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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●『美し 乾山 四季彩葉』
愕の技術によって宝石がより輝きを見せる宝飾品を見た後、日本の焼物とはいかにも地味だが、宝石の凍るような美しさとは正反対の人間的な温かみを感じる。



●『美し 乾山 四季彩葉』_d0053294_16345771.jpg

先月29日にMIHO MUSEUMの内覧会に家内と行って来て、その感想をどのように書くか考えながら、3回に分けることにした。今日はその最後で、同時に開催された乾山の焼物展を取り上げる。この美術館では10年ほど前に乾山展を開催したようだが、当時筆者は内覧会の案内が届くようなことをしていなかったので、同展を見ていない。図録はちらりと見たことがあるが、今回は改めてMIHO MUSEUMが所蔵する60点ほどの乾山の作品が全部展示された。展覧会の題名の「美し」は「うるわし」と「うまし」のふたとおりのルビが振られ、乾山の器に実際の料理を盛った写真も紹介された。この10年、そのように乾山の焼物を使用して、海外で受賞するなど、評判になったようだ。日本食ブームと合わさって日本の陶磁器にも目が向けられる契機のひとつになったはずだが、大阪のたこ焼きや広島のお好み焼きとなると、B級グルメであって江戸時代の器を使うことは無理で、来日外国人が美術館に展示されるような陶磁器に盛った料理を食べることはかなり稀であろう。1パーセントもいないかもしれない。それを言えば日本でも同じで、料理がおしければ器などどうでもよいと言う人が圧倒的多数を占める。話が脱線するが、数年前に死んだ友人Nは食通ではあったが、美術に皆目関心がなく、懐石料理を食べても器については無関心で無知識であった。ある日、筆者は、出された器が織部風で、その織部らしさを言うと、初めてNは料理人が器にこだわっていることに気づいたようだ。料理は目で楽しむものでもあることは当然だが、器を愛でることは教養の高さでもあるだろう。こだわって何かを選んで贈っても、相手がさっぱりそのことに関心や知識がなければ、がっかりさせられることになるが、世間ではそういう話はよくある。そういうこともあって、筆者はMIHO MUSEUMの内覧会に、家内や友人以外にはほとんど声をかけない。普段美術に関心のない者が行っても意味がわからないでは時間の無駄だ。内覧会はそれなりに誰もが美術好きでしかもそこそこ裕福かそれ以上に見える人が来ているが、そういう場にふさわしくない金持ちも一方には大勢いるのが現実で、乾山や織部と聞いてもさっぱりその作品が思い浮かばないような人、またそういう有名な焼物を侮る人とはどうしても距離を置きたくなる。マハラジャが所有していた宝飾品の展示であるので、ジョン・レノンの言葉ではないが、宝石をじゃらじゃら言わせるような金持ちが大勢やって来ていると思ったが、たとえば送迎バスの中で筆者らの周囲にいた女性はバッグやアクセサリ、衣服などから、確かに普段の内覧会よりはそういう金持ちが目立ったにしても、教授の奥さん連中らしく、成金の悪趣味はなかった。もちろん、上品そうな教授の奥さんといった人種にも、成金とは違ういやらしさがあるのは事実だろうが、所有物をこれ見よがしにひけらかす下品さはなく、その分、筆者は好感を持つ。本当の金持ちは心も豊かで、おそらくもっと目立たない地味な格好をしていると思うが、それでいて貧相には見えないというところが大事で、それは結局心の持ちようだ。家内はアクセサリのひとつも身につけず、内覧会ではほとんど場違いな貧しい身なりと言ってよいが、美術展の内覧会は美術愛好が第一という人のためのものであるはずで、生活レベルや肩書きは関係がない。
 話を戻して、筆者が乾山を知ったのは10代の終わりで、京都国立博物館での常設展示で四角い皿を見たことだ。そのことはこのブログに昔書いたと思う。どういう皿からと言えば、氷結文様と言えばよいか、陶器の表面に出来る貫入を拡大した文様で、各区画をいろんな色で塗り分けている。ほとんどパウル・クレーの抽象画で、それがクレーよりもっと昔に日本で描かれていることに驚いた。そして本を買って、その作品の図版をわざわざ模写した。それは、いかにして貫入模様を不自然でないように四角の画面の中に分割し、限られた数色で隣り合った色が必ず異なるように、まどの方向から見てもバランスがいいように塗り分けられるかどうかを確認するためであった。簡単な抽象文様に見えながら、実際に描いてみると、その考え尽くされ、しかも熟練した技術は、すぐにはとても模倣出来ないものであることを知る。見るのは簡単だが、自分が実際にやるのはとても難しいということが世の中にはよくあるが、そのことを理解しない者が大勢いる。それはさておき、今回マハラジャの宝石とは別に乾山展が開かれたのは、特別な意図があってのことだろうか。普段は中東の織物や金工、陶磁などが展示されている場所を使っての展示で、マハラジャ、カタールからすれば、常設展示の内容の方が似合っていたはずだ。それに、乾山展は以前にも開催されている。最も考えられるのは、琳派400年展が昨年開催されたことに関連づけてのことであろうが、筆者が思ったことは、MIHO MUSEUMにある60件ほどの乾山の作品は、以前は個人が美術館を建てて展示するために集めたものであったという説明パネルの記述で、個人コレクションの点でカタールの殿下と共通する。経済的な規模は全く異なるが、作品に魅せられて収集するところは同じであり、またその美術品を集めるという行為はMIHO MUSEUMそのものの基本的な考えと一致する。乾山の作品を集めた夫婦は、残念ながら美術館を建てるには至らず、さりとてせっかく集めた作品が散逸するに忍びなく、一括してMIHO MUSEUMの創設者の手にわたったが、そのことを展示の最初に、また図録の最初に謳っていることは、せめてものその夫婦の願いを慮ったことで、好感が持てる。美術品との出会いは経済力が何と言ってもものを言うが、1点しかないものばかりでは、やはり売り出される作品にどう出会うかが問題だ。釣り人と似たようなもので、金を出せばいつでもいくらでも手に入るというものではない。そのため、数十年といった年月で手元に集めた作品は、その収集家の執念が籠っていて、それが散逸することはもったいない。これが複数製造され、また1点が高くても数万円、安価ならば数百円で買える伏見人形であれば、数千点集めたものを、高齢になって今度は手放すということは、あまり惜しいことではない。だが、1点限りの美術品は違う。乾山を60件ということは、数個の組作品が多いので、数百個ということになるだろうが、それがどれくらいの価格になるかは筆者にはわからないが、MIHO MUSEUMが一括で入手したというのは、宗教団体の資金力の凄さを知る。ともかく、散逸しなかったために、美術館を訪れる人は、乾山の作品をまとめて間近に見ることが出来る。美術品を購入する人は珍しくないが、何かに的を絞って傾倒立てて集め、しかもその収集品に趣味のよさや人柄、それに何より逸品揃いということは、財力と美を見抜く力の双方が問われ、めったにあることではない。また、自分が収集したものを、何らかの形で他者に見せたいと考えるのはもっともなことで、それには専門の建物つまり展示室や館が必要だが、街中から小さな商店が消えて大型店舗ばかりとなって来ている昨今を思えば、ある夫婦が集めた乾山60件がMIHO MUSEUMに入ったことは時流にかなったことと言えるかもしれない。だが、そういうことが今後も続くと、良品はみな美術館に入って一般市民が手元に置けないことになる。それは面白くないが、これまで美術館があまり評価せず、目に留めなかった作家や作品はいくらでもあり、財力よりもむしろ審美眼が問われる。
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 今回はマハラジャの宝石の図録がきらきら光る布で想定され、また文字はエメラルド色で印刷されるなど、かなり凝ったものとなっているが、乾山展の図録も一緒に帰り際に手わたされ、ずしりと重かった。乾山展については書く予定がなかったが、昨日は市バスで京都市内各地を回る必要があり、たまたま上京区の堀川通りの東側を歩いていると、突如乾山の菩提寺と立て看板に記す寺に遭遇した。筆者はなるべく目的地に向かう際、これまで歩いたことのない道を選ぶようにしているが、昨日もそうであった。それで乾山の菩提寺に出会ったことは、何かの縁かと思って、乾山展について書くことにした。とはいえ、展示内容についてはまだ一言もしておらず、これから少し書いてみる。乾山の焼物は形が変わっているものが多く、今風で言えばお洒落だが、全体にとても脆い印象がある。それが柔らかくて温かい印象にもつながっているが、実際に使用すると、次々に欠けさせてしまいそうな一種の頼りなさがある。なよっといているのはだいたい琳派の絵画の特徴で、それは酒井抱一の絵画にまで及んでいるが、なよっとした様子は平安貴族の特徴とも言え、それが連綿と引き継がれて来て、乾山や抱一の作品にも表われている。そのなよっとした感じは言葉を変えれば今の「かわいい」でもあって、日本美術の特質だが、乾山は黄檗宗に参禅し、中国のもっと強い印象を与える造形に関してはよく知っていた。それが焼物に手を染めるようになってからは、中国風というものより、仁清から連なる京風に浸るのは、兄の光琳の影響なのかどうか、筆者にはよくわからない。山水をそのまま描いた、禅味のある角皿もあるが、だいたいは琳派文様と呼べる、文様の概念を中心に据えた作品で、またそれが乾山の持ち味になっているが、洗練の点では今見ても驚嘆すべき形や色合いのものばかりで、なよっとした見栄えのもうひとつの側面と言ってよい、一種の女性っぽさがある。それが京風と言えばそれまでだが、乾山の時代に最も華やかな造形、工芸と言えば、小袖であって、その女性の美がそのまま陶器にも表現されたものが乾山の作品とも言える。先に貫入模様の組皿について書いたが、同じ文様は当時の小袖や能装束にもあって、乾山は光琳の雁金屋という呉服商の家柄から生まれた才能であった。そのなよっとした「やまと絵」の特徴でもある雰囲気は、今はどこに伝わっているのかと言えば、ほとんど死に絶えているのではないだろうか。最もなよっといたものは毛筆で書いた和歌を思えばいいが、それはごく一部の人が愛好するものになっている。和歌を詠んでそれを短冊にでも筆でさらりと書くという趣味を持つ人は、京都の知識人でももうきわめて珍しいのではないか。そのことは京都の街を見れば納得が行く。乾山の菩提寺はあっても、乾山時代の街並みはどこにもない。それでせめて乾山の器に日本料理を盛って写真を撮ることが、特筆すべきことになる。乾山の作品は脆い印象があると書いたが、それは謗っているのではない。人間ももともと脆い存在であり、それだけ乾山の焼物は温かく、人間らしいということだ。そして、それをマハラジャの宝石展と一緒に展示するところに、面白さと、優れた閃きがある。
by uuuzen | 2016-10-05 16:59 | ●展覧会SOON評SO ON
●嵐山駅前の変化、その412(... >> << ●アレクサンドロス大王の末裔の...

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