●神社の造形―正法寺の春日稲荷
合と言えば神仏を思うのは普通だが、明治に神仏分離が行なわれたので、今では神社と寺の関係にそれなりの関心を持つ人しか「習合」の言葉は使わない。



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寺に鳥居があることは普通であったのに、寺と神社を分けるようになったのは、明治政府が国際的に強力な国家を造ろうとして明治天皇を神とする国家神道の考えを採ったからだ。ところで、天皇の陵墓は京都にはたくさんあって、それらを網羅した地図が戦前に作られた。神社巡りを趣味とする人がいれば、陵墓も対称とする人がいて当然で、今も印刷されているかもしれない。陵墓には祠などの建物はなく、名前のとおり墓で、神社と同じ形の鳥居はないが、それに似たものはある。神社と違うのは中に入れないことだ。もちろん学者の発掘も許可されていない。また明治天皇の場合は明治神宮で祀られているから、京都の伏見桃山にある陵墓を訪れる人ははるかに少ない。だが、きれいに手入れされているし、またネットで調べると明治になってからは地元の宮司によって祭祀が行なわれるようになった。それはともかく、「神社の造形」というこのカテゴリーは、神社の鳥居や本殿の写真を載せるだけで、神社についての造形は仏教に比べてきわめて単純だ。京都今熊野にある新熊野神社は境内で神仏習合についてていねいに説明し、またそれを示す工夫がなされているが、神仏習合の説明を取り去れば後に何が残るかという思いを抱かせる。つまり、造形的に魅力的なものは仏教にある。神仏を分け、しかも仏教を神道の下位に置くと、日本美術の歴史は見栄えが劣るが、日本が世界で最も純粋で歴史の長い国であることを誇るとなると、外国からもたらされた仏教に重きを置くことはよくないという考えになる。一方で明治時代の日本は仏教を生んだインド、そしてそれを受け取った中国や朝鮮を含めた東洋主義を岡倉天心は唱えたが、結果的にその思想は大きな花にはならなかった。それどころか、日本は国家神道の思想を戦争で制覇したアジア諸国に植えつけようとした。戦争に負けてそれら外国に造られた神社は全部取り壊され、また仏教は廃仏棄釈の一時的な嵐に耐えて日本美術における重要な文化遺産となっている。だが、一度上がった狼煙は完全に消えることはないだろう。最近若者が右傾化していると言われるが、その果てにまた廃仏棄釈が起こり、仏教関係の国宝がゴミ同然に焼かれることがあるかもしれない。中国の文化革命がそうであった。かつてあった事実をないとすることが政治家によって行なわれるのであれば、歴史は好きなように作り変えられる。日本から寺を全部なくすと、日本に仏教が伝播したことは嘘であり、空海も最澄も実際にはいなかったとされるが、いつでもどこの国もそういう無知で野蛮な歴史修正を行ないかねない。
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 5月22日に大原野神社を参拝した後、一の鳥居のある道路を隔てて南にある正法寺に立ち寄った。朱塗りのきれいな橋があり、そこを越えると少し高台になっていて、右手に同寺がある。坂を上り切ってまず左手に目に入ったのは今日の最初の写真の右端にある六角の塔だ。遍照塔と呼び、駒札には東山の高台寺にあったものを2008年に移設したと書いてあった。正法寺と高台寺が深い関係があったことによるのかどうかは知らないが、不要になったものを再利用するのはいいことだ。また写真からわかるように、この塔は左にある大きくて新しい石仏三体とよく釣り合いが取れている。静かで落ち着いた大原野にあって、この眺めは極楽かと思わせるほどに寺としては理想的だ。2枚目の写真はその石仏の少し西で撮った筆塚で、「ゆるキャラ」のような石の埴輪らしきものがとても目立つ。それに筆者のブログでは「ゴッタ」と呼んで投稿する球体の石もあり、まるで石材店のようだが、正法寺は日本の各地から巨石を集めていて、「石の寺」とも呼ばれる。2枚目の写真のさらに西は石材加工場や駐車場になっていて、筆者と家内は引き返したが、遍照塔の少し南に春日不動尊の建物があり、一段が30センチはありそうな、またとても急な角度の石段を上がってその正面に着いた。そこから右手すなわち北側を向いて撮ったのが3枚目の朱塗りの鳥居だ。その正面に行きたかったが、筆者ら以外誰もおらず、図々しく立ち入る気になれなかった。それに5時を過ぎていたはずで、春日不動尊に南接する正法寺には訪れなかった。話を戻して、鳥居は春日稲荷明神のもので、その社は春日不動尊とは離れて境内の北西にある。つまり、神仏分離令以降も社は残された。人口の少ない辺鄙な大原野であり、春日稲荷社を独立させて宮司を置くことは現実的ではなかったのだろう。ところで、正法寺は今熊野にもある。筆者が依頼するキモノの仕立て屋のすぐ近くで、鉄筋コンクリートの門でもあり、また大原野の正法寺ほど広い境内ではなさそうだが、ネットによればどちらも最澄の創建に関係している。大原野の正法寺はホームページを見ると、鑑真和上とともに来日した中国僧の智威が隠棲した天台宗の寺で、当時は春日禅坊と名づけられた。春日稲荷社についても興味深いことが書かれている。簡単に言えば、智威が入滅した時に白い狐が現われたことと、東寺の弘法大師の前に現われて庫裏に住んだ老人が後に大師によって伏見稲荷神として祀られたことを結びつけ、稲荷神の称号は春日禅坊にたどり着くとする縁起の紹介だ。今日の1,2枚目の写真を撮りながら、すぐ南の高台に朱塗りの小さな太鼓橋が見えていたが、そこに行くには春日不動尊の石段を上って建物の右奥へと進むしかなさそうであった。奥にある春日稲荷明神の社を正面から撮った写真は正法寺のホームページに載っている。それには磁器製の白狐の大小の対が鳥居前に置かれている。
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by uuuzen | 2018-07-09 23:59 | ●神社の造形


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