●遠足で訪れた場所に52年ぶりに行く、その1
目としてはどういう位置づけか知らないが、筆者が小中学生の時には春と秋に遠足があった。筆者のアルバムに1966年5月、つまり中学3年生になって間もない頃に遠足で訪れた時の白黒写真が3枚貼ってある。



学級の集合写真ではなく、スナップ写真だ。集合写真は小学生から欠かさず買っていたので、きっとその遠足ではそれが撮影されなかった。また3枚のスナップ写真は級友が撮ったものではなく、写真好きであった担任の先生が撮った。引率係り兼カメラマンとなって、その日の先生は多忙であったと思う。当時はまだカメラは誰もが持つものではなく、ましてや遠足で中学生が持参することは許されなかった。修学旅行でもその担任の先生はたくさんの写真を撮り、それらをすべて焼いて教室の後方の壁に貼りつけた。ほしい人は代金を添えて申し込むのだが、写真はどれも現在のL版の半分ほどのサービス・サイズの大きさで、筆者はたとえばバスの車窓から撮影した富士山の写真がそれでは小さ過ぎるが嫌で、職員室に行って先生にネガを借りた。その時の先生の一瞬不思議そうな顔をよく記憶する。ネガを借りたいと申し出た生徒は筆者だけのはずで、そのことを先生は半ば喜んだのではないだろうか。借りたネガで2、3枚を選んでキャビネ・サイズに焼いたが、その修学旅行以来、筆者は富士山を近くで見たことがない。50年はあっという間で、関心のないことには無縁のままとなることを実感する。担任の先生は「社会」を担当し、これま前にも書いたことがあるが、当時の政治についてかなり批判的で、政治家や国会は愚かなことばかりしていると、授業の何かのついでに笑いながら話してくれたことがある。そのいわば雑談に当時のどれほどの生徒が耳を傾けたのかはわからないが、筆者は先生のその言葉を聞くまでもなく、普段から同じことを思っていたこともあって、よけいのその先生の言葉が胸に刻まれた。実際、その先生の言葉は真実で、半世紀経った今ではもっと政治家は愚かでしかも醜くなっている。先生は「社会」を教えていたこともあってか、京都や奈良の古い寺社巡りが好きであったようで、それでカメラの技術も上達したのだろう。先生が使っていたカメラの形状を筆者はよく記憶するが、日本製ではなかった。また、写真屋が同行しない遠足では先生が教え子を片っ端から撮影し、それらネガ数本分の写真の焼き増しまで担当したのであるから、生徒への思いが強かった。当時の先生はたいていそうで、筆者は小中学校の先生のほとんどをこの年齢になってとても感謝の気持ちで思い出す。どの先生も筆者を勇気づけてくれた。いろいろとハンディを背負った筆者が健気に思えたのであろう。あまりの貧困でぐれてしまう子どもが多かった時代、筆者は先生たちから特別に注視されていたと思う。その陰ながらそっと見守るという態度が当時の筆者にはわかった。
 話を戻す。66年5月の遠足の写真の下には、10年後くらいに筆者が書いた細長い説明の紙が貼り込んであって、『たぶん奈良への遠足』と書いている。それほどに遠足で訪れた場所の記憶がないのだ。これは本当に不思議で、半世紀経てばたくさん忘れてあたりまえと言えるが、筆者は10数年後にもうその遠足のことを完全に忘れた。では当時の何を覚えているかだが、ビートルズ漬けの日々で、遠足で訪れた寺社に興味を持つ余裕がなかった。52年前の遠足を企画したのは筆者の担任で、当時40代であったと思うが、そのような大人と10代半ばとでは関心が大きく違って当然だ。だが、子どもが無関心であっても、大人が引率してどこかへ連れて行くことは大切だ。さて、アルバムには担任の先生が遠足のためにガリ版で刷ったB4サイズの藁半紙の「京都西山方面 遠足のしおり」が挟み込んである。いつそれを古い所有物から見つけてアルバムに挟んだのか記憶にないが、中学生時代のテスト用紙その他、何百枚かあったはずの紙の中からそれ1枚のみが現在は手元にある。八尾にひとりで暮らしていた母は筆者の小中学生のテスト用紙や美術の授業で描いた絵などをすべて保存していたのに、それらの大半は筆者が40歳頃に間違って処分され、小学生低学年の頃のテスト用紙だけがたくさん残っている。「京都西山方面 遠足のしおり」はおそらく40歳頃に筆者が八尾に帰ってそれらの古いプリントを順に見た時、『たぶん奈良への遠足』という「たぶん」が気になっていたことを想起し、「ああ、京都西山か」と思ってそれのみを京都に持って来た。つまり、その1枚を取り除けておいたお陰で、処分されずに住み、担任の先生が撮影した遠足のスナップ写真から筆者が買った3枚は、その遠足の際の撮影であることがわかる。そのアルバムは10年に一度くらいしか開かず、また開くたびに「京都西山方面 遠足のしおり」が目につきはしたが、詳しく読むことはなかった。それが気になり始めたのはここ2,3年だ。京都の西山の東北の果てに住む筆者にとってこれは何かの縁かもしれず、「京都西山方面 遠足のしおり」と3枚の写真を交互に見ながら、写真に写る場所を特定したい気持ちになり始めた。3枚とも境内で撮影されたもので、特徴的なものが写っていればどこで撮ったものかがわかる。3枚のうち1枚は背景に建物などが写らず、場所の特定は不可能だが、2枚はどうにか探り当てられそうだ。そう思いながら、いつ行けばよいかと思案した。52年前の遠足は5月25日だ。半世紀の間に温暖化したので、同じ日では暑いだろう。今日はブログを初めて丸13年だが、仕事の区切りもよかったので、思い切って家内と行って来た。そのことを断続的に数回に分けて投稿する。
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by uuuzen | 2018-05-22 23:59 | ●新・嵐山だより


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