人気ブログランキング | 話題のタグを見る

●掛軸の表具屋での話と膨大なヴィデオ・コレクションの棚
ここ2、3日は非常に疲れていて、パソコンの画面を見つめているだけで瞼が閉じて来る。すっかり寝不足だ。



年末が近づいているのに、まだホームページの完成のめどが立たず、仕事部屋は散らかり放題、どうすれば今の状態からすっきりとした気分で脱却出来るかとずっと思い悩んでいるような状態だ。それでも少しずつ、ひとつずつこなして行くしか仕方がない。何だかいつもこのような状態で生活して来た気がするが、今後も相変わらずであろう。50半ばになってまだこんなことを言っているようではきっとそうだろう。少しもゆっくり、そしてゆとりのある生活が出来ず、絶えずごちゃごちゃした中でもがいている自分の姿を上空から見る思いだ。それはさておき、今朝また夢を見た。鮮明に記憶しているうえにここに書いてもよさそうな内容だ。一昨日に見た夢も同様にはっきりと思い出すことが出来る。今までにないタイプの、恐怖かつ漫画的な内容なのだが、目覚めた後に悪い夢を見た気分が抜け切らず、今もそうなので書かないでおいた。さて今朝の夢も長い。目覚めた直後、しばし布団の中で思い出そうとしたが、前半が完全に記憶から消えてしまった。その最後だけはよく覚えているのでそれから始める。

男優がひとりいる。ジャッキー・チェンのようでもあり、ロバート・デ・ニーロのようでもある。とにかく外国人だ。日本に来ていて、記者会見か接待を受けている。筆者の方を向いて談笑しているが、筆者の横にも人がいる気配だ。と、その場に急に日本の女性がひとり登場する。女優Fだ。男優は右手に立ったままだが、その背後からFは進み出て、左方向にそっと歩む。こっちを向いていた男優は首を回してFを見る。美人であるのを知り、大いに喜ぶ。女優は皺くちゃでごわごわした茶色の和紙で作られたキモノのような形の長い衣服1枚を着ているが、前をはだけているため、体前面の縦中央は全部見えになっている。Fは恥ずかしそうにして下半身の急所のあたりを引っ込め気味にするが、白い肌がすっかり見通せて、中が素っ裸であることが男優の目にも明らかになる。男優は「おーっ!」と驚き、笑顔になる。
 場面は変わる。筆者はある掛軸を持って見知らぬ表具店を訪れている。それを新しく表装をし直してもらいたいと相談するのが目的だ。江戸時代の絵だが、肉筆ではなくて印刷だ。花や鶏が描いてある。細長い畳の部屋に上がって主人と話し始める。主人は愛想のよい笑顔で「ああ、これですか…」と言い、掛軸をするすると畳のうえに広げる。古い掛軸のはずが、とても立派で、本紙は紙だが、表装裂は全部きらきらする豪華な金襴だ。何しろ初めて訪れる店でもあり、こっちはどの程度の価格で再表具出来るのか内心不安がっている。ふと部屋の片隅を見ると、掛軸に使う木の巻き芯や軸先、それにたこ糸や透明なプラスティックの小さなネジなどが雑然と入った底の浅いダンボール箱がある。ネジは長さが2センチほどで、10数個見える。頭はなくて中央が膨らみ、両端が細い。木片をその内部でつなぎ合わせる時に使用するもののようだ。その紡錘形は何となく釣りで使用する疑似餌の芋虫に見えるが、掛軸にはそのようなネジを使用しないから、何が目的でこの表具店は置いているのだろうと不思議に思う。次の瞬間、店に入って来た方向を見ると、主人の息子が入って来た。眼鏡をかけた40半ばの細身の男だ。紺色の上着を着ている。真面目で無口そうだが、賢くてしっかりしている雰囲気がある。その息子が代わって応対しようと言うのだ。そしてふたりで畳のうえの掛軸に目をやると、花鳥画だったはずが、黒々と太い毛筆体の、全部で7、8個の文字に変わっている。漢詩の一部だと息子は即座に言う。そしてその元の漢詩までぺらぺらと喋り始めるが、こっちには何のことかさっぱりわからない。そして、自分が持参した絵がなぜ書の掛軸に変化したのか理解出来ない。そしてさらによく見ると、字は掛軸に書かれているのではなく、別の和紙に書かれたものを文字の輪郭近くでおおざっぱに鋏で切り取り、それを掛軸上に簡単に仮に止め、あるいはそのまま置いてあることがわかる。そのため、ちょっとした拍子でその文字は掛軸上を小刻みに移動する。息子はそれを見て言う。「ああ、この掛軸はですね。この文字を新しい掛軸に貼りつけるわけですが、そうなると、今ここにお持ちいただいた掛軸の倍ほどの幅さ、そうですね、高さは2メートル50ほどになりますかねえ」「えっ、元の倍のそんな大きな幅になるのは困ります。この文字の大きさから言えば、そんなに大きく余白を取らずとも充分だと思いますが…」「ですが、この書体ならば、かなり肉太で墨も濃いですからね、たっぷりと周囲の余白を取って表具した方が字が引き立ちますよ」。このような会話を交わすが、自分が持参した絵の掛軸がなぜ字に変化しているのか不思議でならず、またあのせっかく気に入っていた絵が消え失せたことに内心とても落胆している。掛軸は目の前に全部広げられたままになっているが、そして「あの、この切り抜きの字を貼りつける程度なら自分で表具が出来ますから…」と言い、掛軸の端を手に取って、自分でまた元通りにくるくると巻く。心の中では『どうもこの表具屋はいい鴨が来たと値踏みをしている様子があるな。こっちの予想以上に請求される恐れがあるぞ。いつの間にやら掛軸の内容が変わってしまったことからもいかさまっぽい様子がわかる。絶対にそんなことはないはずなのだ』などと用心している。
 次の瞬間、同じ細長い部屋に筆者はひとり残される。そして目の前に天井まで届く棚があり、そこにはヴィデオ・テープがびっしりと入っている。首を右手にゆっくりと回すと、壁面は7、8メートルほどもある。その全部がヴィデオ・テープの棚だ。しかも右奥の突き当たりの壁も同じようにテープの棚になっている。テープは全部表具屋の主人の息子とその奥さんのものであるようなのだ。荘厳な眺めで、あまりに整然としているので、しばらくはうっとりと見惚れている。それにただのテープなのだが、10本程度ずつまとまって背部分がどれも真っ青や黄色、それに濃いピンクといった色で、しかもそのテープの内容を示す代表的写真が絵羽状態に構成されている。棚全体としてのその赤や青、黄のまだら模様が、まるで教会の中のステンドグラスのような輝きと透明感を持っていて、部屋がうす暗くてひんやりしているために、よけに神々しく見える。絵羽状態とはつまり、どれか1本を抜いても元に戻しやすいように、たとえば10本分の背の面積全体で1枚の白黒写真がレイアウトされて、それが青や赤、黄の濃淡で印刷されている。よく見るとそれは半透明のプラスティックの背部分を元のヴィデオのケースに嵌め込んで作ったものだ。その嵌め込みのための溝が元のケースの両端についていて、そこにスライドさせる格好で背のプラスティック板を個人がセットする。そのプラスティック板はヴィデオ・テープに録画されているドラマを見て応募したり、あるいは何かを買った時のプレゼント券を応募するともらえるもので、それをこのように壁一面の膨大なテープの量を集めることは大変なことなのだ。ヴィデオはTVから個人で録画したものか、それとも録画した高額な商品を買い、そのパッケージを取り去って、こうした特製仕立てにしたものなのか、どちらかわからない。全部シリーズ・ドラマで、絵羽になった写真からは往年のアメリカのものであることがわかる。西部劇や青春ものだ。絵羽になった写真の一部に小さな文字がある。ドラマのタイトルや簡単な内容が読めるが、どれを見ても全く知らないドラマばかりだ。急に不安になる。当然3、40年前のもののはずと思っていたのに、筆者が全く知らないとなれば、一体自分は今までどこで何をしていたのだろうという底知れない不安が襲い始める。『ひょっとすれば未来のドラマか?』とも一瞬思うが、そうではない。やはりどう見ても過去の、しかも有名なドラマのようだ。また改めて確認すると、テープは通常のものよりかなり大きくて、1本の高さが60センチほどあるため、床から天井までの棚は天地方向には4段しかない。格段の高さいっぱいにテープが縦に置かれているから、やはりテープの高さは60センチ程度になるのだ。そしてまた壁面を眺め直すと、ヴィデオ・テープだけではなくて、もっと小型でうすいDVDのセットも少し混ざっている。それに2割程度は赤や青のプラスティック板の背はなく、白い普通のヴィデオ・テープのケースのままだ。まだ整理が行き届いていない人間臭さを漂わせていることがわかり、何だかほっとする。
 次の瞬間、右奥から筆者の息子が入って来る。筆者の目の前を通り、左奥の壁に面したところにいつの間にか置いてある机のところまで行く。ふと、そのうえの天井の隅を見ると、大きな海亀の甲羅の形をした、サイズも同程度の、ごわごわした和紙で作った汚れたベージュ色の皺だらけのオブジェがかかっている。息子はきょとんして、「これ、何?」と筆者の方を振り向いて言う。近寄って見る。美しくもないし、用途も不明の謎のオブジェだ。中は空洞で、重さは軽いようだ。机のうえには本1冊なくてすっきりとしているので、よけにそのオブジェが目ざわりなのだ。だが、ふたりともそれを取り外すことはしない。自分の家という気がしていないからでもある。そこで今度はごろんと仰向きに寝転ぶ。すると、息子が入って来た方向から今度は5歳ほどの小さな女の子がひとり早足でこっちにやって来て、すぐに筆者の腰のあたりに馬乗りになってじゃれつく。女の子は髪は背まであり、みすぼらしい格好をしている。何だが汚れていて孤児のようだ。とても細くて軽い。その女をうえに乗せたまま相手をしてやり、しばし一緒になって遊ぶが、その途中で目が覚めた。


この夢で思い当たる部分は少なくない。女優Fは昔は気になっていた。今は全然だが。そのFの裸体がほとんど見えそうになっていたのは男の願望か。だが、夢の中でFはとても恥じらっていた。そのため、いやらしい夢を見たという気はしない。掛軸に関しては普段よく考えているからだ。ヴィデオ・テープの背の嵌め込みプラスティック板の質感や輝きは生々しかった。細部を明瞭に記憶しているので、同じものを実際に作れる気がする。小さな女の子はそのようにして昔はよく遊んだことのある記憶の反映だろう。それに最近は児童を酷たらしく殺す事件が多発しており、それが気になっているからとも思える。
by uuuzen | 2005-12-09 23:57 | ●【夢千夜(むちや)日記】
●『日本のいちばん長い日』 >> << ●江戸時代風見世物小屋と豪華貴...

時々ドキドキよき予告

S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
以前の記事/カテゴリー/リンク
記事ランキング
画像一覧
ブログジャンル
ブログパーツ
最新のコメント
言ったでしょう?母親の面..
by インカの道 at 16:43
最新のトラックバック
ファン
ブログトップ
 
  UUUZEN ― FLOGGING BLOGGING GO-GOING  ? Copyright 2023 Kohjitsu Ohyama. All Rights Reserved.
  👽💬💌?🏼🌞💞🌜ーーーーー💩😍😡🤣🤪😱🤮 💔??🌋🏳🆘😈 👻🕷👴?💉🛌💐 🕵🔪🔫🔥📿🙏?