●彦根城博物館、その2
と子どもは城に馴染まないが、大名が寝起きする空間は別だ。将軍となれば大奥という女の集団があったから、城を戦の象徴と見て女子どもは無関係と思うのは間違っている。



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江戸時代は泰平の世の中で、城のイメージは戦国時代とは違っていたであろう。それでも天守閣に女や子どもが頻繫に入ることはなかったのではないか。そう考えると、いい時代になったものだが、誰でも入れるとなると悪戯を心配せねばならない。先頃二条城の門際の壁にいくつもの蹴ったような凹みがあることがわかった。大勢の人が押し寄せると監視が行き届かない。監視カメラという手もあるが、それを訪れた人が見かければ、見張られている気がして落ち着かない。彦根城博物館は、展示物はみなガラス・ケースに入っているので傷つけられる心配は低いが、展示は建物そのものの場合がある。昨日書いた能舞台は建物のガラスの向こうにあるが、それは大きな展示物でガラス・ケースに収まっているも同然で、無闇に触れてもらいたくないからだろう。その能舞台は博物館が出来る以前は別の場所にあったというが、明治に建物が壊された時、能舞台のみはそれを免れたようだ。そして、表御殿が復元されるようになり、その能舞台を元の場所に移築した。表御殿の復元とはいえ、展示物がたくさんあるから、美術館としての機能を持たせる必要がある。これは、誰でも内部を見ることが出来るということで、二条城も同じだが、その二条城が傷つけられる事件があったことは、彦根城もそう安心し切ることは出来ないだろう。ここには保存か解放かの難しい問題があるが、建物は人が入ってこそ値打ちであり、保存優先で閉じたままではかえってよくない。彦根城博物館の展示品をみな見て回った後、ふと気づいたが、大きな鉄の扉があり、それを開けるとそのまま廊下が少し下りになって奥の屋敷へとつながっていた。そのことに誰もが気づくだろうか。昨日書いた係員は、気づかずに玄関を出て行きそうな人に声をかけ、扉の向こうは見ましたかなどと声をかけていた。鉄筋コンクリートの展示館と隣接して藩主の住まいや庭が復元されていて、これは江戸時代に戻ったかのような雰囲気でなかなかよかった。今でも田舎の旧家には、同じような日本建築の屋敷はあるだろうが、ひとつ大きく違うのは、築100年以上経った日本建築でも、今の生活に合わせるために電化製品、特にエアコンが壁に取りつけられていることだ。照明器具もそうで、また生活の匂いのするさまざまなものが溢れている。それはそれで生きている感じがしていいが、時に主のさほどでない趣味がすぐにわかってしまい、建物はいいが、中身はという思いにさせられる。
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 今日の4枚の写真はその復元された藩主の住まいやそこから見える庭だが、真新しい感じがし、また江戸時代の人の生活は大変であったことを再確認する。エアコンはないから、真冬の寒さは想像を絶したであろう。そう言えば筆者はエアコンのない時代に生まれ育ったが、小学生の時は校庭の片隅に石炭を配っているおじさんがいる施設があり、そこでバケツ一杯の石炭と、火を点けるための新聞紙や割り箸のような木材を受け取り、同級生がみんな教室に来て授業が始まるまでにストーヴを焚く必要があった。そのことをたまに思い出すが、小学3,4年生に当時の先生や親たちはよくぞそういうことをさせたと思う。マッチを使って木造校舎の中でストーヴに火をつけることは、今なら危険であるし、またそんな労働をさせるとは何事かという意見が出るだろう。それに日本は高度成長を遂げ、そんな不便なストーヴは必要としなくなった。では、ストーヴがない江戸時代はどのようにして真冬を凌いだか。優れた防寒具はなく、風邪を引く子どもは多かったであろう。あるいはそうであるからみんな体を鍛え、今の子どものように軟弱でなかったかもしれない。子どもは風の子という言葉は、今はどれほど子ども自身が自覚しているだろう。エアコンが出来て便利になると、ずぼらになってしまうのは目に見えているのではないか。楽を少なくすれば寿がやって来ると、楽翁と自称した松平定信は言っているが、恵まれ過ぎると人間は面白みを感じなくなるということだ。少しくらい不便を感じる方が身体を動かし、健康によい。そうは思いながら、密閉度が低い江戸時代の建物を見ると、体の芯から冷えるような厳寒期をふと思う。そういう時代であったから、生き延びた人は頑健な体と精神を持っていたと思うが、それはいかにも動物の世界のようで、清々しいと思える。医学が発達し、栄養も満ち足りると、江戸時代とは比べものにならない身長を得、寿命も各段に延びたが、動物ならとっくに淘汰されてしまうような軟弱な人でもそれなりに保護され、それは全体から見れば無駄も多いことになっても、人間何が無駄か誰にもわからないのであるから、弱者を助けるという愛が満ちるのはいいことだろう。ただし、その愛が、結局人間すべてを絶滅に近づけるかもしれないという考えもあり、不便というものをなくすことに血眼になることはよくないと筆者は考える。何度も言うが、便利を得ると、必ず不便が生じる。なので、藩主の屋敷は生活に不便なようだが、住めばそれなりに今では得られないよさがあるだろう。
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 都会では土地の価格が高く、もはや平屋の一戸建ての住まいは大金持ちしか無理だが、結局どうなって来たかと言えば、限られた土地になるべく高層の鉄筋コンクリートを建てることで、マンション住まいがあたりまえになって来た。これも前に書いたが、安全の意味ではそれはいいが、個人が庭を持たず、土というものを見る機会がほとんどない。だが、それを文明の進歩と考えさせるのが教育で、土があれば靴が汚れると、まるで後進国扱いだ。そういう洗脳に知らず知らずのうちに、今の子どもは侵されている。高層マンションは家畜の箱のようで、実際現代人はそれと同じと言ってよい。そういうマンションに対して、復元とはいえ、彦根城博物館の藩主低に入ると、手水鉢の水に気づき、また広々とした庭を眺めて、日本が失って来たもののよさを思い知る。だが、田舎に行けばまだまだ同じような建物がある。そう言えばつい先日のTVで、車なしでは住めない田舎の大きな家が売りに出ていた。その土地つきの価格が2000万円以下でびっくりした。京都市内に同様のものを建てると、3,4億では済まないかもしれない。それほどに土地の価格に都会と田舎の差がある。大きな日本建築に住みたければ、辺鄙な田舎ではまだまだ物件がある。というより、そういう物件は増えている。高齢化して、老人は交通の便がよく、病院が近くにある街に住みたがる。つまり、彦根城博物館の藩主邸は、昔の理想であって、現代の利便機器なくしては住めないという思いが誰にもあるだろう。つまり、あくまでも展示物だ。だが、ガラス越しに見させるのではなく、廊下を歩かせて体感させる。それには汚される、ひょっとすれば火をつけられるかもしれないといった恐れが伴うが、監視カメラはなかったようであるし、鑑賞者はみな部屋を一瞥しただけでそそくさと元の重い鉄の扉に向かっていた。せっかく藩主の気分になれるというのに、見所がわからないのだろう。生活感がないからとも言える。藩主がどのように生活していたか、家財がないこともあって、マンションのショー・ルームを見ているような感じだ。だが、それでいいのだろう。せっかく復元した建物で、保存本位であれば、入場者数を限定すればいいが、この建物までやって来る人は、博物館の来場者のすべてではないようで、そのためにも鉄の扉で仕切っているのだろう。大勢では困るが、多少の人は廊下を歩いてもらった方がかえって建物にはいいだろう。大雨や台風の日には係員がどのように襖や障子を閉めるのか知らないが、その係員がまるで藩主のようか。京都の古い寺に行けば、同様の建物や庭はあり、やはり京都ということになりそうだ。
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by uuuzen | 2016-02-26 23:59 | ●展覧会SOON評SO ON


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