●『ZAPPA/MOTHERS - THE ROXY PERFORMANCES』その7
AZZ FUSIONという言葉が70年代初頭に流行ったが、ザッパの音楽はROCK FUSIONと呼ぶべきかもしれない。今日はまず本作のブックレット最後のデイヴ・アルヴィンの文章をざっと紹介する。



彼はその最後の方で、「ザッパが音楽で何をしようとしていたのかわからない」と率直な思いを書いている。筆者はデイヴ・アルヴィンという名前を初めて知ったが、本作に文章が収められることになった経緯は何だろう。デイヴはザッパについて何かに書いたことがあって、それをザッパ・ファミリーが知って原稿を依頼したのか、あるいはミュージシャンのつてによってデイヴがザッパ・ファミリーに紹介されたのか。ともかく何らかの出会いがあって文章が寄せられた。デイヴの演奏はYOUTUBEで見られる。ギターを弾きながらぼそぼそと語るようなリード・ヴォーカルを担当し、初期のビートルズがよくレパートリーにしたカントリー調のロックンロールを演奏する。男前とは言えず、年を重ねた渋さが魅力と言ってよく、聴き込むと面白いようなだ。カントリー畑にはそういう存在は珍しくないだろう。デイヴの解説でとても興味深いのは、デイヴが82年にイタリア南部のカプリ島での5つ星ホテルでザッパとしばし語り合ったことだ。また73年のロキシーでの演奏を13歳で見たとのことで、ザッパより20歳年少だ。なぜカプリ島のホテルで出会ったかと言えば、DVD『シチリアのザッパ、82年夏』に描かれるように、ザッパは82年夏にヨーロッパ・ツアーの最後のスケジュールとして、イタリア縦断ツアーを行なった。資料本によればナポリでは7月11、12日に演奏したとある。パレルモ公演は14日で、13日が空いていた。おそらくその日はナポリからカプリ島に観光に行ったのであろう。それはマッシモ・バッソリの薦めであったかもしれない。筆者は『シチリアのザッパ、82年夏』の解説をちょうど1万字にまとめたが、その中でカプリ島に触れた。このブログでも紹介したことがある医師アクセル・ムンテの著作『サン・ミケーレ物語』に言及したからだが、まさかザッパがムンテが愛したその島のホテルに宿泊したとは、本作のデイヴの文章を読むまでは知らなかった。そのため、『シチリアのザッパ、82年夏』でムンテの著作を紹介したことは、ザッパとは無関係のこととは言えず、筆者としては『サン・ミケーレ物語』から読み取れる同島のいろいろなことにザッパの姿を重ねることが出来るようになって驚いている。ザッパがその島のホテルから地中海を見下ろして何を思ったのか、そのことが『シチリアのザッパ、82年夏』にクッチャ監督によって言及されていれば同作はもっと内容が深くなったと思うが、監督も本作のデイヴの文章を読んでびっくりしているのではないか。
 それはともかく、デイヴがカプリ島を訪れたのは、自分のバンドのブラスターズがイタリアのTVに出演し、またザッパが宿泊したホテルに泊まるためで、ザッパのチェックアウトとデイヴのチェックインが重なった。デイヴは当時25歳になっていたが、かつてロキシーでの演奏を見に行ったほどであるから、目指す音楽の方向は違っても畏敬の念を抱いていた。だが、デイヴの髪型は「ポンパドール」であったというから、これはアキ・カウリスマキの映画『レニングラード・カウボーイズ』に出演したバンドほどではないにしても、その類を思えばよい。ザッパにはそれが時代遅れで自分とは別世界の人間に思えたであろう。カントリー・ミュージシャンと言えば、カウボーイ・ハットを被る印象が強いが、近年のデイヴはそのスタイルでロック寄りのブルースを基本にした音楽を演奏する。その点でどうにかザッパと共演出来る可能性もあったが、ザッパはあらゆる音楽を好みながら、カントリーだけはいつも揶揄した。そしてそのことをデイヴは知っていたが、それもあってカプリ島でザッパと話した時は大いに緊張したことが解説から伝わる。ザッパはデイヴの他愛もない話を黙って聴きながら、デイヴがロキシーのライヴを見たと言った時、急に目を上げて神経質な表情で「どう思った?」と訊ねた。デイヴはどぎまぎして、「とてもよかったです」とだけ答えたが、それから35年経って、デイヴは考え続けたまともな答えを解説に書いた。それが文章の本論になっているが、先に書いたように、結論は「ザッパが彼の音楽で何をしようとしていたのかわからない」で、また「たぶんザッパはポンパドールの髪型をした自分のことを甘過ぎて、歩行者であり、感傷的として、忘れてしまったであろう」と続ける。デイヴは勉強家で、初期のロックンロールからドゥーワップ、フォークやカントリーはもちろん、ジャズからアイヴスやケージ、シュトックハウゼンといった現代音楽も聴いた。その態度は10代でザッパの音楽を聴いたことにもよる。そういう深い素養を蓄積しての現在のデイヴの音楽があるとなると、カントリー・ミュージシャンであると過小評価は出来ないだろう。どのような音楽を目指そうとも幅広い見識が欠かせない。デイヴは解説の中で、ザッパの音楽について実に的確でまた面白い意見を書いている。たとえばギター・ソロはジョニー・ギター・ワトソンのそれの響きが聞こえ、「太陽の村」にはドゥーワップのメロディが粉々になって浮遊していし、またレイ・コリンズの歌声はジェシ・ベルリンのそれから霊感を受けたものだといった具合で、ロキシー期のバンドは粒揃いのメンバーを集めてザッパの思い描く音楽を自在に演奏出来たとも書く。特にルース・アンダーウッドの演奏する姿には圧倒され、その思いを何年も抱き続けた。近年のデイヴのバンドはドラマーが白人の若い女性で、それはルースのことを意識してのことではないか。
 そのようにデイヴはザッパからいろんな影響を受けたが、ザッパのユーモアは鋭い剃刀のようで、ザッパの歌詞はレイモンド・チャンドラーやチャールズ・ブロウスキーの作品に似ていると、82年に会った時に言いたかったと書いている。筆者にとって最も印象深い記述は、「ザッパの音楽と歌詞は、アウトサイダーと探求者として自分を定義することを手助けしてくれた」という箇所だ。「アウトサイダーであり探求者」というのはザッパを表現するのに最適な言葉だ。筆者自身も昔からそうありたいと思い、またそのように生きているつもりでいる。そして、デイヴの音楽もそれが反映されているはずだが、「ザッパが彼の音楽で何をしようとしていたのかわからない」と正直な思いを吐露する。これは目指す音楽が長年の間にあまりにかけ離れてしまったことにもよるだろう。デイヴはまた、ビートルズがイギリス、ディランがニューヨークについて歌うのに対し、ザッパの音楽は奇妙でアングラで捻じ曲がったカリフォルニアについて歌うとも書くが、それはデイヴがアウトサイダーでありながらも、「奇妙でアングラで捻じ曲がった」のではないカリフォルニアについて歌いたいとの思いだろう。大多数の音楽ファンはそういういわばまともな音楽を好む。ザッパもそのことを知っていたはずで、74年のアルバム『アポストロフィ』の最初の曲「黄色の雪は食べるな」の歌詞では、エスキモーの母が子どもにショーを見るのに金を使うのではなく、貯金しろと言う。デイヴのように少年期にザッパのステージを見に行き、その後にプロとして活躍出来ることは稀であろう。話は変わるが、先日録画したTV番組で、中学生の男性教師が大のビートルズ・ファンで、ポールと同じベースを数本所有し、また鑑定では100万以上と値がつけられたデビュー・アルバムを持っている。さらに、ビートルズと同じステージ衣裳を着て登場していたが、それを見ながら筆者は時代が変わったと思う一方で、あまりいい感じがしなかった。ザッパはヨーロッパのあるファンがどの演奏会場にもいることに気づき、ついにそのファンはザッパに話しかけて自分が教師であることを告げると、その後のザッパは態度を硬化させ、ステージではわざわざ揶揄した。学校の先生が自分の音楽に熱中していいのかとの思いだったのだ。公的に雇われている教師が、不良とされたビートルズの音楽に夢中になる姿は、筆者にはどこか痛々しい。無名であっても音楽を目指しているならいい。またそれほどの覚悟がなければ芸の道では大成しない。それはさておき、ビートルズ大好きのその教師のような人は日本にごまんといるはずだが、彼らの中でザッパの音楽に関心を持つ者は稀だろう。今やビートルズはアウトサイダーとは認識されず、その音楽は教科書にも載る。したがって、教師は臆面もなくビートルズになり切ろうとする。
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 さて、7枚組CDの本作で筆者が最も興味深いのは6枚目だ、そこには10日のリハーサルで演奏された「THAT ARROGANT DICK NIXON」(あの傲慢なリチャード・ニクソン)が唯一の未発表曲としてある。これをなぜ発表しなかったのか。わざわざ「ジ・イディオット・バスタード・サン」の替え歌としたのは、新曲で大曲の「ディッキーはクソ野郎」との関連からとしてよい。だが、同曲は『ロキシー・アンド・エルスウェア』に収録されず、ようやく88年のツアーで再演された。ニクソン大統領への当てつけは、限られた観客を前にしての生演奏ではいいが、レコードにすることには躊躇したと考えるしかないが、『ロキシー・アンド・エルスウェア』では「オレンジ州の息子」の歌詞がやはり大統領への当てつけで、ザッパはあからさまにではなく、捻じ曲がったユーモアとしてどうしてもアルバムに大統領風刺を盛りたかった。それは最初のアルバムでしたことで、デビュー10年目となる『ロキシー・アンド・エルスウェア』では当代の大統領を揶揄しないではおれなかった。またそれはレーガン政権になってさらに勢いを増すが、そういう権力者に対する風刺はデイヴ・アルヴィンはおそらくその音楽のジャンルからして同意出来ないだろう。ザッパがカントリー音楽を嫌ったのは、音楽の単純さが面白くなく、また簡単に言えばあまり考えることを得意とせず、差別主義者の右翼が楽しむであったからだが、デイヴはそういうようにザッパがカントリー音楽を見ていることを知りながら、その枠内に収まらない音楽を目指して来たのかもしれない。6枚目にはボーナス・セクションとして10日のリハーサルから「ファーザー・オブリヴィオン」が収録される。これは本番では演奏されなかった。6枚目後半は12日のボリック・スタジオでの録音からの9曲で、珍しいのは「カン・フー」の2曲だ。最初はザッパの指示や演奏のやり直しがあっておよそ5分、次が1分少々のヴァージョンで、後者は前者の最後1分少々の部分にザッパがギターで楽譜に書かれたメロディを重ねたものだ。ザッパは最初のヴァージョンで指揮をしたのだろうが、曲作りの過程を示す見本だ。残り7曲のうちの最初はメンバーのチューニングで、それに続いて『アポストロフィ』のA面で発表される曲が続く。最後の「ロロ」は「ビバップ・ヴァージョン」と断りがあって、ジョージ・デュークが即興でエレクトリック・ピアノを弾きながら、そのメロディとユニゾンでスキャットで歌うが、後に発表されるヴァージョンとは全然違うように聴こえる。74年は『アポストロフィ』が先に発売されたが、「カン・フー」や「ロロ」は収録されなかった。
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by uuuzen | 2018-02-15 23:59 | ●新・嵐山だより(特別編)


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