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●ルイス・C・ティファニー庭園美術館
今日は奈良に出かけ、大阪回りで帰って来た。2日ほど前から風邪を引き、鼻がつまってとても苦しいが、何事も予定していたとおりに実行しないと気持ちが悪い。



●ルイス・C・ティファニー庭園美術館_d0053294_17321951.jpgそれで、今夜は出雲への1泊旅行の3つ目の目玉であるこの美術館を取りあげる。足立美術館と島根県立美術館には関心があったが、この美術館はどうでもいいと思っていた。しかし、美術館を見てバスに戻った後、後ろの座席の3人のおばさんたちは口を揃えてこう言っていた。「全然期待してなかった美術館やけど、ここが一番よかったわ。またゆっくり来たいなー」。それはさておいて、時間を少し巻き戻そう。この美術館を訪れた5日の朝のことから。朝食は和洋のバイキングだった。雪のため、出発時間が7時50分と早まったので、あまりゆっくりとは出来なかった。普段早朝に起きることはまずないので、かなり寝不足だ。それに部屋の暖房が効き過ぎて熟睡出来なかった。後で知ったが、暖房は自分で調節出来たようだ。食べ放題はもうそんなことを喜ぶ年齢ではない。たくさん食べないから、いや、食べられないから、ひとりずつのお膳の方がよい。座ったすぐそばにオレンジやトマト・ジュース、お茶、コーヒーに混じって牛乳を注ぐ容器が並んでいた。早速その牛乳をコップにたくさん注いだ。大山のジャージー牛乳のことを思い出したからだ。だが、島根は鳥取ではないし、普通の味であったのでそれではなかったろう。食事を忙しく済ませ、荷物をまとめてホテル玄関前に停まっているバスに乗った。昨日から打って変わった天気で、雪が降っていた。外は真っ白だ。途中、出雲めのう細工伝承館やそば工場に立ち寄って見学し、宍道湖畔をぐるりと回ってこの美術館に向かった。後でわかったことだが、宿泊したホテルから西へ車で15分ほどのところにあって、めのう細工伝承館やそば工場に行かないのであれば、すぐに辿り着いて、もっとここで時間を過ごせた。だが、旅行会社や地元産業のつごうもある。客をあちこち連れて行き、何かを買わせなければならない。これは海外へのパック・ツアーでもお馴染みのことだ。それがいやで自分で出かける人も多いが、一生に何度も訪れない地域であれば、予期せぬ場所へたくさん連れて行ってもらえるのもいい。
 この美術館の建つ場所へバスが到着した時、見わたす限り、雪の平原であった。どこにも美術館らしき建物が見えない。添乗員の後ろをぞろぞろとついて、駐車場端にある駅舎であろうか、洋風の建物内のエスカレーターを上下して、通りの向こう側にわたり、そのまま道路沿いに2、3分歩いた。道路とは国道431号だが、2車線で幅は狭い。この通りの南側、宍道湖に面して広大な美術館と庭園がある。美術館の名前はえらく長いが、隣接してイングリッシュ・ガーデンがあり、ふたつ合わせて松江ウォーター・ヴィレッジと呼ぶ。庭園の周囲には空調が整った回廊が巡らされて美術館とはつながっているので、雨や雪でも困らない。別々に入館出来ると思うが、ウォーター・ヴィレッジの大人の共通入場券は2000円だ。美術館が1700円、庭園が300円となっている。庭園は美術館の4倍ほどの面積がある。温室もあって、珍しいベゴニアがたくさん鉢植えで咲いていたりした。一方、青空の下の広々とした庭園は雪にすっぽり覆われて見る影はなかった。ゆっくりと花を写生出来そうな庭園で、ここだけで何日かゆっくり過ごしたくなった。美術館はグレコ・コーポレーションという会社、庭園は松江市というように、それぞれ管理が分かれている。これはこの美術館を松江市が誘致するために庭園を隣接して作ることを条件に話を進めたからだ。いかにも観光事業に熱心な市政の姿勢がうかがえる。この美術館が松江に出来たことによって、今回のようなパック旅行も可能になったわけで、市の目論見は大いに功を奏している。そして、宍道湖畔にあっても、島根県立美術館と同様、景観を少しも損なってはいないし、こうした独特な文化施設があることはなかなかよい。それで県外からたくさんの人が訪れて、島根の宣伝になるのであれば誰も文句はない。何でもかんでも東京や京阪神では面白くないし、宍道湖畔の広々とした空き地を利用して作ったこの庭園と美術館は、この地であったからこそ可能な立派なものだ。先のおばさんたちの印象ではないが、都会での効率的でせせこましい空間に慣れた人にはとても意外な印象を与える施設になっている。
●ルイス・C・ティファニー庭園美術館_d0053294_148065.jpg まず、いかにもヨーロッパ風のパティオがあった。植え込みが点在し、そこを抜けるとポーチに辿り着き、頭上にはアール・ヌーヴォー調のカーヴを強調した石造り嵌め込みがあった。そこから入ると広々としたエントランス・ホールで、それは大きなホテルのロビーといった感じだ。右手にはお土産や図録などのショップ、左手にはカフェがあり、どちらもかなり広くて豪華な感じだ。これだけで大抵の御婦人方は心は高揚し、展覧の準備が出来る。敷地がふんだんにあった松江ならではの空間で、他府県ではこうは行かなかったろう。ホールの向こうには長い通路が延びている。通路の右側は、温室と言うほど植物は生い茂ってはいないが、屋内ガーデンになっている。左側が美術館の展示室で、2階建てだ。松江市が管理する庭園は屋内ガーデンのさらに右奥に広大にあって、温度管理が行き届いた回廊で取り囲まれている。回廊はぐるりと一周してエントランス・ホールに戻って来られる。また、回廊内部の庭園の隅にはチャペルが建っていて、その中も自由に鑑賞出来る。ステンドグラスはルイス・C・ティファニーのもので、これまた見物のひとつだ。ところで、美術館内部の説明でわかったが、当初この美術館は名古屋に建つ予定であった。それが庭園を作ると申し出た松江市に決まった。旅行前に下調べをしなかったが、この美術館に関してはぴんと来るものがあった。何年か前に古本で買った図録に、『アール・ヌーヴァー ガラス芸術の華 ルイス・C・ティファニー展』がある。その表紙の孔雀を写実的に描いたステンドグラスがこの美術館の持ち物であることを知っていた。今その図録を開くと、同展は1991年に東京、神戸、名古屋、富山で開催されている。協賛と企画の筆頭に名古屋の陶磁器メーカーの老舗であるノリタケの名前が上がっている。つまり、現在はどうなっているのかは知らないが、元はノリタケが中心になって収集したものであろう。それで名古屋に美術館を建てる予定であったことがよくわかる。だが、名古屋市内では同じように広い敷地の用意は出来なかったであろうし、結局松江でよかったのではないかと思う。2001年に開館したが、前述の展覧会から10年後であり、その10年間に熾烈な誘致合戦があったに違いない。美術館は、本当は足立美術館のように、地元出身の人のこだわりで収集されたものが地元で展覧出来るのが理想的だ。この美術館のように、株式会社が管理している美術品の展示を市が誘致したというのでは、今後何らかの契約更新があった際、容易に会社が撤退して別の場所に移転させることは考えられる。何だか金儲けで美術品の収集や公開をやろうとしている企業のあり方が見え透いている気がしないでもなく、どこかいかがわしさがまつわりついた美術館のように思える。このようなことを、出発前に感じて何の期待もしなかった。
 ルイス・C・ティファニーとは長い名前で、ただのティファニーでいいではないかと感じる。アメリカのティファニー宝石店は日本の若者たちにもそうとうな人気があって知らない人はない。ルイスはその創設者の長男だ。1848年にニューヨークで生まれ、1933年に同地で没した。商売を継ぐように求められたが、芸術の道に進み、そしてガラス工芸で名を上げた。そのため、ただのティファニーとすれば、ティファニー商会と紛らわしくなってよくない。また「ルイス・C・ティファニー」の「C」がちょっとよけいな気もするが、これは「Comfort」というミドル・ネームで、ルイス・コンフォート・ティファニーとやると、もっと長くなってしまう。一畑鉄道では「ルイス・C・ティファニー庭園美術館駅」が設けられていて、バス・ガイドがそれを日本で最も長い駅名だと言っていた。この長くて覚えにくい名前によって、少しはこの美術館が損をしているように思う。もっとどうにか出来なかったのであろうか。ガラス工芸家で日本で最も知名度があるのはフランスのエミール・ガレ(1845-1904)とルネ・ラリック(1860-1945)だ。ガレより3つだけ年下であるのは意外な気がするが、芸術的には当時フランスより遅れていたと考えられがちのアメリカにあってルイスはかなり損をしている。アール・ヌーヴォーという言葉自体がフランス語であり、その範疇に収まる仕事をするのであれば、やはり本場のフランスにいた方が断然よい。それで、なぜルイスの世界一と言われる作品コレクションが日本にあるのかが不思議だが、結局は「買った」からだ。ではなぜ買えたのか。貴重な芸術品がまとまって売りに出されることがあるのだろうか。そこで前述の図録を見ると、1916年にルイスの回顧展があり、18年には財団を設立して若手芸術家の育成を始めているというのに、翌年引退して会社を分割、24年にはそのひとつを閉鎖し、亡くなる前年には会社は破産している。そして34年から46年にかけて会社の所蔵品はオークションにかけられた。宝石を扱うティファニー商会がどうにか救えなかったのかと思うが、このあたりの内部事情はわからない。芸術家になりたかったルイスはガラス工芸で会社や名誉を築き、そして最晩年に破産したが、それは見事な一生と言うべきだろう。美しいものはそれ独自で生き続ける。ルイスの作品が売りに出されて、ほしいと思う人がいて、回り回って松江の宍道湖畔に展示されていることは、ルイスとしても本望ではなかろうか。それは、アール・ヌーヴォーの運動が日本の芸術がなければ存在しなかったものであったことを考えてもわかる。彼の芸術が、宝石のティファニーと縁が深いという理由ではなく、あくまでもアール・ヌーヴォー期のガラス工芸家として名を成す方が望まれるし、この美術館はそれに貢献し続けるだろう。
 さて、ルイスはガレのような花器も作ったが、ステンドグラスや、その技術を応用したフロアやテーブル用の華やかなランプをよく作った。きのこ型をしたこれらのランプは、今では紛い品が花盛りで、ちょっとした家庭ならどこにでもある。そうしたガラスの透光性を生かした作品の展示が主ということもあって、館内部は全体に暗くし、作品のみにスポットライトを当てる方法を採っていた。広過ぎる館内だが、その分ゆったりと鑑賞出来るし、迷路のように続く館内を順に進んでいると、夢を見ているような気分にもなった。この巧みな展示方法は、作品をより芸術性の高いものであると感じさせることに成功している。全部の3つのコーナーに分かれていて、それぞれに入口のところに詳細な無料パンフレットを置いてあった。だが、パンフレットには「本誌記載の文章の無断転写・情報システムへの入力を禁じます」とある。そのため、ここでは何も引用しないが、各コーナーの名前である、1「ガイダンス・ルーム」、2「パリス・サロン」、3「ルイス・C・ティファニーの世界」を書く程度は許されるだろう。ガイダンス・ルームは細長くてあまり大きくない部屋だ。ここでおおまかな時代背景を知る。2はアール・ヌーヴォーとパリの紹介だ。エミール・ガレを初めとするフランスの1900年前後の芸術家による家具やピアノなどがサロン空間を再現したような形で展示されていた。床はさまざまな色合いの木材を使用したモザイクで、欄間部分はこの美術館のポーチ上部と同じように、アール・ヌーヴォー独特の植物的な曲線を描き、しかも木材で作られている。100年前の作品ばかりであるので、空間も100年前の空気を保っているはずだが、逆に100年後の未来を感じた。アール・ヌーヴォー時代の作品は見慣れているはずであるのに、こうしたまとまった数の家具によってサロン部屋が構成されると、そのあまりの豪華もあってか、100年前に実際にあったような生活の場という感じは全くしなかった。さて、この部屋に入った途端、頭上からピアノ音楽が小さく流れていた。すぐにラヴェルの「古風なメヌエット」であることがわかった。だが、演奏者がわからない。この展示空間にとても似合っていて、その音楽があったからこそ、意識としてはこの部屋が100年前にあったであろうような場所の再現だと思い込めたほどだ。係の若い女の子がいたので早速訊ねた。「今鳴っている音楽の演奏家は誰ですか?」「えー、これはシュトラウスです」「いえ、ラヴェルであることはわかるんですが…」「え? そうですか? しばらくお待ちください」。すぐに傍らの、昭和初期に使用されていたような古くて黒い電話をどこかにかけた。そして待つこと5分。諦めて次の部屋に向かい始めた時、向こうから別の若い女性が手にCDの束を7、8枚持参してやって来た。呼び止めて話すと、「電話が壊れていまして、持って来ました。このCDから選んで流しています」と言う。CDはラヴェル、ドビュッシー、フォーレで、ラヴェルはモニック・アース演奏の2枚組のみであった。それで納得。ラヴェルのピアノ曲のCDは何種類も持っていて、モニック・アースのも愛聴盤だ。だが、小さな音で流れていたし、展示空間が全体に褐色を帯びて曲線だらけであったため、耳慣れているはずのモニックの演奏が違って聞こえた。それで、この10日ほどずっとそのCDを聴き続けている。
by uuuzen | 2006-01-15 23:59 | ●展覧会SOON評SO ON
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