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●『ゴッホ~最期の手紙~』
楽がどうであったかはほとんど記憶にない。映像がそれだけ奇抜で印象に強かった。10月下旬か11月に入ってすぐであったか、TVでゴッホの油絵のタッチを模したゴッホの映画が梅田で上映中であることを知った。



●『ゴッホ~最期の手紙~』_d0053294_19482996.jpg絶対に見なければと思い、先月11日に家内と見た。その後、同じ映画は京都の洛西口でもやっていることを知った。大阪まで出かけることはなかったが、いつものようにほかにも用事を作ったので、大阪で見たのは合理的であった。TVではこの映画の製作にただひとり日本人として参加した若い女性へのインタヴューがあった。彼女は5分ほどの場面を担当したそうだ。ゴッホの最後の絵といわれる横長の絵で、麦畑の上にたくさんの烏が飛んでいる。この場面をアニメとして動かせるために彼女が何枚の油彩画を描いたのか忘れたが、最初は紺色で烏を描いていたのに途中で監督は黒がいいと言った。それで全部描き直したかと言えば、それは大変な手間であり、烏が途中で黒に変わって行くようにしたそうだ。その場面がどこかを凝視し続けたが、麦畑の場面はほんの少しで、青い烏は画面いっぱいに映し出されたことに気を取られ、その烏が黒に変化して行く様子はわからなかった。改めて書いておくと、この映画は二種のアニメから成っている。登場人物が語る、あるいは思い出す回顧場面は白黒で、しかもゴッホのタッチとは違ったぼやけた写実だ。そのほかの場面、つまり黄色のジャケットを着た郵便配達人の息子アルマン・ルーランがゴッホの最期の手紙をゴッホの弟テオの奥さんに届けに行くまでの紆余曲折を描くところは、ゴッホの油彩画をそっくり模したアニメになっている。俳優を使って実写の映像を撮り、その各コマを実際の絵具で描いた作品で、映画のチラシによれば62450枚を125名で手分けして描いた。イギリスとポーランドの共作で、先の日本の女性はポーランドで描いたと思う。62450枚の油彩画となると、その置き場所をどうしたのかと思うが、実際は全体を描いては動かせる必要のある部分を消し、また描くという作業を繰り返し、キャンバスの数は映画のカット数とほぼ同じはずで、多くて2000枚ほどではないか。アメリカの昔のアニメ、つまり60年代によく日本のTVで放送されたアニメは、低予算作品では顔の唇だけが動くものがあった。またその唇は実際の人間の唇の動きを撮影したもので、大きな白い紙にアニメの静止画像を描き、唇の部分だけ穴を開けてその向こうで声優が話している様子を撮影したものだ。信じ難い作り方だが、それほどに各コマが動くアニメ製作は手間を要したので、いかに手間を省くかが問われた。当時の日本のアニメもひどいものであったが、アニメ製作に携わる人の低賃金は今も変わらない。好きでなければやれない仕事で、また好きであるから安い賃金が押しつけられ、黙認される。それはどの世界でも同じだ。日本から参加した先の女性はどれくらいの給金が支払われたのか知らないが、絵描きとして光栄という気持ちがあり、また英語に不安がなかったので作業に参加した。映画の最後で製作に携わった人の名前が出たが、これも凝視した割りに彼女の名前を見つけられなかった。また誰も描き手の名前を知りたいとも思わないだろう。あくまでもゴッホの筆使いを模した職人の扱いで、アニメ製作に参加した画家たちの個性が前面に出ては困る。
●『ゴッホ~最期の手紙~』_d0053294_19495416.jpg
 それで、ゴッホの個性をどれほど忠実に再現出来たかとなると、これは評価が分かれる。筆者のように多少はゴッホの絵を知っている人でもそうだろう。またゴッホを画家の中で一番好きという人は辛い評価をつけるのではないか。物語のある映画として面白さを追求する必要がある一方、どの場面もゴッホの絵らしさが何よりも求められる。だが、ゴッホは自分の絵が一瞬の動きを切り取ったものとは考えなかったはずで、最初からゴッホの絵が動いているように見せることには無理がある。ゴッホはゴーギャンとは違って写実主義ではあるが、それでもデフォルメが著しい作品も多い。ゴッホの自画像ですら、同一人物とは思えないほどに顔が違う。そのため、本作ではゴッホ役にどういう顔をした俳優を起用するか難しかったのではないか。映画チラシはゴッホの油彩画そのものだが、そこに描かれる横顔はゴッホらしいとはいえ、少し男前過ぎる気がする。ゴッホの写真はいくつか伝わっているが、髭をたくさん生やしていれば顔の特徴はわかりにくい。それはさておき、ゴッホの晩年の名作はすべて登場させていると言ってよく、ゴッホの名画集を兼ねているところがある。かなりのところまで成功しているとにやりとさせる場面は多々あった一方、失敗していると思える箇所もあって、これは誰しもわかるように、最初に俳優を使って実写する際の、その撮影角度の問題と、俳優の表情をどの程度アニメにするかという問題があったためだ。前者はゴッホの絵をつぶさに調べ、可能な限り絵に描かれる人物や室内、風景などの角度をそのまま踏襲していた。後者は俳優が俳優としての個性を出そうとするあまり、ゴッホの絵には登場しない表情や仕草が露になった場面があって、筆者にはそれが鼻についた。そのやや個性が出過ぎと思えた人物は、宿を経営する女性ひとりで、彼女はおそらく有名な俳優なのだろう。その個性がゴッホの絵の個性とは相容れないゆえの違和感と言ってよい。またそれは彼女の肖像画をゴッホが描かなかったためではないか。詳しくは知らないが、おそらくゴッホは彼女を描いていない。ゴッホは風景も人物も静物も何でも描いたが、人物はモデルが欠かせない。それは金で雇うか、信頼関係が必要で、ゴッホの場合は限られた。それが自画像を多く描いた理由でもある。ゴッホを除けば本作の主人公である郵便配達人の息子であるアルマン・ルーランの黄色のジャケット姿の有名な肖像画があるが、本作は全編を通じてその姿を登場させる。実際は違う色のジャケットも着たはずだが、あくまでも同じ姿で登場させる。それはゴッホを象徴する、ひまわりや太陽と同じ鮮やかな黄色であることを無意識のうちに観客に伝える。また、彼が重要な役割を演じるのは、南仏のアルルでゴッホが親しくした唯一の人物でもあるからだ。ルーランの父親の肖像画もゴッホは描いたが、彼は本作では最初の方に少しだけ登場する。それはともかく、本作は最晩年のアルル時代だけのゴッホに焦点を当てるのではなく、これも有名な肖像画が残っているパリの絵具屋のタンギー爺さんも登場する。彼は眉間の幅が異様に広く描かれるが、ゴッホの素描は特徴を把握し、少しデフォルメすることでより本物らしく見せる思いがあった。タンギー爺さんの肖像画は背景に浮世絵が散りばめられていて、どういう部屋であったのかその絵からは全くわからないが、本作ではその店の前の通りや、また店内の様子、そして店内から外を臨む場面もあるなど、ゴッホがどういう道を歩いてその絵具屋に通い、またタンギー爺さんがどこにどのように陣取っていたかも伝える。それらは大部分は想像によるが、それでもなるほどと思わせる説得力があり、ゴッホが歩いた道を映画を見る者は追体験出来るようにもなっている。
●『ゴッホ~最期の手紙~』_d0053294_19504525.jpg 筆者は好きな画家を10人挙げるとして、その中にゴッホはいない。ゴッホで思い出したが、80年代半ば、若宮テイ子さんとちょっとしたゴッホ論を交わしたことがある。そう言えば、今回はゴッホについて考えるのはそれ以来だ。30年ほどが一瞬で過ぎ去った気がするが、ゴッホは依然として有名で、また評価はますます高くなっている。油彩は860点で、生前は1枚売れただけであった。今でもそういう画家は当然無数に近いほどいるはずだ。彼らはゴッホの死後の成功を自分に重ねて描いているかと言えば、そういう人もあるが、そうでない人もある。だが、画材の費用と生活費は必要で、誰かの援助なしにはゴッホのようにたくさんの油彩画を描くことは無理かもしれない。それで油彩画ではなく、ほかの材料で表現すればいいようなものだが、作品の堅牢度を考えると油彩が最もいいだろう。だが、将来どれほど評価されるかわからない作品の堅牢度を考えて製作するのは変な話だ。ところで、情報が発達した今ではゴッホのような才能を持ったまま埋もれる作家はいないと画商や評論家は言う。この意見は70年代に開高健も言っていた。こういった意見がほとんど正しいとしても、ゴッホのように一生の間、ほぼ全く絵が売れない画家はいるだろう。そしてそうした画家の中から死後にゴッホ並に評価される人があるかと言えば、まずゼロに近い。となれば、生きている間に注目されない人は、さっさと製作に見切りをつけた方がいいが、描きたいという衝動がある限り、放っておいても本人は描く。また、そういう内から湧く意欲がない限り、製作したものは意味をほとんどなさない。それに大いに関係することが本作で描かれる。またそれは本作で最も印象的な場面と言ってよい。ほとんど最後に近いが、医師のガシェとのやり取りだ。本作は絵をそっくりな俳優を起用し、また絵と同じポーズをどの登場人物にも必ず取らせるのでなかなかリアルだが、医師ガシェは本作では絵からそのまま抜け出て来たかと思わせるほどによく似ている。彼はゴッホの絵から伝わるように、人間嫌いで、その点でゴッホと通じていた。自分の耳を切り、また自分で精神病院に入院したゴッホを、ガシェが医師としてどう見ていたのか知らないが、それなりに仲がよかったはずが、本作では両人の喧嘩別れの場面が描かれる。ガシェは日曜画家的に絵を描いていたことを今回初めて知ったが、彼はゴッホの死後、ゴッホの世話をした分の御礼として数点のゴッホ油彩画を得る。そしてそれを模写するなどしたが、ガシェの死後、ゴッホの絵と彼の絵は国家に寄贈され、ガシェの模写は峻別された。それほどにゴッホそっくりの絵を描いたのだろう。本作では彼の名前はゴッホのおかげで永遠に記憶されることになったと言っていた。ガシェは自分の絵の才能がゴッホに劣るとも負けないと思っていたのだろう。医者であるから、当然頭脳はゴッホより明晰と思っていたに違いなく、世間もそう見る。そうなると、本人は絵を描いても腕前があると錯覚する。当時も今も医者の地位は高い。内心彼らは画家など芸術家をほとんどろくでなしと思っている。何年か前に筆者は医者から言われたことがある。自分たちは人の命をあずかる高貴な職業に携わっていて、世間からの評価が高くて当然であるといったことをだ。また筆者は別の機会に医者に対して、『医者はあなただけではない。ほかの病院に行く』と言ったことがある。筆者は医者が嫌いなのだ。話を戻すと、ガシェがゴッホに意見する場面で、彼はゴッホがテオから経済的援助を得ながら描いていることを指摘する。それに対してゴッホは自分が描くことの思いを伝えるが、『あんたにはわからない』と言うのが精いっぱいだ。ガシェにすれば、働かず、売れもしない絵を描き続けるゴッホに嫌味を言ってやりたかったのだろう。才能を認めているからなおさらそうだ。男の嫉妬だ。そういう嫉妬は女よりも男の方が強い。あるいは芸術を目指す者はみなそうだ。ゴッホは自分の絵がいつか認められることは信じていたはずだが、ゴッホが自殺した原因は何か。
●『ゴッホ~最期の手紙~』_d0053294_19513560.jpg 本作ではそのことにひとつの焦点が当てられ、推理した考えが描かれている。アルルの街に知恵遅れの子がいて、彼が家にあった拳銃で麦畑に写生に出かけていたゴッホを撃ったというのだ。ゴッホはすぐに死ななかった。2,3日はベッドにいた。そして銃痕を見ると、自分で撃ったにしては不自然な位置にある。本当に自殺するつもりなら頭を撃つという考えも披露される。また銃痕は2,3メートル離れたところから、しかも地面に寝そべった人物が撃ったような位置にある。麦畑の中にいた知恵遅れの子がゴッホを撃ったという推理は何かの本で書かれているのかどうか知らないが、本作の監督はゴッホが撃たれた時に相手を見たとは描いていない。麦の穂に隠れて姿は見えなかったかもしれないし、またゴッホが相手を知ったとすれば、罪を問えない子どもであることから無言を貫いたかもしれない。だが、自分の耳を切り落とすほどの衝動を持っているゴッホであるので、銃で腹を撃つことは充分考えられるだろう。ではなぜ自殺する気になったか。それはガシェから自分の置かれている立場を実感させられ、もうこれ以上テオに迷惑をかけられないと思ったか。それはあり得るだろう。絵が売れないどころか、アルルでは変人扱いだ。今でもゴッホのような画家がいると誰しもそう思うだろう。変な絵を描く変な人と思われ、石を投げられる。本作でも白黒の回顧場面で写生中のゴッホが子どもたちに石を投げつけられ、慌てて逃げる場面がある。悲しい場面だが、世の中は今も変わらない。ゴッホの才能を見抜いた人であっても、援助の手を差し伸べようとはせず、むしろゴッホの生き方を揶揄する。医者は人の命を救うが、画家はいなくてもほとんど誰も困らない。ところで、ジョニ・ミッチェルはアルバムのジャケットにゴッホに扮した自画像を油彩で描くなど、絵の才能もあることでよく知られる。彼女はゴッホの絵がいくらで売れたかというニュースに対し、ゴッホが生きていれば唾を吐きかけたと書いている。高額で売れる絵に価値があると思う人を揶揄してのことだ。値段がつかない絵は無価値かと言えば、全くそうではない。何百万ドルで売れる絵でも自分がいいと思わなければそれでいいのであって、無数にある絵からどれを好きになろうと勝手だ。また、どういう絵が好きかはその人の人格を表わしもする。生きている間に多くの絵に出会うが、本当に好きな絵は案外少ないかもしれない。誰しもいいと思う絵と気に入らない絵があるが、それは無意識のうちに絵の向こうに人間性を見ている。ゴッホはそうは思っていなかったかもしれないが、今回のようなゴッホの最晩年の数年に焦点を当てた映画が製作されることは、やはりゴッホ特有の過激な行動やまた膨大な手紙を書いたことによる物語性に富むという理由が大きい。ゴッホの絵のタッチは絵心があれば模倣出来るが、ゴッホがたどった人生までは出来ない。そしてその人生と不即不離の関係にあるのがゴッホの絵画で、それを見ることでゴッホのあらゆる思考の跡が伝わって来る。筆者は20代からゴッホの手紙に関心がありながら、また時にその本を手にしながら、まだ読んだためしがない。小林秀雄がゴッホについて多くを書いていることも知っているが、それにも接しないままでいる。それほどに人生はやるべきこと、やりたいこと、やらねばならないことが多く、気になりながら接していないことが無限同然にある。そして自分では100や200歳まで生きると思っているが、気づけばゴッホより30年ほど長生きしていて、視力が落ち、気力も減退している。
 2,3年前TVで、中国のとある都市でゴッホの絵を模す工房があり、毎日せっせとお土産用の絵を描いている様子を見た。10日ほど前か、1分も見られなかったが、その工房のゴッホ模写職人たちがオランダのゴッホ美術館を訪れるというドキュメンタリー番組があったことを知った。家内は最後の5分ほどを見たが、中国人の模写画家たちはオランダを訪れ、それまで画集でしか知らなかったゴッホの絵を間近に見てとても感動したそうだ。本物は全然違ったということだ。またそれがわかるほどに彼らには審美眼が宿っていた。それは最初からそうか、あるいは何年もゴッホの絵を模写したためかは知らないが、ゴッホの本物の絵に触れたことで、自分たちも自分だけの絵を描かねばという思いを抱いた。ゴッホの凄さがわかったのだ。出来ればその番組を最初から見たいが、家内から聞いたその結末だけでも筆者は充分感動出来る。何に対してかと言えば、絵を描く意味、楽しさを知っている人がいて、それが今後もなくならないことを確信するからだ。そして、そういう思いをゴッホの絵がもたらしているとすれば、ゴッホは生まれて来た甲斐があった。そして描き続けた人生は今では充分報われた。その一方、筆者は無理解な人々がその何万倍もこれからも存在し続けることを思い、生前のゴッホの無念さをそれに重ね、映画を見た後、またこうして書いていて涙ぐむ。本作の最後は手紙を無事にテオの奥さんに届けた後の話だ。彼女は届けられた手紙を書き写してアルマンに送る。その内容は、人間の生涯は星に向かってゆっくり歩いて行くようなものだとある。ゴッホは銃によってすぐにその星に到達したことになるが、その狂気と希求は、代表作のひとつで本作にも登場した『夜のカフェ』に描かれるとても大きな星だ。それはとても大きいのではなく、そのように輝きが大きいとゴッホには思えていた。そしてそれは人生は輝かしいということだ。蛇足的に書くと、アルルにはゴッホが描いた有名な場所はほとんどそのままに残っている。今ではグーグル・マップのストリート・ヴューによって「夜のカフェ」の店先の360度周囲を画面で見ることも簡単だ。その店は壁を黄色に塗り、また「カフェ・ヴァン・ゴッホ」と書くが、「夜のカフェ」の名前も使っている。そのカフェの周辺は迷路のような入り組んだ街路で、ゴッホ好きなら一度は訪れたいと思うだろう。
●『ゴッホ~最期の手紙~』_d0053294_19520685.jpg

by uuuzen | 2017-12-05 23:59 | ●その他の映画など
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