●「武田理沙~フランク・ザッパ・メドレー関西初演」 武田さんと筆者が10月26日、大阪の神山町のALWAYSにて対談します。
●飛び出しボーヤ、その40
単で済むなら何事もその方がよい。梅津に住む甥は車を運転する時、父親のように裏道を通らずにいつも決まった大通りを走る。車が大きいからでもあるが、少々遠回りになっても裏道をちょこまか進むよりも却って早く目的地に着くからだ。



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そのことは自転車でも言えるかもしれない。筆者は裏道を通ってよく迷い、結局長く走り、時間も多く費やす。それで先月22日に大原野神社に自転車で行く際、簡単な地図しか持たず、またそれを何度も停まって仔細に見ることをしなかったのは、ひとつ確かな思いがあったからだ。それは大原野道をひたすら西に進むと、必ず着くからで、曲がり角は途中で人に訊けばよいと考えた。大原野道は東西に走っていて、東の端は阪急の東向日駅だ。その少し手前で物集女街道と交わる。30数年前、筆者は大原野道を家内の姉の車で二、三度通ったことがある。当時はキモノの仕立てを大原野の灰方に住む女性のNに頼んでいて、家内の姉から注文をもらった時はその仕立て上がりを引き取りにNの家まで行く場合があった。一度はちょうど今頃の蛍が飛ぶ季節で、Nは蛍が家の近くにたくさん飛ぶと言い、その言葉を聞いて家の外に出ると、夕暮れの中、二、三匹の蛍が家の前の側溝のようなところに飛んでいた。筆者は車を運転しないので、家内の姉がどの交差点から大原野道に入ったか覚えていないが、今にして思えば最もわかりやすい中垣内という交差点のはずで、先月大原野神社の帰りはその交差点から物集女街道を北上した。Nも家内の姉もこの世におらず、筆者は大原野神社に行くことを何となくそのふたりの思い出にも重ねた。そうそう、家内の姉の車で大原野道をNの家に向かう途中、警察犬の訓練所が左手にあった。それを長い間忘れていたが、先月はその前を通った。昔の地味さとは大いに違って、建物の屋根に近い横長の大きな看板に、犬のシルエットのイラストが3,4点描かれていた。ペット・ブームに合わせた外観の新装だ。そのように何事も30年で大いに変わるが、大原野道はほとんど昔のままだ。特に宇ノ山の交差点を過ぎた辺りから南に広がる田畑はとても見晴らしがよく、大昔からほとんどそのままのはずで、その眺めに家内も筆者も大原野の灰方辺りがとてもいいところであると言い合った。今日の2枚目の写真の左手にその広大な田畑の一部が写っている。最初の写真は左端に自治会の掲示板があり、その下に「大原野上羽町」の文字が見えるので、宇の山の交差点のすぐ西であろう。Nの家は灰方の郵便局の少し先を南に入った辺りであったと思うが、先月の筆者はそこには進まず、北に折れて大原野小学校の前を通った。その先に大原野神社があることを、2枚目の写真を撮る直前に自転車で向こうからやって来る初老の女性に訊いて知ったからだ。
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 Nは近くの大原野神社について筆者に話したことがある。Nは古い神社が好きで、そう言えばこれは何年も前に書いたはずだが、奈良の春日大社に行った時に20歳ほど年長の日本画家に出会ったことを話してくれたことがある。Nもキモノの仕立てをしながら日本画を描いていたのだ。Nはその男性と親しくなったことを筆者に話してくれたことがある。女性はめったにそういう秘密を他人に打ち明けないと思うが、筆者を男として思っていなかったのか、あるいは秘密を口外せずにはいられなかったのだろう。Nがどれほどの人数にそのことを話したのかは知らないが、男ではたぶん筆者だけではないか。Nとはもっぱらキモノの仕立てを介してのつながりであったが、Nが自宅で催したパーティには、多くの画家仲間とともに筆者も招待された。彼らの中では筆者が一番年長で、しかも美術に詳しいことが買われたのだろう。話を戻して、筆者はNのその打ち明け話をただ聞くだけで、意見を差し挟まなかった。お互い大人であり、また他人の過ぎた恋について感想を言うほど筆者は野暮ではない。Nはその男性が死んだことを男性の妻から送られて来た1冊の図録で知った。それはその画家の没後展に際して家族が作り、白黒図版が中心の厚さ1センチに満たない正方形のものだ。パラパラと中を見ただけだが、春日大社の吊り燈籠を写実的に描いた作品がやたらと多かった。燈籠で人の命を象徴したかったのだろう。その画家の奥さんが夫とNの関係をどこまで知っていたのかはわからない。夫の住所録にNの名前などが記されていたか、あるいは夫が自分の個展の図録を贈呈すべき人名を予め列挙していたのかもしれない。Nと最後に会ったのは20年ほど前のことだ。癌のために余命数か月と言っていた。そういうある日、Nはわが家に訪れた。いつもはバイクだが、その日は電車であったと思う。黒を中心としたお洒落な身なりで、またいつもより快活で、自分が数か月以内に死ぬとは信じられないほど元気だと言った。それから1か月ほど後の筆者の個展にもやって来てくれて、やはり元気で、筆者の作品をとても誉めてくれた。それがNとの最期の面会だ。先月は大原野道を自転車で走りながら、Nが生まれて死ぬまでの50年、大原野道を何千回と往復したことを思った。人生は短いようで裏道も通り、恋の蛍も飛び出せば燈籠も灯る。今日の3枚目の写真は大原野小学校の前の少し西だ。大きな石燈籠があるので大原野神社の参道が始まることがわかる。また燈籠の足元にある「飛び出しボーヤ」は竹で有名な地域を反映したものだが、このキャラクターは西京区が作ったものではないか。写真の右端にほんの少し写っているのは鳥居の足の部分で、かつて大きな石鳥居があった。これの西500メートルが樫本神社だ。
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by uuuzen | 2018-06-27 23:59 | ●新・嵐山だより


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