異人さんには日本のよさはわからないと考えるのが、今でも大方の思いかもしれない。だが、言葉や国が違っても人間には変わらない部分がある。他国の文化が理解出来ないとなれば、日本でたとえばジャズやロックが受け入れられたことの説明がつかない。
そのため、江戸時代の画家のファンがアメリカやヨーロッパにいて不思議ではなく、また彼らの理解が日本人と何ら変わらないことは珍しくない。先ほどNHKのTV番組で、古美術品の所有者に面会し、作品をオークションにかける手配を生業とする男性を紹介していた。彼は父親が有名な浮世絵の研究家で、小さい頃から京都奈良を父と旅して専門的な知識を教え込まれたらしいが、それが嫌で日本美術を避けるようになったが、アメリカの美術館で浮世絵がとても大事にされていることを目撃し、日本美術を見直すようになった。そして父とは違って絵画の流通に携わる仕事をするようになるが、研究家とは目利きである必要がある点で共通している。それはさておき、その男性が若冲のコレクターとして有名なロサンゼルスのジョー・プライス夫妻を訪問し、夫妻が若冲画の幾分かを日本に売却したいとの意思に対して、すでにその売却先として最もふさわしいところが見つかったと語っていた。個人で買える人はいないと思うが、美術館となると話は違う。相国寺の承天閣美術館か、あるいはMIHO MUSEUMかと想像するが、2,3年先には新たな収蔵先が公表されるだろう。若冲生誕300年を境に有名なコレクションが日本に移ることになり、若冲に関する話題はまだ当分続きそうだ。それはともかく、今日の投稿はこれまで若冲画を100点以上発見して売却したと、筆者が直接ご本人から耳にした大阪のH社長(正しくは会長)が今年1月に開いたギャラリー「美想空」について書く。心斎橋近くに、美術館でもめったに展示されないような江戸時代の掛軸が間近で無料で鑑賞出来る空間が出来たことは喜ばしい。大阪人の心意気と言えばいいか、大阪にそうした施設がひとつくらいはあってもよく、ここで紹介しておきたい。
一昨日の土曜日、「美想空」に行き、来客の途切れにH社長と少し話が出来たが、4月下旬の次回の企画展は太田垣蓮月を採り上げるとのことで、蓮月ファンは海外にも多いと聞いた。受付に連月の分厚い洋書が1冊置いてあって、それを見てもH社長の言葉が本当であることがわかるが、今の日本で蓮月と聞いても何のことかわからない人の方が圧倒的に多く、また名前は知っていてもその流麗な仮名による和歌をすらすらと読んで即座に意味を理解する人は少ないだろう。今話題になっているM学園の元理事の妻が書いた筆書きの保護者への手紙がネットに数点紹介され、そのあまりにへたくそで下品な文字に筆者は胸糞が悪くなったが、それを達筆と意見している書き込みを見てさらに仰天した。それほど毛筆のどういう字が美しいのかわからない若者が多くなっている。「美しい日本」をと総理は言うが、その美しさはどこへ消えてしまったのかと思う。一方、蓮月の書のよさを理解する外国人がいるというのであるから、「美しい日本」は過去の造形作品に無限に宿っていることを思う。先の目利きの美術品発掘業者もそれに気づいたということだ。美術は国に関係なく、好きな人は好きということで作品がしかるべきところに納まって行く。去年の秋にH社長から、会社が入っているビルの上の方の階を借りることが出来たので、そこを企画展示室にするとのお話を聞いた。その最初の展示会が今年1月下旬の2日間開催され、2回目が一昨日と昨日で、筆者はどちらも案内はがきをいただき、どちらの展示も見た。H社長のお話によれば、毎月異なる作品を展示して半年分くらいの企画展が出来るとのことだが、これはそれほど掛軸を売る人が大勢いることを意味する。代が変われば価値がわからず、そして扱いが悪くて作品が劣化して行くことも多いが、業者が発掘して時に表装を新ためて販売することで、作品はまた新たな命を生きて行く。H社長曰く、掛軸は日本の生活空間が激変したこともあって、人気がないが、屏風はもっとそうだ。だが、それは美術好きで作品を購入したい人にとってはいいことで、自分の経済状態に合わせて趣味として絵を買うことが誰にとってもたやすくなって来た。そのことはネット時代になって加速化し、H社長もそういう時代の変化の中で商法を変えて来ている。
先ほどのTV番組の古美術品発掘業者は、日本のどこかの美術館が半ば死蔵していた、乾隆帝がかつて所蔵した絵巻を、1億5000万から2億の落札予定価格としていたのに、クリスティーズのオークションに出品したところ、50億円近い価格で落札された。それを見る限り、重文や国宝に準ずる超一級品を主に対象にしているようだが、どのような商売でも同じで、薄利多売の立場を採る業者の方が圧倒的に多い。一般市民はそういう業者でしかも信用の出来るところから買えばよい。H社長の会社が薄利多売専門とは言わないが、「美想空」を開設し、またそこに展示される絵の価格を見れば、一般市民相手であることがわかる。絵の価値は価格で決まると言えるが、それは世間の評価で、自分が好きであれば、安価であった方がよく、世間の評価にあまり惑わされない方がいい。去年の秋のH社長夫妻とのお話の中で、若冲の次にどの画家のブームが来るかという話題になった。どの画商もそんなことを考えていると思うが、どの画家のブームになってもいいように、日本では作品を大事に、どこかに保存されていると言ってよい。そしてあまり名が知られない画家の作品は安価であるから、そういう中から好きな絵を見つけるのもよい。絵を買うことは全く身丈に合わない行為と思い込んでいる美術ファンが多いが、買ってみると新たな世界が開ける。とはいえ、いつの時代もそういう人は少ない一定の割合しかおらず、またそのことで古美術界ないし新美術界は充分回っている。そうそう、今TVのコマーシャルに出ている若い女性画家がいて、彼女の特集番組を最近のTVで見た。群馬で描いていると思うが、地元の若い男性社長数人が競って彼女の作品をコレクションしている。絵の実力とは別に女性の美貌の力を納得させられたが、現存画家の場合、また美人であれば、絵そのものの魅力と画家の魅力は分離し難いもので、若社長が鼻の下を伸ばして若い女性の絵を買うことを一概に非難出来ない。同じ絵なら美人が描いた方がいいに決まっている。現在活動中の画家を支える意味でも、また貯金するより美術品を買い漁る方が経済の活性化にはよい。
話を戻す。「美想空」は難波神社のすぐ南のビルの9階にある。さほど大きなビルではなく、ギャラリーのスペースは学校の教室くらいであろうか。そこに80点ほどの掛軸がほとんど隙間なくかけられるので、作品数はちょっとした美術館の展覧会と変わらない。また、ガラス越しではないので、作品の生々しさを感じることが出来る。同じような展示は京都の古裂会のオークション会場でも行なわれるが、「美想空」は大きな窓があって、自然光がよく入る。土日2日間の展示は短いが、まだそれほど知られていないので、仕方がないのだろう。東京からも見に来る人がいるとのことで、美術ファンにすれば日時が限られ、また遠方であってもあまり関係がない。2か月に2日間の企画展以外にどのように使って行くかは今後の課題と聞いたが、美術に関する何らかの会合その他に使われ、大阪の美術好きに知られる存在になればと思う。ただし、掛軸を展示する空間としてリフォームされているので、油彩画など、西洋美術の展示は無理だろう。H社長の美人の奥さんの存在、お名前は15年ほど前から知っていて、西天満の老松通りの店で展示会が催された時、たまたま近くの図書館に用事があった筆者は店内に入ったことがあるが、御夫妻の姿はなかった。それはともかく、H社長の風貌は昔投稿したINAXギャラリーでの
展覧会『肥田せんせいのなにわ学展』の案内はがきに印刷される肥田皓三という、親分肌の大学教授とそっくりであることを思い至った。京都人は、大阪には画廊が少なく、美術に無縁の土地との思いを抱いている場合が多いが、京都に比べればそれは真実の一面がある。それもあってH社長は「美想空」を開設したと言える。また、京都と大阪は文化の違いその他から、発掘される美術品には差がある。若冲画もそうで、H社長の発掘する若冲画は京都で売られるものとは少し違う。古美術店にはなかなか入りにくいもので、店主の目を背中に感じながら落ち着いて鑑賞することは出来ない。店主と懇意になるには、何点か買う必要があるのはある程度そのとおりだが、「美想空」は、家に古美術品を所有しながら売り先がわからない人たちに対する一種の信用出来る名刺的な存在でありたいことと、H社長の審美眼で収集した絵をみんなに見てもらいたいとの思いによる。先ほどのNHKのTV番組では、古美術業者は人と会うのが仕事で、またそのことによってしか作品を発掘することが出来ない現実を見せていたが、それには人柄や信用が第一で、金だけでは動いて行かない部分があるだろう。ネットに業者から購入した掛軸を写真入りで紹介している人があるが、筆者が見る限り、大半が贋作だ。売り手と買い手が同じ感受性のレベルであるのでそうしたことがまかり通っている。古美術品を買うことは自分の眼力を試すことでもあって、これは音楽の名演を聴き分けることに似て、年季を要する趣味と言えるが、目利き度の劣る売り手と懇意になっても審美眼は成長しない。
掛軸を展示する公の展覧会は京都でも頻繁にあるとは言い難く、大阪ではなおさらと言ってよい。それもあってたとえば大阪画壇という言葉はようやく知られるようになって来てはいるものの、その作品をまとめて見る機会は京阪神で2,3年に一度ほどではないか。そのため、今回の「美想空」での展示は初めて見る画家の絵が少なくなかった。最も作品数が多かったのは菅楯彦で、10点ほど展示された。筆者はこの画家についての知識も興味もないが、間近で鑑賞すると、色彩の美しさや達者な筆使いがびんびんと伝わって来る。こういう画家が戦後まで生きていたとはと、今さらに思うが、もう同じように筆を扱うことの出来る画家は出て来ないのではないか。展示の目玉のひとつは、去年H社長にお会いした時に耳にした鶴亭の半切の紙本著色「鳳凰図」だ。状態がよく、出品作品中では最高の280万円の値がついていた。どこかの美術館に納まっていい作品で、また若冲への影響を考える意味合いでも重要だ。同じ寸法の若冲画では当然もっと高額になるが、鶴亭は去年神戸市立博物館で企画展があったばかりで、人気はまだこれからであろう。だが、若冲とは違う、もっと清潔と言えばいいか、恬淡と言えばいいか、鶴亭の人格が作品からは伝わり、それに一旦魅せられると、若冲がつまらなく思えて来たりもするから、江戸時代の絵画は奥深い。次の高額は蒹葭堂の絹本著色の山水図で180万だが、蒹葭堂の作品は珍しく、また絹本となるとなおさらで、買い手はあるだろう。売約済みの札がついていたかもしれない。100万を超える作品は他に2点のみで、そのうち1点は蕪村と呉春の合作の「富士図」の150万だ。小品だが、蕪村らしさがよく出ていて、蕪村ファンは手に入れたいだろう。先の乾隆帝印のある宋代の絵巻が50億円近いと聞くと、150万円はただみたいに安価だ。日本美術はまだまだ世界のレベルからして安い。先のNHKの番組では若冲人気は世界的なものになっていると伝えていたが、半切の墨画なら200万はせず、場合によっては100万以下で買える。また、今回「美想空」で展示された作品の大半は10万円台か10万までで、ブランドものの洋服やバッグよりはるかに安い。
大坂画人の作品はやはり大阪の美術ファンに売れるのかどうか、京都画壇とは多少味わいの違う画家や書家の作が並び、また美術館でも見られない珍しい画家の作品が混じって楽しかった。他に有名なところでは、蒹葭堂、米山人、耳鳥斎、蕪村、呉春、慈雲、そして渋いところでは月岡雪鼎、大塩平八郎、与謝野晶子、生田花朝女、中村貞以、上田公長、福原五岳、上田耕冲と、筆者が知るのはその程度だが、去年秋に京都の泉屋博古館で展覧会があった上島鳳山の作品がいくつかあった。今回の案内はがきの右側の美人図はその鳳山のもので、12万円だが、売約済みとなっていた。印象深かったのは山口草平の2点で、複数の人物を情緒豊かに描く新聞の挿絵のような風俗画は、古きよき大阪の空気を濃厚に漂わせ、京都画壇にはない才能と言ってよい。その掛軸の横に説明があって、それを読んでさらにこの画家に興味を覚えたが、ネットではまだわずかな記述しかない。案内はがきの左手の屏風「嵐山図」は25万円で、赤松雲嶺という画家だ。筆者はこの名前を始めて知るが、大阪の画家が京都の名所を描いても評価されにくいかもしれない。だが、京都の画家がさんざん描いた嵐山図のこうした大きな、写実的な屏風は比較的珍しいだろう。さて、もっとほかに作品を紹介したいが、図版がないので、説明に困る。そのため、欲を言えば、全点を図版が小さくてもいいのでカラー印刷した冊子があればいいと思うが、そのための手間や経費の捻出は難しいかもしれない。古裂会では毎回分厚い販売図録が作られるが、80点程度であれば1ページ4点として20ページ程度で済む。その程度であれば安価で冊子が印刷出来るキャノンのサービスがあるはずで、実費販売しても1冊千円に収まるのではないか。また、500円程度の入場料を徴収すれば訪れる人が減少するかもしれないが、今後は一考の余地はあるだろう。