●「武田理沙~フランク・ザッパ・メドレー関西初演」 武田さんと筆者が10月26日、大阪の神山町のALWAYSにて対談します。
●『LUMPY GRAVY PRIMORDIAL』その2
車した後、父子が家に入って母の話をするという短い物語が本作の見開きジャケット内部に小さな文字で印刷されている。これを昔どこで読んだのか忘れた。



今再読すると本作の各曲につけられた題名と関係があるようには思えず、ザッパがなぜこの映画の脚本のような文章を用意したのかという疑問が湧く。またこれをヴァーヴ盤に引用すればいいのに、そうしなかったのは、ヴァーヴ盤に新たに加えた人間の語りの内容と合わないと考えたからではないか。それはともかく、無関係に思えるこの短い物語も含めて本作があり、本作のコラージュ具合は音だけではなく、言葉の意味も合わさって複雑化している。また、この物語はザッパの父母との実話ないしザッパが父母に抱いた思いがどこかで反映しているのではないかと思わせるが、その最大の箇所はこの親子が暮らす新興住宅だ。ザッパはその様子と内部の調度を詳しく描写しながら、その安っぽさを風刺している感がある。それは現在の日本と同じく、生活に必要なものはいちおう何でも揃っていることに対して満足する小市民的な思いだが、もちろんザッパもそれと同じ空間に身を置きながら、たとえば本作というひとつの形ある作品を世に出すという自由感を謳歌し、また自負している様子がある。つまり、アメリカの平均的な市民の醜いとも言える生活をそのまま描くことで、それが作品になるという覚悟が伝わるが、絵に描いたような美しさを表現することに嘘があると思ったのだろう。また、この物語の結語は、「年配者を敬うべし」で、これはザッパの父がそのような厳格な考えを持っていたことを匂わせ、ザッパはその考えにどこかで感化されたであろう。ただし、それは単に年長者が若者より偉いというのではなく、年を重ねたことを証明する才能の発露が前提にあってのことだろう。それはある意味では誰にでもあるが、小市民的な成功に満足しないという条件があったはずで、自分の作曲をより多くの人に聴いてもらうという望みがあった。また、この物語は父が息子と妻に暴力を振ったことが描写され、また物語は雨降る夜のことでもあって陰惨さをもたらしているが、些事を詳細に描く点は睡眠中の夢にそっくりで、本作を超現実主義的コラージュと形容してよい。また最初からザッパはそういう作品づくりに関心があったとすれば、本作を元に会話を加えてさらに複雑化したヴァーヴ盤を、大のお気に入りの作品と公言した意味がわかる。昨日は本作かヴァーヴ盤のどちらをザッパがより好んでいたかと書いたが、より凝ったものが好きと考えればヴァーヴ盤になる。またその最大の特徴は本作を取り除いた会話部分にあり、その着想を最晩年のアルバム『文明、第3期』で復活させることにも合点が行く。
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 では、本作の価値はどこにあるかだが、オーケストラ用の曲を書き、自らの指揮で演奏させたことだ。そのため、本作は『200モーテルズ』の序としてよく、実際同アルバムに収録される管弦楽曲に近い曲を含む。管弦楽曲を書く才能は映画音楽を必要とするハリウッドでは珍しくなく、本作は前述の物語を含めてレコードによる擬似映画と捉え得る。それは60年代後半期においては、ジャズ世代とは違ってロック音楽を聴く若者からすれば、無知ゆえに畏怖する才能ではなかった。またロックが流行すると、そのロック・ミュージシャンの音楽をそのまま使った映画が作られるようになり、管弦楽曲を書く才能は職人芸として重視されなかったとのが実情ではないか。それほどに音楽や映画界が急変する中、ザッパもロックを重視することで作曲家としての生き残りを画策するが、ロックでは表現出来ない音の世界を知っていただけに、機会があれば作曲し、また上演を模索し続けた。これはロックだけをやっていれば手っ取り早く金儲けをするのによいが、ビートルズ旋風がアメリカに吹き荒れる中、それに同じ土俵で対抗することは難しく、またビートルズも数年後にはどうなるかわからない過酷な世界であった。また、流行の音楽を模したような活動にはどこか我慢がならないほどに自分のやりたいことに正直であった。ロック一辺倒で有名になり、金持ちにもなることは、前述の物語で言えば、新しい家に新しい家具調度を揃えるという平凡な生き方だが、ザッパは表向きはそういう生活に収まってその質を上げつつ、他に類例がない創造者という矜持を忘れなかった。人生で最も大切なことは、好きなことだけをして生き続けることで、ザッパ流に言えば『今日の作曲家は死ぬことを拒む』だが、金儲けが最大の目的ではなかった。だがもちろんアメリカでは資産家に生まれなければそれはなかなかかないにくい道で、好きなことをしながら多くの金を得るのが一番だ。そうすれば作品の規模はさらに大きくなる。以上のように捉えると、本作の位置がよく見えるが、また最初の物語に戻ると、ザッパは本作を元に映画を撮りたかったのかもしれない。それは意外にも早く『200モーテルズ』となるが、その題名はツアーの間に泊まって作曲したモーテルのおおよその数で、本作以降の自分の経歴を数量化しただけであまり意味はない。一方、「ランピィ・グレイヴィ」はゲイルと結婚する前に交際していた女性の渾名で、さすがそれを『200モーテルズ』に使うことはまずいと思ったであろう。作品は本来謎めいたところを内蔵するもので、それをそのまま楽しめばよい。また謎めきの乏しい作品は面白くない。その意味で本作をザッパが最もお気に入りであったことの理由がわかる。
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by uuuzen | 2018-05-16 23:59 | ●新・嵐山だより(特別編)


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