Tシャツは真夏に寝巻き代わりに着ることがあるが、その真夏らしい天気が近くなったかと思えば、一昨日はかなり涼しく、風風の湯の露天風呂で涼んでいたところ、ぞくっと寒さを感じた。
それで深夜に喉が渇いたので牛乳に氷をたくさん入れて飲み、氷も全部食べて寝たところ、朝方に寒いので目が覚めた。毛布がどこかに行ったのか、下着のシャツ姿のまま眠っていたことに気づき、案の定昨日はすっかり風邪気味となった。たぶん37度はあるだろうが、真冬にストーヴなしで過ごして風邪を引かなかったのに、夏が近づいて風邪で発熱するとは、油断したためと言えるが、同じようなことは人生ではしばしば起こる。ニトログリセリンをトラックで山道に運ぶトラック野郎を描いた映画が60年代かにフランスであって、無事送り届けたはいいが、安心し切った帰り道で事故死してしまう。緊張が緩むと事故を起こしやすく、筆者の今日の風邪引きの体調はその端的な例と言える。車や自転車の事故でも自宅近くで生じることが多いというが、緊張モードにないからだ。ところで、Tシャツを着ると筆者は緊張しなくなるが、Tシャツの上に襟つきのジャケットを着ればどうなのかと思う。そのようなファッションを筆者はしたことがないが、TVなどではよくそんな格好をした男性を見る。シャツに襟がないから、ジャケットの襟は1日で汚れてしまうが、ジャケットは下着のように毎日洗うわけには行かないだろう。襟つきのシャツを着ていると、そのシャツだけ洗えばジャケットはしばらくは着用出来る。それは合理的で清潔でもあると思うが、Tシャツに上着を着る人はTシャツとその上着を毎日洗濯機に放り込めば、もっと清潔になる。ただし、そんな人は少ないと思う。ジャケットを洗濯機で洗うとすぐに型崩れを起こす。そう考えると、Tシャツにジャケットを羽織るスタイルが筆者にはますます理解出来ないのだが、襟に髪や肌の油が多少こびりついても、そのスタイルが格好いいと思う人が増えた世の中になって来て、上着の下には必ず襟つきのシャツと考えている筆者はそれだけ時代遅れの人間だ。ここでまた何度もこれまで書いたことを繰り返すが、マーク・トウェインが晩年に白のスーツを着たのは、人々が黒っぽいスーツを汚れるまで着用することが不快であったからだ。砂塵で汚れてもそうたびたび洗濯することは出来ず、あるいはしないから、マーク・トウェインに言わせると、そういう汚れたスーツは表面に植物の細かい種子が付着し、そのうち生地の表面から植物が生えて来るのではないかと書いた。それで白のスーツならば、すぐに汚れるからすぐに洗おうという気になる。薄汚れた白の着衣くらい惨めな印象を与えるものはなく、普段着に上下の白を着ることは最高の贅沢と言える。マーク・トウェインが何着の白のスーツを持っていたのか知らないが、小説の印税からすればそれくらいは安いものであったろう。無収入の筆者はそういう真似は出来ず、黒を着るしかないが、マーク・トウェインは有名人であったのでそういう身なりが許されたのであって、筆者が白のスーツで出歩くと、結婚式場から抜け出て来たように異様に映るかもしれない。それに筆者は服をしばしば食事の際に汚すので、白のスーツは1日で染みが目立つ。
梅津のトモイチにはお茶を紙コップで自由に飲んでいい機械が置いてあって、筆者はたまにそれを飲むが、いつも思うことは紙コップが1回限りで捨てられることだ。あたりまえとはいえ、資源の無駄使いを思う。マイ・コップを持参すればいいように思うが、それをすれば不審者に思われるかもしれない。それはそうと、その白い紙コップは1個当たり何円で売られているのか知らないが、白い紙が安価であるならば、それでスーツを作ればどうだろう。というのは、帽子にはよくペーパー素材のものがあり、2000円や3000円程度で売られている。紙なので洗濯機で洗えないと思うが、ひょっとすれば一度くらいは洗濯が出来るかもしれない。そうでなければ一夏の商品で、使い捨てということで、それで3000円は少々高い気がする。スーツであればもっと高価になるはずで、毎日着替えることはやはりマーク・トウェイン級の有名かつ金持ちにしか無理な話だ。だが、仮に紙素材の白のスーツがあっても、それは布製よりかは安価で、それを着ているとTシャツ感覚であって、豪華な気分に浸れず、また誰もさして格好いいとは思わない。それで綿かシルクでなければならないが、そういうスーツを毎日洗濯する人が現代でもいるだろうか。毎日風風の湯に通う客はいるが、下着以外の着衣は身体ほどには汚れの不快感がないだろう。それはそうと、今思い出したことがある。3,4年前、家内の父親の月命日のお参りに行った時に、僧侶から、日本では喪服はみな黒だが、韓国ではなぜ白なのかと訊ねられた。その時筆者はマーク・トウェインの晩年の白のスーツを思い出し、彼が妻が亡くなった後に白のスーツを着用し始めたことを思い出した。つまり、喪に服する意味もあったのだろう。韓国の喪服が白というのは、たとえば生成りの麻で作った民族衣装を指すのだろうが、親の葬式の場合、喪主や子ども以外は日本と同じ黒ではないだろうか。また、昔から白を好む民族で、それで白磁も生んだように言われるが、これは日本の諺の紺屋の白袴であって、貧しいので染めずに白の生地のまま仕立てたのではないだろうか。日本では死に装束が白で、喪に白は韓国固有の文化ではなく、日本にもあるだろう。また日本の黒の式服は慶弔双方に使えるようになって来ているが、結婚式の場合は主役のふたりはもっぱら白を着る。華やかさとさびしさのイメージを持つ白で、それは日本に限らないが、紙の文化から白は身近であり、また神聖なものとする考えが日本では多いであろう。
今日の写真はどれも11日に撮った。最初の写真は地元の保育園のすぐ近くでその3日前に見かけたが、雨が降ったりして11日になった。蕾はみな開花していたが、まだ花は健在で、また見事であった。初めて見る花木で、ネットで調べるとエゴノキであることがわかった。こういう珍しい木を植えていることはこれまで知らなかった。よく通りがかるが、花を見かけたのは今年が初めてだ。開花するほどに成長したのだろう。筆者の知る限り、「その6」に載せた「なんじゃもんじゃ」と同じく、市内のほかの場所では見かけない。植物園に行けばあるだろうが、そこには長年行っていない。そう言えば京都府立総合資料館が少し南方に新館が完成して先月28日にオープンしたが、そこに行くつもりがあるのに、まだ果たしていない。そこに行けばついでに植物園を回るのがいいかもしれない。ただし、そのうち梅雨入りして、園内で珍しい白い花の写真を撮っても、「梅雨入り前の白花」の題では投稿出来ない。2、3,4枚目は家内と自転車を連ねて嵯峨のスーパーに買い物に行ったその往復の道で見かけたが、嵯峨野から南に走って梅津のムーギョやトモイチに向かうつもりが、嵯峨の2軒のスーパーでたくさん買ったので、梅津に行くことはないと途中で家内が言い始めた。それで桂川左岸のラヴ・ホテル際の坂道から罧原堤に上がり、渡月橋に向かった。その途中に大きな茶色のマンションが2棟あるが、2棟目は後で建った大きなもので、それが完成する以前は空き地であった。そこに青い象の滑り台がさびしげに置いてあって、2棟目が出来てから撤去されたが、それがあった場所は今は雑草が生い茂る土手下の裏庭のようになっていて、今日の3枚目の右上の写真はそこで見かけた。坂を下りるわけに行かず、自転車を停めてサドルに乗ったまま、カメラのズームを最大にして撮影したが。一部は日陰になっていたので、白い花があまりそうとは見えない。茎の高さは2メートルほどあって、そのてっぺんに皿状に小さな白い花が密集している。初めて見る花で、名前はわからない。また桂川の土手にどこでも咲いていてよさそうだが、ほかの場所にはない。まだまだ知らない白い花はたくさんありそうだ。それに着目して写真を撮り、ブログに載せる人は多く、ほかの人のブログを調べると、植物図鑑よりも早く名前がわかるのではないか。エゴノキもそのようにして名前がわかったが、自分勝手なエゴイズムを連想させる変な名前で、もう少しいい名前がなかったのかと思う。「梅雨入り前の白花」はもう1回を予定しているが、気が変わって別の題名にするかもしれない。