歩いていて、あるいはトイレに座っていて、自分でも予想しない昔のことをほんの一瞬思い出すことはあるはずで、またそのことをほとんど意識せずに忘れてしまう。YOUTUBEで「東京アンナ」を調べると、やはりその奇妙な題名とともにサビの部分しか記憶にないが、それにしても「東京アンナ」は「東京ビートルズ」の先を行っていたことにもなり、題名のセンスに驚くほかない。筆者はその後、「モ・ウ・レ・ツ」の慣用句のほかに「東京アンナ」のサビの冒頭のメロディを頻繁に口にするようになり、しかも別の歌謡曲にくっつけるようになった。「青春時代」だ。この大ヒット曲を筆者はさして好きでもないが、TVで聴いて耳馴染んではいる。その曲のサビの代わりに「東京アンナ」のサビを持って来て、「♪……後からほのぼの思うもの、その名はアンナ、東京アンナ、……」と歌うのだが、そばで聴いている家内は引きつった笑い声を発しながら筆者の顔を覗き込んで、「あかんな」という顔をする。筆者がやけくそ気味で歌うからで、「何か面白くないことでもあるの?」と訊くこともある。家内が心配するのは、知的障碍者がよく電車やバスの中で筆者と同じように歌うことを思い出すからだ。それで筆者は目の前のTVが天気予報を伝えながら、連日「猛烈な暑さ……」と言うのを聴いた瞬間、また「モ・ウ・レ・ツ」と発するが、家内は聞こえないふりをしてそっと台所に避難する。今日の写真は一昨日駅前近くで撮った。カンナの花はいかにも夏らしく、昔はよく見かけたが、今は人気がないのかめったに見かけない。「♪その名もカンナ、東京かいな、……後からほのぼの思うもの、ア・カ・ン・ナ」