どこをどう進んでいいのかわからない玉藻公園内の披雲閣と言ってよいほどに部屋がたくさんあるが、当然本展では順路があった。それにしたがって進み、最後の展示室に至った後、ちょうど屋敷内を一周して元の場所に戻ることになる。

ブルース・ビックフォードの作品がどこにあるか早足で見て回ろうと思っていると、昨日書いたステラークとアレックス・フェアへ―ストの展示の次であった。こんなに早く遭遇出来るとはと喜びながら部屋に入ってすぐに写真を撮り始めた。それらを順に載せて行くことにするが、部屋は6畳間をふたつ縦に並べたほどの大きさで、作品は目の前で見ることが出来た。ガラス・ケースに収められていないので、その気になれば触れることも可能だが、後方で係員が監視している。そこにはスクリーンがあって、ビックフォードがその部屋で作業している様子が映し出されていた。どうやら展示作品の修復で、材料をシアトルから持って来たようだ。なぜ修復かと言えば、輸送や展示中に壊れたからだ。それほど脆い。ということは精緻に作られている。ブルースの映像作品を見ると、使用されている粘土は日本でも市販されている色つきの柔らかいものに見えるが、樹脂素材が入って、油粘土のようには柔らかくない。なぜそのことがわかったかと言えば、筆者が部屋の中で作品の写真を次々に撮っているのを後方のスクリーンの背後から見ていた土居さんが声をかけてくれたからだ。これにはびっくりした。彼が高松に来ていることは予想しなかったし、また来ていたとしても展示室の中にずっと詰めているとは思わなかった。筆者が部屋に入った時は、スクリーンの脇に若い女性の係員だけが椅子に座っていた。だが、スクリーンの背後は畳1枚半程度の隙間があり、そこに土居さんと、もうひとりブルースの手伝いをする若い男性のアニメーターがいたのだ。土居さんは彼に筆者のことを英語でザッパの本を書いた人だと説明してくれた。その男性は土居さんとあまり年齢が変わらないように見えた。土居さんは30歳少々で、筆者の息子と同じくらいのはずだ。土居さんによれば、そのアニメーターがブルースの遺産相続人とのことで、ブルースは自分の死後に作品の元となった粘土細工などのすべてをその人に委ねているようだ。ブルースは独身で子どもがいないので、そのようにしなければせっかくの作品がどうなるかわからない。ブルースが彼のことを認めたのは同じアニメーターであるからだろう。

ブルースを追ったドキュメンタリー作品のDVD『モンスター・ロード』で登場するブルースの父親がその後どうなったのかを土居さんに訊くのを忘れたが、それからかなり経っているので、存命中であるとしてももうあまり動けないかもしれない。それに認知症も進んでいるだろう。またそのDVDにはブルースの屋根裏部屋に住みついたのか、ひとりの若い男性が訪問する。その人物が会場にいたアニメーターと同じとは思えないが、その可能性もある。また、シアトルではブルースはそれなりに有名人らしく、本展のようにブルースの作品を展示したことがあった。その時は会場に多くの若者が集まったから、その中から遺産相続人が決められたのかもしれない。またこれは渋谷のクラブ・クワトロで土居さんから耳にしたことだが、そのアニメーターはブルースが際限なく制作し続ける作品の区切りをつけさせるとのことだ。最新のDVD『CAS‘L’』を見てもわかるが、ブルースの作品は起承転結がない。もちろん「起』はあり、それに続く「承」もあるが、それは「転」と言ってよく、それから何度も「転」が続き、ブルースにしてもどう終えていいかわからないのだろう。それで作品としては「結」が必要で、それを相続人のアニメーターが提言すると聞いた。また、生きて行くために食べる必要があり、そうした生活上のさまざまな雑事もそのアニメーターが引き受けているらしい。それで今回の来日も彼がいたので作品の選択や梱包、輸送、それにブルース自身の移動などもうまく進んだのだろう。また彼と土居さんが意志をうまく通わせたからでもあろうが、渋谷のクラブ・クワトロでは土居さんは、ブルースが土壇場になって日本に行きたくないと言って往生したとのことで、噂には聞いていたが、ともかく想像以上の変人であることがわかったらしい。昨日の最後の写真は『CAS‘L’』で使われたキャスルすなわち城の模型だが、土居さんは高松城で作品を展示すると言って口説いたのではないか。ブルースが日本にも関心があることは今日の写真からもわかる。最初の写真は「カブキマスク」と題され、煉瓦を表わした表面からして『CAS‘L’』に使われたのだろうか。筆者の記憶では同じものは登場していないと思う。

展示室がどのような方角を向いているのか知らないが、スクリーンのある方とは反対方向に出入り口があり、そこを入ってすぐ左手が一昨日の写真のような展示で、中央にTVモニターが置いてあった。そこで上映されていたのは『CAS‘L’』だが、音声はなかった。これはブルースのアニメだけに集中してほしいとの考えだろう。先日書いたようにブルースは21日に東京に移動したから、展示室にいたのは18日から20日までとなる。3日もいれば窮屈さを感じても仕方のない展示室で、ブルースは日本の部屋の狭さを実感したであろう。また、その狭い部屋のさらにスクリーンの背後でくつろげるとなると、監獄よりひどい圧迫感だ。ブルースの育った家はかなり大きい。にもかかわらず、作品がどれも小さいのは、日本の箱庭作りの精神を持っているからと思える。それは、制作する部屋の東向きの窓から見える遠くの景色が箱庭的に見えることから育まれたものと言ってよいが、ブルースにとっての庭は、眼下に見える人間世界ということになり、その点はザッパと共通する。さて、本展のための作品の梱包を繙いたのはブルース自身と思うが、ならば17日にはもう展示室にいたことになる。梱包を解いて発見したのか、あるいは展示中に自然に生じたことか、ひとゆふたつの作品が部分的に破損し、ブルースがかなりショックを受けていたと土居さんから聞いた。それはそうだろう。大事な作品が破損すれば、なおのこと日本行きはやはり望まないものであったと思ったかもしれない。だが、来月は東京でまた展示がある。一旦作品をシアトルに返送し、また会期直前に空輸するのかどうか、その時にまた壊れる可能性があるから、ブルースはやはり直前になって行きたくないと言い出すかもしれない。土居さんによると、2月に展示されるのは本展と同じ作品とのことで、ひょっとすれば本展の出品作は梱包したうえでどこかの倉庫に保管されているか。高松で作品を見たので東京展には行かなくてもいいかとなると、東京ではブルースの音楽の生演奏に合わせた詩の朗読がある。それは『CAS‘L’』にもボーナスとして収録されていて、日本でもだいたい同じようになるだろう。明日もブルースについて書く。