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●神社の造形―松尾と梅宮の菰樽
樽の列を見ても呑兵衛でない限り、印象には薄いだろう。筆者が京都に出て梅津に最初に住んだ時、友禅の師匠の家まで自転車で5分の距離で、毎日梅宮大社の脇を通って通った。



●神社の造形―松尾と梅宮の菰樽_d0053294_0162780.jpgたまにその境内を訪れると、受付の脇に菰樽が数十個並べられた塀状の飾りものが目につき、さすが酒造りの神を祀る日本第一の神社だけはあると納得した。筆者は日本酒を好んで飲まないので、菰樽をたくさん見ても酒を飲みたくなることはなく、どのような銘柄の酒が並んでいるのか、そのデザインの面白さに真っ先に関心を抱いた。日本酒は神様とつながりが深いというより、神様のものという気がするが、それでは神社の造形として菰樽も挙げねばならない。また菰樽と言えば相撲取りを連想するが、梅宮大社には子ども相撲が行なわれることがあると家内から聞いたことがある。あの狭い境内のどこに土俵を作る余裕があるのか知らないが、奥の神苑は広いので、そこで催すのかもしれない。だが、相撲と言えば松尾大社に土俵がある。家内の父が昔そのことを話題にしていたが、一度松尾大社での相撲を見に来たことがあるとも言っていた気がする。それはおそらく息子の土俵を見るためではなかったか。息子とは家内の兄で、学生相撲で日本一になり、国体の試合に何度か出場するなどして活躍し、相撲取りになってはどうかとの誘いもあったが、勇気がなくて断り、その後消防士になった。相撲を取っていた頃は、その試合のために日本中を訪れたそうだが、その中に松尾大社があったのだろう。筆者が梅津に住んだのは6,7年間だが、その後、家を買って嵐山に引っ越し、氏神が松尾大社になった。梅津にいた頃に松尾大社に何度か訪れたが、気になったのは、梅宮大社と同じく日本第一の酒造りの神を祀ることだ。ふたつの神社は1キロも離れていないのでどちらが酒造りの神を祀ってもいいようなものだ。同じことは今宮神社境内で向かい同士で同じみたらし団子を売る2軒の店や、もっと大きな例では東西の本願寺があり、どちらが元祖かと争わず、それなりに共存出来るのがよい。つまり、古いことはわからないし、また最初がどうであっても水に流そうということだ。とはいえ、梅宮大社と松尾大社とでは、境内の規模からすれば断然松尾が大きく、氏子の数も100倍以上ではないだろうか。筆者は梅津に最初に住み、息子の宮詣りを梅宮大社でしたことや、また神苑でよく写生もしたこともあって、梅宮大社の民家に囲まれたごちゃごちゃした地域の中のこじんまりした境内が好きだが、松尾大社の整然としたたたずまいはどうもあまり好きになれない。たぶん、西山の裾にあって日陰っぽく、梅津よりも早く太陽が見られなくなるからだろう。それにしても本当はどちらが酒造りの神様を先に祀るようになったのか。どちらかがパクッたというおとになるのだろうか。このことは日本における著作権への意識の貧困さを説明する際のもっとも古い例になるかもしれない。今日の最初の写真は、そのことを記す石碑を比較したものだが、右は松尾大社で「日本第一酒造之神」、左は梅宮大社で「日本第一酒造之祖神」とあって、「祖」が前者にはない。これは松尾社が梅宮社に遠慮してのことに見える。また、筆跡は圧倒的に梅宮が貫禄があり、よく出来た石碑だが、「安産守護神」の文字が併記され、その点は松尾より何となく「ついで感」が強い。梅宮の石碑は京都の酒造業が建てたもので、裏の年号を見ると天保12年になっているから、180年ほど前のものだ。もちろんもっと昔から酒の神を祀るが、写真のような立派な石碑はなかったのだろう。一方松尾の石碑はここ数十年の新しいものだ。おそらく20年も経っていない。それ以前に同様のものがあったかどうかだが、筆者の記憶ではない。またそれほどにあまり目立たないところに建てられているが、これは逆に言えば境内が広いので石碑のひとつやふたつ、あっても目に入りにくい。梅宮の石碑は楼門に向かってすぐ右手で、まず目に飛び込む。それに梅宮ではその楼門にも菰樽を並べ、酒神を祀ることを視覚的に大いに宣伝している。とはいえ、神社もいかに収入を確保するかが問題で、梅宮大社は大型バスを何台も停められる駐車場はなく、よほど神社に関心のある人しか訪れないと言ってよく、財政的には松尾に圧倒されていることが明らかにわかる。
●神社の造形―松尾と梅宮の菰樽_d0053294_014928.jpg

 今年の正月は家内の実家で義兄とふたりで菰樽を開いて飲んだが、10万円ほどするその酒を義姉が歳暮として贈った。菰樽の縄を解いたのは筆者で、それはいい経験であったが、義兄は菰樽を丸ごと1個もらうのは初めてのことで、酒を飲むことしか趣味がないと自称していることから、それは嬉しそうであった。その酒の席で筆者は松尾大社の話を少ししたと思う。そこが酒の神を祀ることを義兄は当然よく知っているが、筆者が話題にしたのは、本殿に向かって左て、すなわち南側に菰樽を飾る建物があって、そこに100近い菰樽が常時飾られていて壮観であることだ。義兄はそれらの酒がすべて味が異なり、全部味わえるならばどれほどいいかといったことであったかもしれない。前述のように筆者は菰樽正面の酒造メーカーの商標だ。これが関取の化粧回しに思える。日本独特のデザインで、どれもそれなりによく出来ているように見えるのは、日本酒は品格が大切との思いによるだろう。そう言えば今年の1月は京都駅ビルの京都案内コーナーに菰樽がたくさん展示され、その顔である商標のいろいろが説明されていた。どれも吉祥性を重視した文字の書体と文様で、関取の化粧回しよりもっと古風を守っている。話が少し脱線する。2020年の東京オリンピックのエンブレムの盗作疑惑が問題になっているが、筆者はそのデザインを最初にネットで見た時、ぴんと来るものがなかった。「何でこんなのがいい?」というのが正直な思いで、そう思っているとベルギーのデザイナーから盗作だとの指摘があった。日本のデザイナーがTVに出て弁明した時、筆者が気になったのは彼の顔だ。顔は生まれつきのものなのでどうしようもないという意見があるが、それは間違いだ。少なくても創造に携わる者はそれなりの眼差し、顔つきが必要だ。ところが、断じてパクってはいないと言うそのデザイナーの顔は、家内と顔を見合わせながら意見が一致したが、まず笑ってしまった。次に言い合ったことは、目つきの悪さだ。そして筆者がつけ加えたことは、1964年の東京オリンピックの一種神様めいたデザイン、つまりすっきりとして足すものも引くものもないデザインと違って、完全なデジャヴ感だ。単純な記号のようなものなので、何かに似るのはあたりまえという意見がある。だがそれは間違いだ。単純であるから却って創造性豊かなものは他に似るものがない。であるから、盗作疑惑が出た時点でそれは盗作と思ってよい。ただし、世の中には盗作が溢れている。芸術の世界も同じで、学者の世界もそうだ。わからないようにうまく盗作するというのが暗黙の了解になっている。だが、それでも創造力をより多く持つ者は個性をより多く表わす。2020年のエンブレムのデザインで首をかしげるのが、東京の頭文字の「T」をデザインしたというのに、中央の太い棒の右下に爪(セリフ)があることだ。このことで盗作疑惑を持ち出された。その意味不明の右下の爪を日本のデザイナーはうまく説明していない。それでは記号のように単純なデザインであるのに、いい加減に部分を考えたことになる。それではデザイナー失格だろう。日本の力が各方面で落ちていると言われるが、それは正しいかもしれない。そういうことは知らず知らずのうちにあらゆる方面に少しずつ顔を覗かせる。それにしても不思議なのは、盗作疑惑が出たそのデザイナーの作品がなぜ選ばれたかだ。それは、選ぶ方も眼力が落ちているということだ。つまり、あらゆる方面で劣化が進んでいる。だが、それは本当は正しくない。立派な仕事を人知れずしている人はきっといるはずだ。そういう人の作品が陽の目を見ないところに、日本の力が衰えているだけのことで、これは社会の仕組みに問題がある。力量のない者が大手を振ってのし歩くような状態では、日本の将来は暗い。新国立競技場が白紙撤回されたのであるから、けちがついたエンブレムも選び直せばいいのではないか。公募すればすぐにいくらでももっといいのが集まる。それをネット投票で選んでいいではないか。筆者なら菰樽の絵柄を参考にして日本的なものにするが、それでは右傾化だと言われるか。
●神社の造形―松尾と梅宮の菰樽_d0053294_0144143.jpg 松尾大社に奉納されている菰樽の数は境内の広さにもよるが、梅宮のそれを圧倒している。今日の4枚目の写真はそれを比較している。上が松尾で下が梅宮だが、銘柄はだぶりがあるのだろうか。だぶりがある銘柄はよほど信心深い。ふたつの神社に同じように菰樽を捧げ、またお金も当然添える。また、菰樽は中身が入っていないかもしれない。この点はふたつの大社に聞いてみないことにはわからないが、もし中身入りだとすれば、賞味期限があるから、宮司たちは飲み干すのに苦労する。もちろん自分たちで全部飲めるはずがないから、氏子に分け与えるかするしかないが、そういう話は聞いたことがない。ということはやはり空の菰樽か。松尾大社では酒がごくゆっくりと1滴ずつ滴る、電話ボックスほどの大きさの施設がある。20年ほど前に出来たものだ。白い小さな受け皿があって、それに受け取って試飲するが、あまりにゆっくりであり、また一度筆者が訪れた時は、滴り落ちていなかった。また滴ると言ってもほんのわずかで、皿を舌で舐める程度だ。試飲とはあまりに違う話で、がっかりしたが、無料で飲めるとなれば、呑兵衛が終日張りついて動かず、近所から苦情が出るかもしれない。それはいいとして、その施設が出来た時、筆者が思ったことは毎年たくさんの酒造メーカーから贈られる菰樽の酒を、ほんのわずかでも参拝者に振る舞ってはどうかとの意見がどこかから出て、それにしたがったのではないかという下衆の勘繰りだ。そのことは、今年の正月、菰樽の酒の飲み合いながら義兄に話したが、松尾大社に飾られる菰樽の列を見れば、誰でもその酒の行方をふと考えるだろう。氏子に分配されていないことは、筆者が自治会長を4年務めた経験からもわかる。それどころか、毎年自治連合会が松尾大社内の式殿で開催していた祝いの会合が数年前に別の場所で開くことになった理由は、松尾大社側の値上げ要求であった。大きな境内であるので維持費が大変なことは想像出来るが、お膝元の自治連合会との関係がぎくしゃくするでは首をかしげたくなる。今日の2枚目の写真は梅宮大社の楼門だが、上段中央が月桂冠の菰樽で、白鶴、白鹿、黄桜、剣菱、日本盛、富翁、菊正宗など有名どころが目につく。こういう会社は大手なので、松尾と梅宮の双方にお詣りしているだろう。3枚目の写真は松尾大社内の大きな一対の石灯籠で、その土台に「大坂 天満酒造」とある。これも天保頃のものだろう。これほど大きな灯籠は梅宮にはとても似合わない。最初の写真に戻ると、梅宮の石碑の文字のうち、「日」が丸に点で、この書体は筆者が最初にこの神社を訪れた時から目につき、また気に入っている。それから30数年経ったが、石碑はそのままだ。ということは筆者が死んだ後もそのままで、石は長持ちする。それでみんな墓石をほしがる。筆者は呑兵衛ではないが、生きている間においしい酒をなるべく経験したいとは思う。そういうことはめったになく、今まで本当においしいと思った酒は数回しかない。ほとんどの呑兵衛は惰性で飲んでいる。だがそれもいい。人生は惰性でもあるからだ。
●神社の造形―松尾と梅宮の菰樽_d0053294_0145878.jpg

by uuuzen | 2015-08-10 23:59 | ●神社の造形
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