●『ロザリー・ゴーズ・ショッピング』
じている様子から実像を推し量るのはよくないが、現在のアレックス・ウィンターが行なっているザッパの録音保存とドキュメンタリー映画製作の企画につながる何らかの兆しがないかとの思いで、今日取り上げる映画を改めて見た。



d0053294_17543383.jpg先日書いたように、本作を80年代の終わりか90年代の初めに京都ドイツ文化センターで見た。『バグダッド・カフェ』や『シュガー・ベイビー』もはっきりと覚えている。そのほかにも上映された気がするが、パーシー・アドロン監督のフィルモグラフィーには該当する作がなく、上映は上記3本であったかもしれない。印象が強かったのは西部劇で馴染みのジャック・パランスが太った女性の肖像を描く場面で、それは白黒印刷のチラシに使用された。『バグダッド・カフェ』に出て来る一場面で、監督の名前はその1作で不滅となった。半年ほど前か、その完全版がTVで放送された。録画せず、見る気もなかった。筆者が見たのはオリジナルで、その後の完全版がどのように長く、また違いがあるのかを多少確認したいが、またの機会にする。ついでに思い出した。家内によれば、先日触れたジョニー・デップ主演の『チャーリーとチョコレート工場』は、筆者は2006年か7年に四条大宮にあった東映で見たらしい。そう言えば『シザーハンズ』に出た俳優の新作で、似た味わいの作品だなと思った記憶がある。ただし、内容は記憶にない。『シザーハンズ』は数年前に亡くなった友人Nはえらく否定的で、ジョニー・デップのことを気持ち悪いと言っていた。映画であるので、そう目くじらを立てる必要はないと筆者は思ったが、ジョニーはその後どんどん有名になり、いくつもの映画で主演を続けている。映画の世界では大ヒットすればよほどの駄作でない限り、主演俳優はその名声だけで客を集められるのではないか。上記のパーシー・アドロンの3作で共通して登場する主演女優はとても太ったマリアンネ・ゼーゲブレヒトで、その体型から醸し出されるユーモアや大らかさを監督が最大限に活用して脚本が書かれている。太った女性を好む男性全員とは限らないが、マザコン的な男は女に肉体的な包容力を求める。パーシー監督がそのタイプなのかどうかはわからないが、太った女性が好みなのだろう。太った女性ばかり描いた画家のボテロの作品から伝わる温かさは、パーシー監督の映画に通じている。わかりやすい言葉でたとえれば、「癒し」を主眼としている。映画は基本的に娯楽だ。それは「癒し」を与えてくれるものという認識に支えられていて、パーシー監督はその王道に沿った上記3作を撮った。笑いと風刺と、人々が抱く夢を混ぜ合わせ、現実にはありそうもないことを映画の中で実現させ、ハッピーな気分を観客に抱いてもらう。現実世界がぎくしゃくしているほどにそういう映画は求められる。そう考えると、80年代後半に上記3作が西ドイツやアメリカで撮影されたことに納得出来る。筆者はゼーゲブレヒトが地下鉄の若い運転手に恋をする『シュガー・ベイビー』が一番いいが、男にもてそうにない太った女性の一途な恋がかわいらしい。だが、現実的にはストーカーとして逮捕されるだろう。
 改めて本作を見て思ったことは、時代を先取りし、充分に現在の日本でも通用する物語であることだ。経済発展を遂げている中国でも似たような状態にあるだろう。題名にあるように、本作は買い物がテーマで、主人公の主婦ロザリーや一家はほとんど買い物依存症と言ってよい。ネット時代になってクリックひとつで品物が自宅に届くようになり、本作よりも派手に買い物を毎日している人は日本では増加していると思うが、その行為はたとえば配偶者がかまってくれず、また経済的にもそれなりに裕福で、一方で見栄を張りたく、カード決済のためにいくら使っているかの自覚がないといった、誰でも想像するようないくつかの理由がある。本作のTVのテレフォン・ショッピングや、大型スーパーで買い物を続けるロザリーは、夫とは仲がよく、また家族思いで、さびしさのあまり買い物に走るというのではない。必要なものを買うのであって、そこは重要だ。夫婦には子どもが9人もいて、まだ夫はロザリーを心から愛している。それがかなり頭の悪い男に描かれるが、夫婦仲がよいのであれば他人がとやかく言うことではない。ロザリーは自分の見栄のために金使いが荒いのではなく、家族のために金が必要なのだが、9人も子持ちでは、アメリカでなくてもどれほど多くの生活費が必要であるかは想像がつく。豪華な食材を山と買う場面がある。それは息子のひとりが調理師になる勉強をしていて、その食材として必要と考えるからだ。そして、9人はみなほしいものがあり、ロザリーはなるべくその願いをかなえたいと思っているが、広大な農地に飛行機で殺虫剤を散布するパイロットの夫の収入だけでは足りず、カードで支払ったお金の利息の支払いだけで精いっぱいだ。そしてスーパーではちょっとしたものを万引きする。そのことを神父に懺悔すると、後はけろりとして、もっとうまく金を手に入れる方法はないものかと考える。そこには金を貸すことで儲けている銀行に対しての不満があるのだが、金が回ることと品物が移動することの間の現実感の欠如も一方にはある。本作ではそこは深く掘り下げられないが、カードで支払う間に金の価値観が希薄になるという現代の危うさをテーマにしていて、ロザリーを単に愚かな買い物依存症とは描いていない。カード破産しないためには買い物を減らすというのは常識だが、11人の大家族では必要なものも多く、高給取りの夫の給料だけでは家計を賄い切れない。それが誰の責任かとなると、回り回って政府や銀行と思ってもさほど的外れではない。とはいえ、本作は前半まではロザリー一家の買い物趣味をグロテスクに描く。3男としてであったか、アレックス・ウィンターが出演していて、彼はエイプリルという名前のガール・フレンドを自宅に連れて来る。彼女はまともな家の育ちで、ロザリー一家が常軌を逸した食事やTVショッピングの買い物をすることに顔色を失くす。それは本作を見る人の思いを代弁している。監督もそうだろう。そして、そのままではロザリー一家が破滅して行くかは明らかだ。夫の給料の前借りからドイツからやって来たロザリーの両親の帰りの航空券を売り飛ばすなど、とにかく目先の金利を支払うための現金入手のために何でもやり続ける。
 ロザリーのような家がアメリカにごまんといることを監督はニュースなどでよく知っていたはずで、またそういう家族の悲惨な運命を見るにつけ、娯楽の映画ではせめてハッピー・エンドにして観客を癒したいとの思ったのだろう。3年前か、筆者は衣笠の立命館大学の平和ミュージアムでの毎年開催される『世界報道写真展』で見た組写真をよく覚えている。今年は同展を大阪のハービス・ホールで見たが、受付にバックナンバーの図録が何冊か売られていた。もう一度見たいと思っているその組写真を掲載した図録を探したが、見つからなかった。それで頼りない記憶によって書くが、組写真は白黒の10枚程度から成り、カメラマンは10年から20年の取材を続け、アメリカのごく普通の男女を、出会いから最後までを追った。女性は美人と言ってよく、組写真の最初では溌剌としている。ところが、経済的な困窮に陥り、やがて離婚、妻はボロ布のように死んで行く。その後の夫は少女との淫行で逮捕され、監獄で死ぬが、その夫婦の姿の年代を経るごとに著しく変わる容貌が悲惨であった。破滅へと向かうその道筋は、典型的なアメリカ式のカード地獄と薬物使用が原因となっていた。ニュースにならないようなそんな無名の夫婦の物語を写真で追い続けたことは大変な気力だが、それ以上にカメラマンはやるせなさを覚えたはずで、この世の最も怖い物語、しかも現実にあったこと、またいくらでもどの国でもあることを再認識して筆者の気持ちは沈んだ。そのふたりの生活を自業自得と言うのは簡単だ。そのように言ってしまうことで、自分とは関係のない馬鹿者として切り捨てられる。それはアメリカでも日本でも変わらない。だが、肩で風を切って威勢のいいことを言っている誰もが、その女性のような人生の最期を迎える可能性がある。身の丈に合わない生活をしたための天罰と言うことは簡単だが、ちょっとした人生の歯車の違いから、泥沼にはまってしまうことは誰でもあり得る。あるいは、正直過ぎて詐欺に引っかかることもあるだろう。ずる賢い連中が大富豪になることは誰でも知っている。一方、気高い者ほど無名で辛酸を舐める。そのように見れば、人生を転がり落ちて行ったアメリカのどこにでもいるような夫婦への同情も芽生える。そして、そのことを本作のロザリーにも見ればどうか。子だくさんで夫が真面目に働き続けているのに、生活が出来ないとすれば、それは銀行や経済を動かしている為政者が悪いと言ってもよい。かくてパーシー監督は、本作の後半では金融会社や銀行からやられっ放しのロザリーが反撃を始めるように描く。それは漫画で、現実にはあり得ないと言ってよいが、見方を変えれば現実の金が動く世界は漫画以上に漫画でもある。筆者は銀行や銀行員が大嫌いだが、最近日本の銀行が将来的に大勢の銀行員をクビにする計画があるとういうニュースを見て、ようやくあたりまえの時代になるかと愉快だ。人から預かった金で人並み以上の収入を得て、しかも偉そうに振舞う連中には虫唾が走る。銀行の業務は全部ロボット化出来るはずで、すでにATMによってそうなりつつある。銀行の次は役所だ。国家公務員の年末の平均ボーナスが70万かそこらという、仕事らしい仕事をしない人間の馬鹿げた高収入もなくせばいい。
 本作に戻る。ロザリーが調理師になろうとしている息子のために豪華な食材を買って来ることに、娘はいい顔をしない。彼女がほしいのは、会社で使っているのと同じ最新のパソコンだ。ロザリーは最初は聞く耳を持たないが、娘はしつこく、ついにその価格を訊く。100万円以上する高価なものだが、ロザリーをローンで買う。そこからロザリーの生活が激変する。一方、夫は目が見えにくくなったとこぼし、不安を抱くが、眼科医を訪れる勇気がない。そしてついに飛行機の計器を見誤って墜落事故を起こす。愛機を失って仕事も失い、ロザリー一家はついに離散かと思わせたところ、ロザリーはパソコンを使ってあることを思いつく。娘からパスワードを聞き出し、娘が勤務する会社の会計に侵入するのだ。本作が作られたのは89年で、その当時からハッカーはいたらしい。本作から20年近く経った現在、パソコンがらみの犯罪はいたちごっこが続いている。パーシー監督がそれを見越していたのは慧眼だ。ロザリー家に毎日ローン会社からの明細を封書で届けていた黒人の配達人が、ある日ロザリーに言う。「10万ドルの搾取は個人なら犯罪になるが、100万ドルの粉飾を銀行がしても表沙汰にならない」。これは数人を殺すと殺人者になるが、万単位の人を死なせれば英雄になるというのと同じ理屈で、また真実だ。つまり、大犯罪は天晴れなこととして認知される。政治家や宗教家はそのことをよく知っている。彼らの犯罪はあまりにも大きいため、人々は崇拝する。パーシー監督はそう考えたようだ。ロザリーは銀行相手に大芝居を打って出る。200万ドルを預金すると頭取に伝えながら、まんまとその金額を手に入れる。パイロットの夫は眼科医に診てもらったところ、単なる老眼と判明、ロザリーは新しい飛行機をプレゼントする。さんざん懺悔を聞いてもらった教会には大きな鐘を寄贈。アレックス・ウィンターが演じる息子はエイプリルを妊娠させるが、ロザリーが大金持ちになったことで、ふたりは一緒になることがほのめかされる。こんなハッピー・エンドは不謹慎だと言う人は多いだろう。現実社会ではロザリーのような人がたくさんいて、破産した後はホームレスになるか、犯罪者となる。そういう現実の背後には、冷酷な金融社会があることを誰しも知っていて、銀行が手玉に取られることに喝采を送る人もある。それゆえ、銀行強盗の映画は昔は多かったが、本作はその現代版で、しかもパソコンを駆使するところに未来も見通している。「金は天下のまわりもの」という言葉はアメリカにもあるのかしれない。ロザリーが銀行からせしめた200万ドルをショッピングに費やすことは、経済を動かす行為で、誰の腹も痛まないどころか、却っていいこととも言える。日本でも億単位の金を銀行から自分のものとしたという事件が毎年ある。その後その銀行がどうなったかと言えば、倒産した話は聞かない。つまり、本作が現実の物語であっても不思議ではない。手元に金がなくても、銀行から借りて事業を起こし、億万長者になった人は無数にいる。本作はそういう積極的な生き方を奨励していると思えばよい。映画監督という商売もそうだろう。乗るかそるか、賭け同然で、失敗してもどうにか資金を集めて次作に賭ける。そういう人生ではロザリーに拍手を送るのは当然だ。本作でのアレックス・ウィンターは、家族で歌を歌う場面で指揮をする。そこにアレックス実像が多少は反映されているか。また、金策をどうするかというロザリーの生活は、自分のやりたいことの資金集めをネットによって寄付を募るというアレックスの現在の行為と無関係とは思えず、アレックスは俳優としてのキャリアの中で、ザッパに本格的に取り組む準備をしたようだ。
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by uuuzen | 2017-12-18 23:59 | ●その他の映画など


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