チラシには「ゾフィー・ショル、最期の日々」とある。正月明けすぐだったか、年末だったか忘れたが、京都ドイツ文化センターから映画の試写会の案内メールが来た。
先着40名だったと思うが、早い者順に受付とあったので、すぐに参加するとの返事を出した。それで先月18日の夕方6時の上映に行った。翌日にも同じ場所で同じ内容をテーマにした別の映画を見たが、それについては明日書きたい。今夜はまずこの映画だ。見た後すぐに感想を書くには少し気分が重かった。それは今でも同じだ。京都の映画館では来月封切りされるが、日本ではあまり受けない内容だと思う。ここで描かれる実話はあまりにも重く、見る人それぞれに第2次大戦、そして国家と個人といった問題について考えさせずにはおかない。ドイツではこの映画がどう受けとめられたのか気になるが、ネオ・ナチの連中はきっと罵声を浴びせているだろう。映画に描かれる事実に関して、ドイツ文化センターの別の部屋では詳細な説明パネルが2、30枚ほど展示されていた。それらをまとめた本があればよかったのだが、残念ながら作成されておらず、自分でメモするしかなかった。だが、かなりの量であった。全部書き写すには5、6時間は要したであろう。そのため、まともに読んだのは3分の1ほど、そしてメモも要点だけに終わった。映画を見ればこの「白バラ」が何を意味するか一目瞭然で、説明パネルは不要とも言えるが、こうした史実に基づいた映画の場合、その基本的な事実事項を知っておくとなお理解が及ぶ。どんな映画でも娯楽的側面があるが、それが強調されてこうした重い内容の事実がかすんでしまわないためにも、詳しい事実を知っておいた方がよい。パネルの1枚にゾフィー・ショルの顔を捉えた写真があった。それがこの映画に登場する俳優とよく似ていて、そのことからもこの映画がきわめて事実に忠実であろうとする立場を取っていることがわかるが、その意味でなお、説明パネルはこの映画の理解を助けると言える。
映画の内容を簡単に言えば、1943年のヒトラー政権末期に、ヒトラー打倒を一般に呼びかけてビラを撒いたり、街中の壁に文字を書いたりした「白バラ」のメンバーの3人が逮捕され、わずか5日後にギロチンにかけられて殺された事件を扱う。3人のうちふたりは男で、そのうちのひとりはゾフィー・ショルの兄だ。逮捕から処刑されるまでのゾフィーの5日間のことは、ゾフィーと一緒に監獄に入っていた女性の証言によってかなりのところまでわかったいたようだが、裁判の様子に関してはわからなかった。そのゲシュタポの記録が東ドイツから発見されたのは裁判から50年後のことで、それを元に映画の脚本が書かれた。そのため、この映画の見所はこの裁判の場面にあると言ってよい。映画はその裁判の場面に向かって収斂して行き、そこで圧巻とも言えるドラマが展開される。3人が逮捕されることになった直接の事件などは映画の最初の方で割合さっさと描かれる。逮捕されてからは時間を追って1日ずつの動きが克明に映し出され、恐怖がひしひしと伝わって来る。その恐ろしさはホラー映画とは全然別の、人間が異質な者を排除しようとする底なしの無慈悲、無理解による残酷さの露な姿だ。見ていて息が詰まる。思い出しても吐き気を催す。その恐ろしさは今の日本でも明日すぐに起こっても不思議でないようなものであり、また政治家がTVに出て堂々と口にもしているようなことと言ってよい。そしてそんな政治家がかなり日本で人気があって憧れの目で見つめる人も多いという事実を思うと、本当にやるせない気分にさせる。ヒトラーを非難するのは簡単だが、そんな人が実際ヒトラーのような政治家を賛美したり、いつでもナチに心酔してしまいかねない単純な精神の持ち主でない保証は何らない。この映画の恐ろしさはすぐ隣にいるような人が、戦争といった異常事態が起こった時、掌を返したように体制側の言うことをころりと信じて、それが正しいと無条件に受け入れて、他者を平気で死に追いやりかねないことをよく示しているからだ。いや、戦争でなくてもよい。今でもそういう人々がたくさんいて、自分たちと意見の違う者に対して陰湿な攻撃行動を取ることは数限りなくある。たとえばブログでも自分の考えと違うからと言うだけで、気分の悪くする書き込みをするのがいるが、そんな卑怯な連中が自分を卑怯とは感じず、かえって大声で相手を罵ってその相手を卑怯と断罪する恐怖というものがある。いつの時代でも、大きな声を張り上げるほどそれは真実になり、本当の真実は黙らざるを得ない。そして黙っていることをいいことに、ますます虚偽が大手を振って拡大する。ナチとはそういう存在であったが、似たような卑劣な連中は永遠になくならない。
去年公開された『ヒトラー~最期の12日間~』は、ドイツがヒトラーをどう思っているかを映画を見る者にどのように考えさせるかという点で、ひとつのリトマス試験紙のような存在であったが、この映画もある意味ではそれと似ている。つまり、ヒトラー時代、すべてのドイツ人がヒトラーに共鳴したのではなく、れっきとしたドイツ人がヒトラーに反抗して国家によって抹殺されたという事実を提示することで、ドイツ人にも良心はあったことを今さらドイツが世界に示そうとしていると受け取られかねないだろう。ゾフィーのような存在がわずかにあっただけで、ヒトラーの罪が帳消しになるはずは絶対にないが、それはそれ、これはこれとして眺める必要はあるし、またいかにヒトラー政権が異常であったかを示すためにもこの映画は必要だ。正直な話、前述したように、この映画は娯楽的要素はきわめて乏しいが、今後永遠に忘れてはならない事実を示している点で、映画で表現してより多くの人に伝え、また忘れさせないようにすべきと思える。その意味できわめて珍しい映画で、ここで描写されている事実を多くの人は目を背けずに注視し続ける必要がある。さて、ゾフィーについて書いておく。1921年にヴュルテンベルクで5人の子の4人目として生まれた。兄ハンスは1918年生まれだ。父が会計、税務事務所の経営をするため、一家は32年にウルムに引っ越した。ゾフィーは34年にヒトラー・ユーゲントに加入して少女団のリーダーになる。ここは重要だ。ゾフィーも最初はヒトラー派であったのだ。だが37年に兄弟や友人が逮捕されたため、39年にユーゲントを辞める。42年にミュンヘン大学で生物学と哲学の勉強を始める。その時、ハンスはすでに同大学で医学の勉強をしていた。42年の夏休み、ウルムの兵器工場で兵器製造に動員される。同じ時期、父親は、女性事務員にヒトラー拒絶内容の発言を密告されて刑務所に入る。ゾフィーはヒトラー打倒のビラが作られていることを知り、その第5、6番目の作成に参加し、それを南ドイツの複数の都市で配付する。43年2月18日、ミュンヘン大学にビラを撒き、ハンスと友人クリストフ・プロープストとともに即座に逮捕される。「白バラのビラ」というタイトルは、ハンスとアレクサンダー・シュモレルが42年夏に書いたビラにつけられていたものだ。これがグループ全体のシンボルになったが、ハンスはブレンターノのスペイン風長編叙事詩「ローザ・ビアンカ(白バラ)」を読んで感銘を受けていた。
人民法廷の裁判長ローラント・フライスラーは狂気の人物で、この映画で最も強烈な存在感を持っていた。俳優もこんな役を演ずるのをいやがっていたのではないだろうか。それほどに非人間的で、悪魔としてのナチをひとりで完璧に演じ切っていた。ゲシュタポの尋問官も不気味な人物で、『ヒトラー~最期の12日間~』にも出演していたそうだが、ゾフィーをじりじりと追い詰めて行く様子は見ていて苦しい。名誉のために死ぬのではなく、非国民と断罪されて死んで行くのであるから、自分の子どもふたりを失うことになったゾフィーの父親の立場になると、全く憤りをどこへぶつけていいかわからない気持ちになるが、その悲しみと慈悲溢れる姿を俳優は見事に演じていた。当時、友人クリストフ・プロープストは学生結婚していて3人の小さな子どもがあり、4番目が妻のお腹の中にいた。そのためゾフィーは彼だけでも助かることを望むが、それはかなえられず、ゾフィーと同じ法廷に立って、同じ死刑宣告を受ける。通常は裁判は49日を費やされるが、たった1日で結審し、しかも5日後に刑は執行された。これはナチが国内に反抗組織があることを恐れたためだが、当時は戦争は末期的症状で、ヒトラーが倒れるのは時間の問題であった。それがわかっていたからこそ、なお強く人々を弾圧しようとしたのだ。ゾフィーがヒトラー政権をおかしいと感じるようになったのは兄からの感化だが、前線に出た学生たちがポーランドやロシアでの大量虐殺を実際に見聞し、それがシュモレルやハンスのビラ配付の行動を促した。したがって、ゾフィーは当時のドイツの一部の学生の見本と言ってよく、見せしめのために死刑になった。登場したナチに対してドイツの学生たちはさまざまな立場を取ったが、これを概観すると、まず共産主義の青少年組織は当初から反対の立場を取り、社会主義労働者青少年グループは地下に潜った。カトリック系青少年は、ローマ・カトリックとナチが1933年に結んだ帝国条約により、独自のバッヂや幟の使用が許可されたが、これは38年に禁止された。福音教会系は一括でナチの国家青年組織に加入し、多くの若い牧師はNSDAP(国民社会主義ドイツ労働者党、つまりナチ)に入党したが、これは後に青少年改革運動に変わり、ナチ従属否定の福音教会組織「告白教会」に加わった。キリスト教とナチの関係を考えると微妙な問題が見えそうだが、ゾフィーの刑が執行される時に牧師がゾフィーを慰める場面があり、キリスト教がナチに対して無力ではあっても精神的な救いをもたらす存在であったことはよく伝わる。
死刑宣告からたった5日間で首を切り落とされることになったゾフィーの心中はどのようなものであったろう。その葛藤をユリア・イェンチはよく演じていて、ゾフィーの態度が立派であったことをあますところなく伝えている。ゾフィーやハンスは裁判長に対して、いずれ同じ運命になると言い放つ場面があるが、これはまるでフランス革命時にダントンがロベスピエールに言ったのと同じだが、このふたりは革命派で同じ仲間であったから、この映画の話とは全然違う。実際の話、裁判長はその後どんな運命を辿ったのであろう。戦後の裁判によってナチの重要人物はみな犯罪人になったが、末端に近いようなこのような裁判官やあるいは尋問官は、たとえ有罪にならなくとも良心の呵責を持たなかったであろうか。そこにも多くのドラマがあったはずだが、この映画ではそこまでは追求せず、ゾフィーの首がごとりと落ちる音、続いてハンスとクリストフの首の落ちる音で終わる。そこまでリアルに描かなくてもよいではないかと思うほど、この処刑の場面はリアルだ。そうした恐怖を見る者に与えることで、なおさらこのような時代が二度と来ないことを監督は訴えているかのようだ。刑の執行人もいやだったと思うが、そのような狂気が日常的に支配していた当時にあってはまともな考えを抱いていれば今度はいつ自分が同じ運命になるかわからなかった。そのためうすうす戦争の負けは感じてはいても、ヒトラーの言うことにしたがって行くしかなかったのだろう。これは当時の日本でも同じことだ。戦争賛成が国家への忠誠の姿として賛美され、反対者は抹殺された。そして、戦争が終わってその立場が反対になったかと言えば、案外そうではなく、日本ではA級戦犯が総理大臣になった。ゾフィーの罪状は「大逆罪」だが、日本でも明治末に同じ罪で死刑になった幸徳秋水などの社会主義者を思い出さぬわけには行かない。そして彼らを行動を描いた映画を日本は作ったことはあるのだろうか。いつの時代でも戦争反対を唱える声は上がるが、平和な国でそれをするのではなく、戦争の真っただ中で勇気を持って行動することは難しい。戦争が終わってまともな国になった時、命を奪われたそうした勇気のあった人々が讃えられるならまだ救われるが、そんな簡単に決着はつかず、人類が同じ過ちをしなくなるはずは絶対にない。この映画を見て苦しくなるのは、そんなどうしようもない悲しくて愚かな人間を思うからだ。