柳の下の二匹目のどじょう狙いということになるのかどうか、ザッパが遺したフィルムや録音などのアレックスによる発掘および修復作業は大詰めを迎えた。
今日届いたアレックスのメールの最後には、旅の最初のパートすなわち「保管庫を救え」は終わりが近づき、次の「物語を伝えること」というパート2の作業に取りかかる用意をしていることが書かれる。つまり、基礎資料は全部検査し、それらをもとにドキュメンタリーを制作する仕事が次に待っているが、そのためにどれくらいの費用がかかるのかわからない。当初目的とした支援の金額には到達出来なかったが、その後増え続け、現在キックスターター以外に8万8000ドルの支援があり、目的とした100万ドルの121パーセントの資金を集めている。これで充分にパート2の作業も完遂出来るのかどうかだが、想定外のことが起こらないとも限らない。それで、足りなくなった分はまたキックスターターを使って求めるしかないと思うが、当初ドゥイージルはアレックスが資金が足りなくなって何度も支援を求めることを予想していた。筆者は2回の支援は予想していたので、それなりの支援はするつもりでいるが、300ドルの支援で届いたグッズの内容は明らかになり、また同じようなものとなれば支援者は減るだろう。最終的なアレックスの作品となる本やDVDは最初の支援者全員に配布されるかと言えばそんなことは謳われていなかったし、ひょっとすれば本とDVDは第2回目のある程度の支援金を提供した人にだけ送付されるかもしれない。そのある程度というのは300ドル程度と思うが、本やDVDはアマゾンで市販もされるはずで、それならアマゾンで買った方がましと思う人が多いはずで、アレックスはそれ以外のグッズも考えるだろう。今日のメールまでにはそのパート2の仕事を進めるに必要な資金のことは書かれておらず、とりあえずは残っているお金で作業を進めるのだろうが、パート1の作業が終わった段階で会計報告があるのが望ましい。キックスターターはそれを義務づけているのかどうか知らないが、ある程度の収支決算は支援者に伝えられる仕組みになっているのではないか。
今日のアレックスのメールの最初は「母の日」にちなんだことが書かれる。画像はひとつで、筆者はこれを初めて見たが、カリフォルニアのクカマンガで1964年にマザーズが結成されたことを伝える。右側にニクソンの言葉があり、その下にザッパは「THANKS A LOT DICK FRANK VINCENT ZAPPA」と書いてニクソンに謝意を述べて、「フランシス」ではなく「フランク」とあるので、これは67,8年のアルバム『ランピィ・グレイヴィ』以降となる。当時はニクソンはようやく大統領になる夢をかなえようとしていた時で、ザッパが生涯にわたって痛罵する大物政治家として最初の人物であった。その後レーガンが登場するとさらにザッパは風刺を強くするが、これらの事柄をアレックスはドキュメンタリーに反映させるだろう。マザーズが結成される以前のニクソンはケネディと争って敗れたことで日本でもよく知られたが、マザーズ結成の64年5月はカリフォルニア州知事選に負けて政治家としての望みがかなり断たれていた。それでも大統領になる夢を諦めず、68年の選挙で勝ち、翌年に就任する。ニクソンのそうした動きとザッパの作曲の対比だけでも優に1本のドキュメンタリー作品が出来るが、日本でそのことに関心を抱く人は少ないだろう。ニクソンは苦学して弁護士になり、そして政治家へと進むが、ガソリンスタンドでアルバイトしたことがあり、それがザッパの曲の歌詞などに大いに活用されたようにも思える。ザッパのレーベルのビザーは、ガソリンスタンドのポンプをトレードマークにするが、そのポンプはニクソンも苦学していた頃に使用したことがあるはずで、そうなるとザッパの初期はニクソンへの当てつけが大いにあると言える。そのニクソンがウォーターゲート事件で下品な言葉を口にし、また悪だくみをする政治家であることが全世界に知られることになった時、ザッパはやはり自分が思ったとおりの悪者であったと納得したであろう。レーガンの場合も同じだ。そういうミュージシャン対大物政治家の図式が日本では皆目見られず、それどころか、ある学者が日本のお笑い芸はアメリカに比べて面白くないという意見を言った時、筆者が大嫌いな芸人は、政治を風刺するお笑い芸はとても簡単なことで全く面白くも何ともないとTVで意見した。ここに日本でザッパがあまり受け入れられない理由があるだろう。日本のお笑い芸人からすれば、ザッパの政治家風刺は誰でも出来る簡単なことで、お笑いとしては程度が低いのだが、それが世界に通用すると思っているのであれば、あまりにも井の中の蛙だろう。それはともかく、ニクソンの言葉は、「挑戦以上の仕事はなく、母になること以上に崇高な責任はない」というもので、ザッパは母を自分たちマザーズのこととしてニクソンに謝辞を述べている。
それはともかく、アレックスはマザーズが最初MUTHERSというトリオであったのが、64年にメンバーを増やし、優れた演奏技術を持つミュージシャンのことを言うMOTHERFUCKERSを縮めたMOTHERSというバンド名に変えたことを書く。もっとも、ザッパは自分たちのメンバーの幾分かは演奏能力がマザーファッカーと呼べるほどのものではなく、おこがましいと思っていたが、MUTHERSを名乗った頃からMOTHERSは念頭にあったのだろう。ヴァーヴはこのMOTHERSのバンド名がマザーファッカーの本来の意味「母とやる奴」を連想させるとのことで難色を示し、MOTEHERSの後に何か言葉を足すことを提案した。そこでザッパは「OF INVENTION」を思いついたが、ザッパのバンドはマザーズと縮めて呼ぶことが多い。マザーズの正式な旗揚げは5月の第2日曜日の「母の日」で、ザッパはその日を意識してアルバムを出すことがあった。今年はどうかと思うが、今のところは新作発売の発表がない。だが、先日の「レコード店の日」に出たレコードがその代わりと思えばよい。また、ヴァーヴからアルバムを出す前のザッパのバンドの音源は、ザッパがそれなりに発表したが、それらの音源を時系列で聴くには不便だ。そこでアレックスは音源や映像をすべて時系列で並べてからドキュメンタリーを作るとのことで、ヴァーヴ以前の様子がより明らかにされることが期待出来る。次にアレックスは今後の作業の予定を書いていて、6,7月は残りの35ミリのフィルムを手がけるとのことで、そこには未公開映像を含む大量の『ベイビー・スネイクス』のフィルムが含まれる。また、これはロキシーでの映像をまとめる時にゲイルが書いていたが、映像と音声をシンクロさせる作業はなかなか大変で、それを含めての作業であるので2か月はかかるのだろう。それが終わってから先に書いたパート2の仕事で、アレックスはそれが待ち切れないと書く。
最後にアレックスは2本の短い映像をYOUTUBEで紹介する。1本は80年代半ばか、ザッパが3人の男を前にTV伝道師のパット・ロバートソンについて語る。これは未公開映像とのことだ。ジミー・スワガートにも言及するが、彼らTV伝道師はまるでローマ教皇気取りで、また演説はエンタテインメントであって、大統領などの大物政治家と結託して金を集めることに余念がない。ザッパのもうひとつの風刺の大きな対象であった彼らだが、ザッパより年配のパット・ロバートソンはまだ存命で、墓下のザッパはどう思っていることか。もう1本の映像は76年のオーストラリア公演の直後のインタヴューだ。これは日本に来る直前のもので、ザッパの姿はとても36歳には見えない貫禄がある。ザッパは観客の中に警察署長がいて、彼はザッパが動物をいじめることが好きで、舞台にひよこを上げてそれを踏み潰すのかと訊ねたところ、ザッパはそれを否定したと語る。この噂はどこから出て来たのか知らないが、70年代半ばになってもまだザッパがそうした狂気じみた行為をステージですると思われていたことがわかる。今でも日本ではそうかもしれない。ザッパがステージをうんこを食べたとか、うんこをしたとか、そういう音楽とは何の関係もない話をザッパの人相と照らしてあり得ると思う人は後を絶たないだろう。ネット時代になって、より真実が広く伝わるかと言えば、いつの時代も真実を知りたくない、見たくない人の方が圧倒し、下衆なことを思いたいように思う人の意見が大手を振る。今日の2本の映像からして、アレックスのドキュメンタリーはかなりザッパの真の姿に突っ込んだものとなる気がする。なので、二匹目のどじょう狙いのキックスターターがあれば、どじょうになりまっせ。