追伸と言うべき今日の投稿は、5週間前に予定したとおりの位置を占める。つまり、大原野神社についての投稿の間にしようと決めていた。

厳密に言えば一昨日の投稿の最後の、参道から本殿に向かって右手にある「鯉沢の池」に架かる小さな太鼓橋の写真を見せた直後に今日の投稿を考えていて、そのとおりに出来たのは気分がよい。「追伸」は、大原野神社へ訪れる最大の理由であった一昨日の最後の写真を示した後であるからだが、その写真を撮りに出かけた理由は今日の2枚目の写真が示している。その写真のみでは比較に不便で、一昨日の最後の写真の橋を拡大して最初に載せる。大原野神社を訪れる時、筆者は遠足で撮った写真を持参しなかった。アルバムから剥がすと傷むからだ。アルバムごと持って行くことも出来たが、それではアルバムが傷む。どうでもいいことだが、筆者の自転車の前籠は金網がひどくなっていて、物を入れると必ず傷がつく。参道を歩いているとすぐに鯉沢の池の畔で遠足の写真が撮られたことがわかった。遠足の写真なしでは全く同じ角度からの撮影は無理だが、52年の間に樹木は大きく変わっているはずで、同じ撮影位置にこだわる必要はない。撮影場所が少し違うので比較は難しいが、雰囲気は同じだ。橋も変わっていないだろう。それに3日しか変わらない日に出かけたので、池にびっしりと繁茂する睡蓮の葉も同じで、白黒写真左端に少し見える社の屋根もそのままだ。ただし、その社の写真は「大原野神社、その2」に載せる。神社が50年程度で変わらないことはありがたい。有名な神社は大地震によって社殿が壊れてもまた同じように建てられるはずで、遠足で出かけるのはいい思い出になる。今は昔よりも義務教育の遠足で神社に行くことは少なくなっていると思うが、案外と子どもはそういう非日常的な楽しいことはよく覚えていて、筆者のように大人になって再訪する者もあるだろう。それがどうしたと言われれば、何でもそうだと返したい。人生の意味は人それぞれに作る。写真の4人のうち、筆者は右端で澄ました顔をしている。隣りは別の学級のT、その隣りは先日書いたビートルズ・ファンのNで、独身のまま死んだ。左端はSで中2の時に同じクラスであった。TとSは幼稚園が一緒で、中3の時にまた同じクラスになった。筆者を含めて3人でよく遊び、中3の夏はTの父親に連れられて琵琶湖にT、Sとともに泳ぎに行った。その時、筆者は浮き輪でTとSに50メートルほど沖まで連れられ、泳げない筆者は水の冷たさも相まって怖かったことをよく覚えている。Tは学業優秀で学年トップ・クラス、Sは体育が得意であった。またTとSはNとは普段付き合いはなかった。筆者はSとは特に仲がよく、放課後によく遊び、毎日のように一緒に同じ銭湯に通った。なかなかいい写真で、これを当時TやSが購入したかどうか。遠足の写真はもう1枚ある。それは善峰寺の境内で撮られたものだろう。そのため、いつか善峰寺に行った後で何らかの形で使う。