●「武田理沙~フランク・ザッパ・メドレー関西初演」 武田さんと筆者が10月26日、大阪の神山町のALWAYSにて対談します。
●琵琶湖大橋を徒歩で往復する
り道せずに予め決めた目的地のみを往復することがたまにある。だが、それも人生においては寄り道と考えることも出来る。つまり、人生は寄り道だ。



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であるからこそいつまでも生きていたいと思う。これが目的あっての行動ばかりであれば、その目的は老化とともに次第に少なくなり、生きる意欲は減退する。サラリーマンは会社と家を往復することが人生の大きな目的になっている。それは強制されてのことが多いが、そのうちそのことも忘れ、定年を迎えると新たな目的を作ることに苦労する。さて、このブログの右端の記事ランキングに、数か月前から2年前の8月18日に訪れたことについて書いた「琵琶湖大橋を徒歩でわたる、前編」がよく載るようになった。その理由がわからないが、琵琶湖大橋から若い女性が落ちて死んだ事件が報じられた直後からのことと思う。そうとすればその頃だけにアクセスが多いはずで、今なお人気があることが解せない。もっとも、筆者はその人気のある理由を肯定的に捉えていない。むしろその逆で、嘲笑されているからだと思っている。世の中は甘いように考えない方がよい。好意的にブログを読む人は、たぶん訪問者の10人にひとり以下だ。それでも筆者はコメント表示が出来ないように設定しているから、めったに悪口が届かない。それでこうして書き続けられる。つまり、「知らぬが仏」だ。昔の人は物事に真理をうまく言い当てていた。コメントが書き込めないと、10人にひとりもいない肯定的な読者の考えが筆者に伝わらないが、そういう人は元来書き込まない。それはともかく、女性が琵琶湖大橋から落ちたTVニュースに接した時、筆者と家内は2年前の8月に筆者と歩いてわたったことを思い出して顔を見合わせた。今調べると2月20日で、まだとても寒い頃だ。その女性が落ちた箇所を筆者と家内は5月28日に見た。今日の投稿の題名にあるように、その日は2年前とは違って歩いて橋を往復した。まだそれほど暑くない時期ではあったが、JR堅田駅を降りて歩き始めると、5分ほどして家内は筆者が佐川美術館に行くことを察し、歩道上で悲鳴を上げ、「もう帰る!!!」と言ってUターンした。だが、外出時はいつも家内が財布を持ち、筆者は文なしだ。そのことを知っているので、家内は激怒しながらも筆者から数十メートル遅れて就いて来る。そのため、5月は2年前と全く同じ光景が橋の上で繰り広げられ、また全く同じ道を歩いて佐川美術館に行った。帰りはバスがなかったので、また歩いて堅田駅に向かったが、美術館から琵琶湖大橋東詰めに至るまでは違う道を歩いた。それに琵琶湖大橋も往路とは違って南側の歩道を歩いた。北側とは眺めがかなり違い、わたり始めた頃に眼下を見ると、下半身を湖に浸した男性が2,3人釣り竿を垂れていた。琵琶湖の近くに死ぬまで住み続けたい釣り好きを知っているが、筆者にはその趣味がわからない。
d0053294_00275560.jpg 2年前に橋をわたった時は写真をたくさん撮った。それらのうち数枚をブログに使ったが、今回は残りの写真を撮影順に全部縦方向につないで使う。最初と最後の写真は5月の撮影で、最初の写真は空と湖を上下均等に加工し、最後の写真は橋をわたった直後に橋の南方を撮った。橋をわたりながら歩数を数えると、ちょうど1700歩であった。1.4キロなので、歩幅は82.4センチだ。橋の中央より西寄りの坂を上り切る少し手前の欄干に、花束が差し込んであった。包み紙はベージュ色で、花は赤が中心であったと思うが、見てはいけないものを見た気がして立ち止らなかった。家内もそれが落ちて死んだ女性を弔うものとわかった。花束を過ぎて100歩ほどか、橋の北側を臨める出っ張った場所がある。そこに3、4人の男女が話をしていた。橋の上で見かけた人は彼らだけだ。2年前と同じ文句なしの晴天であったが、家内は空に雲が全くないことを指摘した。5年前は写真を見ると東の空に雲がある。長い橋は渡月橋と松尾橋で昔から馴れてはいるが、琵琶湖大橋はそれらの約10倍の長さだ。とはいえ、1.4キロであるから、わが家から梅津のトモイチまで歩くことを思うと、驚く距離ではない。堅田から橋の西詰め、そして橋の東詰めから佐川美術館までの距離を加えても、4キロほどだろう。それを往復することはちょっとした散歩で、そのことを家内に言って納得させた。実際は納得していないが、そうするしか仕方がない。いくら「物は考えよう」であるとしても、基本的にしんどいことは誰でも嫌だ。だが、しんどいと思うからしんどい場合もある。梅津のスーパーにはよく歩いて往復するのに、その距離からすれば堅田駅から佐川美術館を徒歩で往復することは、想像を絶する苦行では全くない。ただし、殺風景でしかも車が頻繁に通る橋だ。帰りに歩いた橋の南側は北側の半分もない道幅で、そのすぐ際をダンプ・カーが何台も通り過ぎることに、家内は跳ねられる恐怖を感じて、終始南無阿弥陀仏を唱えていたらしい。わたり始めた時、背後から自転車に乗った中年男性が猛速度で追い抜いて行き、西から走って来る自転車にも出会った。歩く人はさすがにごく少ないだろうが、自転車は30分に1台は走るのではないか。2年前にも思ったが、堅田駅前にレンタ・サイクル店があればどれほど便利だろう。それを使えば佐川美術館に行く人も増えるのではないか。だが、そんなことを考えるのはあまりに時代遅れで、橋が出来た当時から車でわたることが常識であったはずだ。京都市内と違って滋賀県は車がなければ生活は無理だろう。家内は昔から筆者が運転する車に乗りたがっているが、それを思い出しては口から出る言葉がある。「口車に乗って一緒になってしもうた」。それに対して筆者は内心、『知っても仏顔が一番』と、家内につぶやく。
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by uuuzen | 2018-07-13 23:59 | ●新・嵐山だより


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