●嵐山中ノ島復旧、その82(渡月橋付近の河床修理)
崎信用金庫は阪神ファンの預金が莫大であることで経営が成り立っていると聞いた。筆者にとってはどうでもいいことだが、風風の湯でよく会う81歳のMさんはそういう経済的なことにも詳しい。



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年の功というより、関心事の範囲が広いのだろう。Mさんとはまだ4年半前に嵐山へ水害をもたらした台風についてはほとんど話し合っていないが、わが自治会に引っ越して来たのはその台風の頃だ。台風後であれば水害の恐れのある現在の住まいを購入しなかったはずで、おそらく直前だろう。また水害後の毎年、台風があった9月15日に天龍寺で開催される会合に誰でも参加出来ることを知ると、今年は行きたいと思うかもしれない。興味の対象が多いほど精神的には若さを保てると筆者は思っているが、年々何かに興味を持つことに疲れて来るのではないか。それが正常というものだろう。74で死んだ富士正晴は71か2の時にもう書くことがないと考えて断筆した。それから死ぬまでの2,3年は毎日どういう気分であったのか、それは誰にもわからないが、筆者はそういう富士の疲れ、諦めの境地がいつ訪れるのかと、今から多少不安を感じながら、とても陽気なMさんと風風の湯のサウナ室でいつも話すことを思い浮かべると、元気な間はとにかく好きなように時間を過ごせばいいと納得する。また、ほとんど何もすることがなくなれば、日々読書三昧で過ごすことが筆者の理想だが、それは思っているだけで終わる可能性が大きい気がしている。そう言えば、Mさんは『芸術新潮』のバックナンバーを大量に持っていたのに、転居を繰り返す間に全部処分し、それが今思えば残念とのことだ。その話を聞きながら筆者は、Mさんがそれを処分せずに手元に置いていても、今は全く読まないと想像する。また、今ではそのバックナンバーはネットで簡単に入手出来る。コレクション癖のある男は、手元に置くだけで満足で、本であればその中身を充分楽しむことは二の次になりがちだ。それでもいつかはじっくり読みたいと思っている。そしてそのまま年月が過ぎ、読まないまま遺族が処分する。そうなることがわかっていても本人は満足で、好きなものを周りため込みたい。そうは思いつつ、筆者はここ10数年、このブログで筆者が好きなものを取り上げ、またそのことで生きている間にさよならを言っているつもりでいる。だが、筆者が何か言いたくて手元に集めるもののごくわずかしかここでは書いていないし、今後もそれには変わりがない。そのため、いずれは書いておきたいことがあるのに体力がないということになるだろう。そして、そう思う一方で、筆者が書いておきたいことなど、書かなくても誰も何とも思わない現実を知っているので、諦めの境地が案外富士の年齢よりも早く訪れるのではないかとも思っている。
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 今日は先月11日の夕方に撮った写真を3枚使う。これは帰って来ていた息子と一緒に嵯峨のスーパーに買い物に向かう際、筆者の指示で息子がスマホで撮った。スマホの画質があまりに鮮明で、筆者のオンボロのデジカメがまるでフィルム・カメラのように感じられる。だが使い慣れたせいか、スマホよりも筆者のカメラの画質を好む。午後5時を過ぎていたので工事は終わっていて、また観光客も少なく、遠くの夕焼けがさびしさを倍増させている。どのような工事が行なわれているかは、どうにか写真からわかる。渡月橋の真下にある畳2枚ほどの大きな石を剥がし、それらを撤去している。全部ではないようだが、写真からは中州状に積み上げられているのがわかる。この敷石は水深が1・5メートル下がったことによってすっかり露出したが、以前でも乾季には川面からよく見えていた。この石の代わりに、洪水時に河底が削られないような、また見栄えのいい仕組みが施されるのだが、渡月橋真下での水深が6号堰の撤去前よりも1・5メートルも下がったとすれば、4年半前の洪水時と同じ水量が流れても4年半前のような被害は起きない。だが、頑丈な石の分厚い板と違う仕組みでは水の威力で破壊されやすいのではないか。その辺りのことも淀川工事事務所は計算して工事をしているはずだが、洪水の規模によっては何が起こるかわからない。そのためでもないが、また洪水などない方がいいに決まっているが、今年の秋に大型台風が襲来し、渡月橋の下がどうなるか見たいと思っている。また外国人観光客は4年半前の嵐山の洪水被害を知らず、そのため現在の工事がどういう経緯で行なわれているかも知らないが、渡月橋の上で嵐山を背景に記念写真を撮る観光客が後を絶たず、渡月橋の景観と安泰は今後も絶対でなければならない。そう思うと、このカテゴリーは同じような写真が続いて退屈なようでも、生き物としての桂川と格闘する人間の知恵の記録であって、同じような日々に見えて全く同じ人生がないことと同じで、筆者は投稿に疲れたり、諦めたりすることは出来ない。さて、昨日は息子の誕生日で、先月中旬以来、また家に帰って来た。誕生日であるからではない。ほかの用事があってのことで、今朝は5時に起きて仕事場に向かった。家に戻った息子が仕事のために早朝に起きる必要があることを知っていると、筆者も家内もなかなか寝つけず、特に家内は1時間ごとに目が覚める始末で、翌日はとても疲れる。だが、Mさんがよく話すように、今の若者はかわいそうで、しんどい割りに収入が少ない。Mさんや筆者が若かった頃と今とではどちらが幸福な時代であったかは、比較のしようがないことも事実で、時代は川の流れと同じく、その時々に応じた新たな変化を生む。それにうまく対処しながら、どうにか寿命まで生きることが人生というものだ。
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by uuuzen | 2018-03-05 23:59 | ●駅前の変化


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