●「武田理沙~フランク・ザッパ・メドレー関西初演」 武田さんと筆者が10月26日、大阪の神山町のALWAYSにて対談します。
●ありがたや、ありがたし
かになった桂川で、ひどい雨はもう降らないと思っていたのに、昨日は午後に雷雨があった。筆者はそれに直撃されながら、自転車で15分ほど走った。



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いつ出かけようかと思っていた用事を中心に、買い物も含めて4か所を訪れることにし、3つ目の用事を済まして向日市に向けて物集女街道を南下していると、行く手の右手に黒い雲が水墨画の龍のようにうねっていた。筆者が行くのは左手で、その雲から逃れられると思いながらも、とにかく全速力で目的地を目指した。そして用事を済まして今度はいつものように最短距離で嵐山に帰ろうとすると、黒い雲は北の嵐山方面に広がって雨を降らせている気配であった。走行中の多少の雨を覚悟したが、国道9号線まで出て信号待ちしていると、ゴルフ・ボールくらいの大粒の雨がバラバラと音を立てて降って来た。信号をわたって右手にスーパーがあり、そこで休憩してもよかったが、荷台の荷物をほどいて店内に持って入るのが面倒だ。それに買い物は先に済ませている。どうせ濡れたからにはそのまま帰ろうという気になった。ところが雨の勢いは弱まらず、国道9号線から1キロほど北へ走ったところで雷神が太鼓をえらく派手に鳴らし、筆者は縮み上がった。その頃の筆者は顔に吹きかかって来る雨を拭いつつ、雨で顔を洗い、南国のスコールで体を洗う人の気になって半ば面白がっていた。サングラスは役に立たず、帽子は風神に吹き飛ばされそう、それに下着まで濡れたのはいいが、荷台にくくりつけているものはとても大事なもので、絶対に濡らしてはならない。それで松尾駅南方500メートルほどのバス停に屋根があったので、そこで雨宿りをした。プチプチの緩衝材で包んである荷物は水が多少染み込んでいた。それで無理せずに、雷が止むまで待つことにした。ところが5分ほど経っても雨の勢いはあまり変わらない。痺れを切らしてまた走ることにした。そこからは10数分で着く。帰宅して早速荷物をほどくと、中身は大丈夫であった。雷を伴なう夕立は近年少なくなったが、それにまともに遭遇しながら、雷に打たれたり、自転車をどこかにぶつけたりすることがなかったのは、運が悪い中にも運があった。実は出かける前に急に守屋浩の「有難や節」を思い出し、それを半ばやけっぱちで歌っていた。家内は筆者がそういう大昔の、つまりビートルズに夢中になる以前の小学生の頃に耳馴染んだ歌謡曲を何の前ぶれもなく歌うことを不思議がり、『何か嫌なことでもあったの?』と訊いたが、別段そういうわけでもない。そう言えば今日は家内と梅津のスーパーで買い物をしていると、急にこれも筆者が少年時代に流行った「東京アンナ」を思い出した。それを口づさむと家内はまた驚いたが、夜のTVで守屋浩とは違う男性歌手が「有難や節」を歌っているのを見て、さらに驚いていた。
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 「ありがたい」という言葉を筆者はほとんど使わない。大金持ちの上の妹はよくその言葉を口にするが、商売繁盛がありがたいからだろう。筆者は何がありがたいかと言えば、この年齢になるまで好きなことばかりして生きて来られたことだ。もちろん死ぬまでそうするつもりでいるが、金と健康がどちらが大事かとなると、人によりけりとしてもたいていの人は後者を選ぶだろう。そして健康があたりまえとすれば次に好きなことだけをして生きたいと思うはずで、それがかなえられている筆者は自分の幸運をありがたく思わねばならない。話は変わる。裏庭の雀に毎朝米粒や細かく切ったパンの耳を与えている。雀はどちらが好物かと言えば、「餌」は「食」に「耳」であるから、食パンの耳かと思うが、それは塩を含むので、毎日では具合が悪いだろう。それはともかく、雀たちは筆者の姿を待っていて、容器に米粒を入れるとすぐに舞い降り下りて来る。その時、「ありがたい」と思っているかと言えば、そんなことはないはずで、また筆者も雀の感謝を全く期待していない。感謝はむしろこっちで、彼らのさえずりで目覚め、米粒を争って食べている時の賑やかさも楽しい。その話を風風の湯で81歳のMさんに話すと、Mさんも以前は雀にパンを与えていたと言う。ところが、雀が燕の巣を奪ってそこで雛を育てているのを見てから止めたそうだ。それに天龍寺前の商店街を歩いていると、燕の巣にさっと近寄った烏が雛をくわえて飛び去る様子を二、三度見たと言う。Mさんにすれば燕、雀、烏の順に大切であるようで、保護するのであれば燕という考えだ。それはわからないでもないが、半減している雀を思うと、彼らのおやつ程度の餌を与えるのはいいのではないか。田んぼが多い頃は雀は害鳥で、それを近づけさせない仕掛けが施されたが、嵐山学区に田畑はほとんどない。それが雀激減の原因でもある。つまり、雀にとって「ありがたい」と思える世の中ではなくなって来た。日本は少子化が進み、これは子ども自身も「ありがたい」と思えなくなっていることの反映かと思うが、その分長寿を更新し続ける老人が「ありがたい」と思っていて、全体で辻褄は合っている。もっとも、若者は老人ばかりが優遇されて面白くないかもしれないが、世代は順送りで、今の若者もすぐに老人になる。その時に若者から蔑まれると面白くないはずで、生きていることを「ありがたい」と思うのがよい。それが半ばやけっぱちでも、生きていれば「ありがたい」と内心感謝することはある。人生がつまらないと思って生きるのは損だ。その思いは誰も幸福にしない。今日の写真は5月に裏庭で撮ったグミの実で、投稿内容と関係がないが、筆者はこれを木の下にもぐって発見すると「ありがたい」と思う。グミは筆者を思って実をつけるのではない。それと同じように、人は自覚せずとも誰かに感謝されていることがある。
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by uuuzen | 2018-07-10 23:59 | ●新・嵐山だより


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