●神社の造形―京都大神宮
は年配者から植えつけられるものか、自発的に芽生えるものかとなると、幼ない者は年長者に感化されて育つから、前者であろう。



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反面教師という言葉も幼ない子には通用せず、いろんな大人がいることがわかるようになってから理解出来る。つまり、家庭の両親や義務教育は子どもの成長にとって大きな影響を及ぼすが、鎖国時代とは違って世界のあらゆることがわかるようになって来ると、価値観が多様化し、また自由主義から各家庭の考えに大きな差が生じ、義務教育の中身も変化する。そういう社会になっても子どもを志ないし夢を持つように育てるが、それが少しずつ無理であることを悟るのが、大人になって行くことであるとたいていの大人は思っているのと同じように、子どもも親を見て醒めているのが現状かもしれない。先ほど「風風の湯」で筆者より2、3歳年長のTさんに質問した。Tさんは京都生まれの京都育ちだ。小中学校の修学旅行先を訊くと、小学校は伊勢、中学校は東京で、これは大阪市にいた筆者も同じで、また筆者より2歳下の家内もそうだが、筆者の息子はどちらもそうではなかった。大阪市でも伊勢や東京に修学旅行に行かなくなって久しいはずだが、それがいつ頃のことかと思う。伊勢神宮に修学旅行で行かなくなったのと同じように、大阪市の小中学校では遠足でも神社に行かないのではないか。たとえば筆者は小6と中2の遠足で橿原神宮に行ったが、筆者の世代以降は橿原神宮に行く意味が教職員の間で疑問視されたのではないか。そして同じ奈良ならば、東大寺にはたぶん今も遠足で行っていると思う。寺はよくて神社が好ましくないというのは、戦前までの国家神道のイメージを思うからではないか。その意味がわからぬ小中学生に遠足で強制的に参拝させるのはいかがなものかという意見が出たのかもしれない。あるいはそういう議論が起こらないうちに自粛して伊勢神宮や橿原神宮には課外学習として行かなくなったのかもしれない。筆者は小中学校の演奏と修学旅行以降、橿原神宮、伊勢神宮に行ったことがないが、たいての人はそうではないかと思う。だが、今頃になって筆者は機会を見つけて行ってみようかと思っている。もちろんそれはこのブログに「神社の造形」のカテゴリーを設けているためのネタ集めのためだが、子どもの頃にはわからなかったことが多少でもわかるのではないかという気がしているからだ。その意味で遠足や修学旅行でそうした日本を代表する神社に訪れたことは、その後の人生に何らかの影響を与えたと言うことが出来るし、たとえば筆者の息子のようにそういう神社に行ったことのない者は一生無縁のままとなる可能性が大きい。大人になって考えるきっかけとなるものに対して、なるべく子ども時代に広く多く接していることに越したことはないので、今も遠足や修学旅行はそういう目的で実施され続けているが、その訪れる場所に神社が含まれないことは、いいこともよくないことも含めて日本の歴史を考えるきっかけを奪っているように思える。
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 さて、昨日の続きとして、5月5日は寺町四条をさらに南下し、目指すスーパーの近くで大きな鳥居を見かけた。この前は昔から何度も歩いているのにその鳥居を意識して見たのはそれが初めてであった。5時頃であったので境内には入らず、寺町通りから今日の2枚の写真を撮っただけで、後日WIKIPEDIAで調べた。伊勢神宮にお参りすることは江戸後期に盛んになり、明治になると伊勢まで行かずとも遥拝出来るようにと、各県にその施設が設けられたという。そして京都では寺町通りに「京都大神宮」が創建されたが、今は伊勢まで行くことに難儀していた時代とは違い、京都や大阪から3,4時間、つまり日帰り出来るようになった。それで「京都大神宮」にお参りする人は激減したと想像するが、せっかく創建したものを取り壊すわけには行かない。だが、ホームページによると今日の2枚目の写真の鳥居奥の車の背後に見える遥拝所の祠には、伊勢神宮から分霊した御神体は入っていないとある。それは最初の写真は本殿に祀られていて、この建物は一条家の玄関と書院を移築したものだ。明治時代から明治天皇の皇女や親王の参拝があり、また明治33年に宮中であった神前結婚は国民が同じ形式での結婚式を望むこととなり、東京大神宮と京都大神宮がその祭式を完成させたという。結婚式は今はTVの宣伝などではキリスト教のそれに倣うことが増えたが、そこにも日本における神社の役割の縮小化が見られる。「京都大神宮」はとても訪れやすい繁華街のすぐ近くにあるが、あまり有名ではないだろう。参拝客が少ないようだが、巫女をキャラクター化して若い女性のための「恋みくじ」を販売するなど、SNS時代に取り残されないようにとの積極的な主張が見られる。これは寺でも同じで、国からの保護、援助がない状態では自力で財政をどうにかせねばならない。「京都大神宮」のホームページによれば、明治39年に精華学園を創立し、戦後独立とあるが、精華学園と無関係になったのであれば、神社のみの収入で経営が成り立つのかと思う。そこでまたホームページを見ると、行事は2か月に一度ほどはあり、また神前結婚式を挙げる人はいるはずで、伊勢神宮を毎年訪れる京都人の幾分かは繁華街に出れば立ち寄るだろう。まだまだそういう信心深い人はいるはずで、そう言えば家内の兄は今は知らないが、10年ほど前は毎年伊勢神宮へお参りを欠かさなかった。そのことでいいことがあったかと言えば、はたから見ればそうでもなかったようだが、本人はそうは思っていないだろう。信仰とはそのようなもので、本人にしかわからないものだ。だが、そのような信仰は子どもの頃に何らかのきっかけを得なければ、大人になってからは芽生えにくいのではないか。
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by uuuzen | 2018-06-15 23:45 | ●神社の造形


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