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●神社の造形―連理稲荷大明神
くのは筆者で、家内はただ筆者に就いて来るだけだが、では筆者は自分で何もかも決めて思うように行動しているかと言えば、そうとばかりも言えない。



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予期しなかった出会いはあるもので、またそれがないことには人生はつまらない。そう思うので、たとえば展覧会に行く前にチラシの内容をよく読むということをしない。最初におおよそわかってしまうと本番が楽しめない。そのため、見知らぬところに出かける時には、地図は持って行くとしても、ルートを確かめるだけで、途中にどういう施設があるかなど、ほとんど気にしない。今ではGOOGLEのストリート・ヴューによって、公道はどこでも自分がその場にいるかのような360度の画像を見ることが出来るが、それで知って実際の場所を訪れると、わかりやすくていい反面、未知なる面白さが激減する。実際に歩くとそれはそれでまたいろんな出会いがあるので、ストリート・ヴューを毛嫌いすることはないが、より詳しい情報をと思う人間の欲望は限りがなく、未知なるものをこの世からなくしてしまおうという思いが肯定されている。昨日は名古屋市の地図を手元に広げながら文章を書いたが、その地図は1970年代前半に200円で買ったものだ。当時を知っている人には懐かしいと思うが、ワラジヤという会社で、地図は複製してはならないと断っている。そのような地図は今も売られているのだろうか。スマホで簡単に地図が表示されるので、もはや紙に印刷された都市の地図は絶滅したのではないか。とすれば、ワラジヤはもう倒産したか。先日60年代に買った同様の大阪市の地図を家内が見せてほしいと言った。折り目が劣化して、20枚ほどの同じ大きさの断片と化しているが、それを家内はテーブル上に並べ、そして調べたい場所を探し出すと、昔の地図は趣があっていいと言った。その地図は周辺部と中心部の縮尺が違っていて、原図はもちろん手で描かれたものだ。それなりに工夫が凝らされていて、個性がある。地図に個性など必要なく、精確でありさえすればいいと今は誰しも考えるだろうが、単一化してしまうと何事も面白くない。それはともかく、古い名古屋市の地図は街区は同じでもたとえば矢場町のフラリエが載っていない。そこは当時何であったのか知らないが、名古屋市内は地下鉄の路線が増え、仔細に見ると数十年経ったことが名古屋人には実感出来るはずで、古い資料はそれなりに貴重でしかも楽しい。それがコンピュータ時代になって、何もかもがあけすけになり、秘密が価値を減じた。こうなると何を楽しみに生きるかだが、行ったことのない場所をぶらり散歩することは人間は体力が許す限りは楽しいと思うはずで、可能な限り世界狭しと旅行するのがよいかと言えば、筆者は平凡な場所で充分で、絵はがきのような景色を確認するために海外など遠方に行きたいとはそう思わない。さて、先ほどストリート・ヴューで名古屋の若宮八幡社の境内の北端の道路を眺めた。筆者らは境内の北から出て西に進み、そして南下して若宮大通りを南に越えてまた大須観音方面に向かった。空は急激に暗くなり、また雨が降り出しそうで、地下鉄の駅に急いだのだが、その途中で大須商店街でもらったマップで知った北野神社の前を歩いた。20代の3,4人の男性がその神社を訪れていて、写真を撮っていた。だが筆者は最後の写真を撮り終えていて、もはやいくら撮りたいものがあってもそれがかなわないようになっていた。さて、最後に何を撮ったかだが、それが今日の2枚で、若宮八幡社の境内の西端にあった。赤い幟旗ですぐに稲荷の社があることがわかるし、また自然と足はそちらに向くが、石柱に「連理稲荷…」とあって、筆者はすかさず社がふたつあることを家内に言った。これは夫婦で拝むのにいいかもしれないとも思い、デジカメのスマート・メディアの残り枚数が2枚であったことを喜んだ。まずは「連理稲荷…」の文字が彫られる石柱と鳥居の連なりを1枚に収める。鳥居や幟旗はまだ新しく、赤の賑やかさが楽しい。早速家内に鳥居の奥の賽銭箱にひとり向かわせ、拝ませたが、その間に筆者はもうひとつの祠を探した。それは最初の写真の鳥居の突き当り左で、ふたつの祠は直角に接している。連理というからには、正面が隣り同士であるのがよいが、背中合わせの格好だ。2枚目の写真を撮っている時、拝み終わった家内が写真右手の幟旗の向こうを写真左に向かってゆっくり歩いて来たが、帰宅して確かめると、筆者のシャッターを押すのが少し早く、家内は写っていなかった。家内は筆者が立っている場所に出て来て筆者も拝めと言ったが、それもそうだと思い、2枚目の写真の祠に賽銭を投げ入れて拝んだ。つまり夫婦でこの連理稲荷の片方ずつを拝み、それはこの神社の拝み方としては正しいのではないかと勝手に思った。連理稲荷はほかにもあるのかどうか知らないが、なぜふたつの祠が接しているのか、事情があるはずだが、調べるのが面倒なのでこのまま書く。さて2枚目の写真を撮った後、左手に向いて、すなわち境内の北を進むと、すぐに左手つまり西側に小さな社が2,3あった。それがちょっと変わった色合いと形で、撮影したかったが、もう無理だ。そこで思ったのは、次回名古屋に来れば、先の北野神社やまた若宮八幡と、同じようなコースを歩くことだ。そしてそれはもう面白くないと思う。一回限りであるから新鮮であって、同じ目的で再訪することは感激が薄い。それはさておき、ストリート・ヴューで若宮八幡の北端に接する道路を見ると、筆者らがくぐった石の鳥居があり、その奥に今日の2枚目の写真の祠が少し見えている。その前を歩いて鳥居をくぐって外に出た記憶を反芻しながら、どうもそのストリート・ヴューに見えている眺めは筆者の印象とは違う。知っている場所でもパソコンで見るとあまりそう感じない。やはり仮想現実と本当の現実とは違う。そのため、自分の足と目で実際に確認することが一番よい。そうすれば、予期しなかったことにも遭遇する。連理稲荷はそういうものであった。これは連理稲荷が筆者を導いたのだろう。そう思うことにする。何でも自分が思いどおりにしているようでいて、本当は何かに動かされているとも言える。そのように考える方が未知なる面白さが増える。面白くなければ人生ではなく、そうするためには行き当たりばったりの部分を残しておくことだ。
●神社の造形―連理稲荷大明神_d0053294_1405757.jpg

by uuuzen | 2015-09-13 01:39 | ●神社の造形
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