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●飛び出しボーヤ、その33
素は家にこもっているので、たまに出かけると発見が多いのかもしれない。飛び出しボーヤの看板や「○は○か」のシリーズに投稿している写真は、たいていは出かけた先で撮っている。



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家にこもり切りではそういう発見はないが、そうなればなったで、たとえば眠っている時に見た夢のことを書くなど、どういう状態でも話題はあるものだ。あるいはそう思っている限り、若い証拠で、もう数年もすればもう何も書くことがないような気になるかもしれない。それはともかく、今日は去年8月と11月に撮った飛び出しボーヤの看板の写真を4点載せる。4点に何か共通の面白いことがあるのかと言えば、どれも初めて見たタイプだ。そしてなるべく撮った順に載せているこのシリーズでは、去年後半期として今日の4枚が残っていた。つまり、蔵さらえだ。それでは埋め草で、書きたいこともさしてないようだが、書きながらどうしようかと考える。まず、最初の写真は、去年の8月に嵯峨で撮った。たぶん神社の写真を撮るために歩いていた時だ。嵯峨は観光客でいつもいっぱいの印象があるが、そういう地域から外れると、ごく普通の民家が並ぶ。また落ち着いた古い町並みで、観光客が訪れる地域よりよい。そういう場所は京都にはたくさんある。だが、区によっては違うかもしれない。たとえば山科区は、筆者はほとんど知らないが、あまり住みたくないと言う人が目立つ。本当かどうか、やくざが多く、またそのことを知らずに他府県から越して来た人が多いらしい。東山を越えた山科といっても、南北に広く、いちがいにどこも同じようなものとは言えないと思うが、京都盆地とは一線を画す地域と思われている。それは伏見区も同じだが、秀吉が作った町並みの色が今も濃く、伏見はそれより北の洛中とは違う独特の雰囲気があって筆者は好きだ。さて、2枚目は去年11月23日に撮った。神泉苑から少し南に入った東西の通りで、そこを筆者はその日、初めて歩き、とても驚いた。神泉苑が面する御池通りとは全く違う雰囲気が満ちていたからで、観光客は訪れないが、筆者は京都市内のどの観光地よりも面白いと感じた。その理由を説明するのは難しい。簡単に言えば、昔の京都がそのまま残っているように思った。それは観光される社寺ではあたりまえのことだが、町並みとしてはもう京都ではとても珍しい。また、その神泉苑から南に入った道が昔のままというのではないが、道幅はおそらくそのままで、また住んでいる住民もほとんど何代も続いているように思う。その様子は写真から伝わらないだろうか。写真のような道は中京区ならどこにでもあると言ってよいが、昔からそのままのような神泉苑の南ということで、とても歴史が古いように感じる。そういう道に「飛び出しボーヤ」があるのは、小学校があるからだ。筆者はあまりにその道が楽しかったので、家内といつか再訪しようと思っている。もちろん、神泉苑も見て、それから筆者が歩いたのと同じ道をたどって四条大宮まで行く。そう言えば、筆者は京都に来た頃、いつか四条大宮界隈に住みたいと思っていた。そこなら自転車でどこに行くことも便利であるからだ。それが盆地の西北の果てに住んでいる。今からでも転居することは可能かと言えば、2軒の家を処分しても阪急の四条大宮駅から北の地域には買える家はない。
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 3,4枚目は同じ「飛び出しボーヤ」の裏表で、11月中旬に撮った。そのため、本来ならば2,3枚目に置くべきだが、大阪で撮ったこともあって、3,4枚目とする。これはどこかと言えば、家内が生まれた場所から数十メートルのところだ。家内にいつ見せてもらったのか忘れたが、生後100日くらいの白黒の小さな写真があった。過去形で書くのは、いくら探しても見つからないからだ。家内はその写真をアルバムから剥がし、かなり昔に筆者に見せてくれた。そのままわが家にあるかと言えば、筆者はもらえなかった。たぶん、まだ交際していた頃の大昔だ。その写真の家内は、後ろ髪を刈り上げ、前髪ときれいに切り揃え、キモノを着せられていた。また倒れないように、背後に母親が背中合わせに座っていたが、その姿はあまりわからない。家の前で撮ったもので、通りの向こうの方まで小さく写っていた。名刺の半分程度の小さな写真で、それが家内の生後100日の写真とは、かなりみすぼらしく、筆者の生誕100日の写真の方が写真館で撮り、身なりも立派だ。家内の両親は満州で一旗上げたが、終戦前に帰国し、大阪にあった家は空襲で燃えてしまった。それで間借りしていたのだが、家内など子どもが次々と生まれ、経済的に苦しかった。そういう生活では写真館で撮影することは無理だろう。だが、そのスナップ写真的な家内の生態100日目の記念写真は、拡大鏡で仔細に見ると、家内の表情が大人になった頃と全く同じで、しかも赤ちゃんであるのでとてもかわいい。その表情は筆者の脳裏にしっかりと刻み込まれているので、写真がなくても平気と言えばそうなのだが、やはり手元に置き、そしてスキャンして汚れを除去するなどして、きれいに拡大したいのだ。ところが何年探し続けても出て来ない。家内の母や父が亡くなった時に大量の写真を筆者がすべてチェックし、遺影用の写真を選んだが、その時にもなかった。たぶんアルバムから剥がして筆者に見せた後に紛失したのだろう。もうその写真がありそうな場所はないからだ。
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 その大きな気がかりの一方で筆者はその写真が撮られた場所がどこかと長年気になっていた。西成であることは知っていたが、家内は小学生には阿部野に転居し、生まれた家の記憶はおぼろげにしかない。転居した阿部野の家があった地域は、筆者は10年ほど前に家内と歩いた。その頃から機会があれば生家があった道を歩きたいと思い始めた。その機会は意外なところからもたらされた。去年のお盆、家内の兄はぼそっと生まれた家の前の道について話題にした。それまでに筆者から訊くことも出来たが、あまり個人的なことでは憚られる。それに、一家が貧しい間借り時代のことで、あまり思い出したくもないはずだ。第一、家内はその家があった場所を知っているのに、筆者に教えることはなかった。正確には知らないからでもあったが、その気になれば家内はすぐに探せた。話を戻すと、義兄は家の前がとてもごちゃごちゃしていて、今から思えばよくぞあんな場所に住んでいたなと思うほどであるらしい。だが、昭和30年代半ば以前の大阪はどこも似たものだった。日本全体がまだ貧しかった。義兄はふと、すぐ近くに郵便局があったと言った。そのことを聞いて筆者はネットで調べた。郵便局の場所は変わっていないはずだ。だが、結果を言えば、変わっていた。にもかかわらず、もうひとつの情報によってついにその家があった場所がおおよそ見当がついた。その家を探すために筆者は家内を連れて二度西成に行った。最初はわからず、再訪したのだが、最初に行った後、家内は兄に筆者が家内の生まれた家を探していると話題にしたところ、また新たな情報を義兄が口にし、そのことで決定的に場所がわかった。つまり、最初は情報に該当する場所がふたつあったが、新たな情報によって1か所に絞られたのだ。そして最初に推定した場所と発見した場所は、東西に500メートルほど離れていた。それはともかく、家内は筆者が西成で暮らしていた家を探すことを快く思わなかった。なぜそんなことをするのかと言った。悪趣味だとも言った。だが、筆者は家内の赤ん坊の頃の写真がほとんどその1枚しかなく、またその1枚は筆者にとっては絶品で、それが見つからないのであれば、どうしてもそれが撮影された現場に行きたかったのだ。地下鉄の最寄の駅で降りた時はもう夕方で、筆者がその家の近くに来た時、家内はぷいと踵を返して来た道をひとりで戻って行った。そしてどんどん筆者から離れ、姿が見えなくなった。筆者は家内が生まれた家の前にしばし立ちすくんだ。もちろん建て変わっているが、後で家内に訊くと、面影はそのままらしい。家内はその地域で生まれたことを恥じているようだが、筆者は全くそんなことを思わない。いかにも大阪の下町で、暮らしてもいいと思うほどだ。というのは、最初に行った時、目当ての郵便局が見つからず、歩いている60歳くらいの女性に訊ねると、その名前の郵便局はもうないと言われた。それで諦めてそこから大通りを西に越えて歩いていると、その女性はすでに500メートルほど離れていた筆者らを追いかけて来て、郵便局は別の場所に移転したと言ってくれた。大阪人らしい親切さで、筆者でも同じことをした。家内が生まれた地域は、今は義兄が覚えているような汚れた道や家並みは少ない。また、通りで遊ぶ多くの子どもはいなかったが、人口が多いことは3,4枚目の「飛び出しボーヤ」があることからわかる。この看板は家内の生家から50メートルほどのところにある。
●飛び出しボーヤ、その33_d0053294_01483408.jpg

by uuuzen | 2016-07-03 23:59 | ●新・嵐山だより(シリーズ編)
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