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●「I‘M THE OCEAN」
潮を間近で見るというより、渦潮の中に入ってメリーゴーラウンドのようにぐるぐる回る遊覧船が鳴門にはあるようで、先週TVでその様子を見た。大きな洗濯機の中に入ったように海中に船が飲み込まれるのかと思うとそうはならないから、鳴門の渦潮も大したことがないと思った。



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それでも経験したことがないので、一度鳴門市に行ってみようか。それはそうと、今日はヒナステラの音楽を採り上げようと思いながら、CDを探すと見つからない。それで来月に回すとして、ここ1週間ほどまた毎日聴いているニール・ヤングの1995年のアルバム『MIRROR BALL』から最も好きな曲を採り上げる。そう言えば、同じカナダ出身のジョニ・ミッチェルのニュースを昨日ネットで見た。昔一時期一緒に暮らしていたクロスビー・スティルスが彼女の様子を診たようで、支えになるのは昔の仲間かと思わせられる。ジョニは71歳らしいが、ニール・ヤングは彼女より2歳若く、1945年生まれだ。それはともかく、『ミラーボール』を買ったのは発売時の20年前ではなく、2,3年経っていた。たぶん京都の中古レコード店のホットラインで500円くらいであった。未漂白の厚紙に印刷したジャケットで、とても薄っぺらだが、それが印象深くてよい。バックの演奏をパール・ジャムというアメリカの若手バンドが担当していて、これは彼らがニールを崇めていたことによる。ニールにはクレイジー・ホースというバンドがあるが、彼らの演奏より若返ったような音を聴かせる。95年1月下旬の数日で録音され、そのような一発録りに近いスタジオ・ライヴの雰囲気はどの曲にもよく出ている。大音量で響きわたり、一度聴いて好きになった。そしてこのアルバムを皮切りに、前後を挟む数枚を買ったが、どれも本作に匹敵しないと思った。ニールの曲は独特の暗さがある。それが魅力で、その暗さを爆発で吹き飛ばすかのような本作はいいが、印隠滅滅とした感じが勝っているアルバムがあって、聴いていて滅入る。そのことで思うのは、カナダという土地とそこで生まれ育つ人たちの性質だ。カリフォルニアよりは断然寒いであろうから、北ドイツや北欧に近いかと想像するが、つまりはヒナステラのような南米の明るさとは対照的だ。たとえばアイルランドのU2のように、哀愁を帯びながら突っ走るという雰囲気の音楽をニールに見てしまうし、本作もそうだ。ではジョニ・ミッチェルはどうかと言えば、やはりそういうところがあって、名作とされる76年の『逃避行』は、真冬に聴くのがよい。そのほかのアルバムも、底抜けに明るいという形容は当たらない。そのようなものを目指しても、カナダ色が出る。それはさておき、パール・ジャムは『ミラーボール』の制作時に自分たちの曲も録音し、同じ紙ジャケット仕様で2曲入りの『マーキンボール』を出している。これも買ったが、二、三度聴いただけだ。『ミラーボール』とは大違いだが、若い人は高齢者のニールよりもパール・ジャムを好むだろう。筆者は若い人の思いを積極的に理解しようとするタイプではないので、今後もパール・ジャムの音楽に関心を抱かないと思うが、何がニールの音楽と最も違うかと言えば、声だ。ニールの声は他の誰にも似ておらず、また味わい深い。デビュー当時から変わっていないが、体つきはかなり太って中年丸出しになった。
 YOUTUBEでは80年代から去年のライヴ演奏まで見ることが出来るが、人間はこのように体形が変わって行くものかと思う。筆者が一番好きな演奏は2008年頃で、ニールの年齢は63で今の筆者と同じだ。筆者はニールのように太っていないが、舞台で激しく動きながらギターをかき鳴らし、歌うその姿は63歳そのものと全く納得が行く。去年辺りの演奏を見ると、その後ほとんど変化せずにそのまま突っ走って来たことがわかるが、残念ながら、声が枯れ気味の箇所がままある。激しい歌ならばそれも仕方がない。若い頃とは違うのだ。60を越えたニールは「アンクル」と呼ばれているようだが、筆者は自分の年齢を振り返って愕然としながら、「アンクル」を受け入れなければならないことを思う。その一方で、そのアンクル・ニールがまことに格好いいから嬉しくなる。63以降のニールは、歌を取り去ればどこにでもいるようなただの太ったおっさんだ。ところが、舞台では所狭しと動き回り、歌い、ギター・ソロもやる。それは内田裕也が言うロックンロールとは少し違うかもしれず、もっと図太く、年輪を感じさせる。熟練の職人が破綻を恐れずに自由に振る舞っているという感じで、またそこにはしたたかな計算も垣間見えるかのようだが、長年一本の道をたどって来た男の嘘のない生き方を目の当たりに見る思いがする。ニールがどれだけ稼ぎ、またどういう豪邸に住んでいるのか知らないが、おそらく当人もそのようなことはどうでもよく、舞台の上で演奏している時だけが真実と言わんばかりの迫力を撒き散らし、観客はただただそのあっぱれな態度とオーラに圧倒される。パール・ジャムがニールを尊敬したのはそういうところを感じたからだろう。つまり、ニールの音楽には時代を越えて有無を言わさない圧倒的な魅力がある。それはごく単純なもので、ロックとは何かを一瞬で悟らせる。そして、その信念が定まったのはいつ頃かと言えば、筆者は彼のアルバムを全部聴いていないのでよく知らないが、ひとつ思い当たることがある。TVで昔「ROCK‘IN IN THE FREE WORLD」のライヴ演奏を見た。痩せておかっぱ頭のニールが、63歳やそれ以降と同じように激しく歌いながらステージのあちこちを移動していて、久しぶりに見た彼の姿がフォークではなく、完全なロックを演奏していることにびっくりした。そのことを友人のFと酒の席で話題にすると、「今頃何を言っている」という顔をされ、ニールがフォークではなく、むしろロック・ミュージシャンとして認識されていることが随分前からであることがわかった。筆者が見た映像は、同曲が収められるアルバム『FREEDOM』が発売された1989年かその翌年くらいの撮影だろう。40代半ばで、元気溢れるのは当然だ。『FREEDOM』のジャケットは、ハーモニカを吹きながらアコースティック・ギターを奏でる昔の姿と同じで、その写真だけを見るとニールは相変わらずフォーク歌手とみなされるだろう。当時筆者が息子に買ってあげた中国の人民帽を被り、星の徽章が前面についている。ニールはそれを皮肉でそのような格好をしたかと言えばそうではないだろう。中国と違ってアメリカは「FREE」な世界だ。そうであるからロックも出来る。だが、「ROCK‘IN IN THE FREE WORLD」の題名にはもっと別のニュアンスを感じる。「ROCK」は「揺り動かす」「揺れる」で、単にロック演奏をし、それに合わせてみんなが体を揺すって踊るといった意味以上の思いが込められている。それはさておき、「ROCK‘IN IN …」のライヴ演奏を見て、ニールの健在さとそのストレートな表現にたちどころに魅せられたが、アルバムを買って聴くまでにはならなかった。それから数年後に『ミラーボール』を安価で見つけ、物は試しと買い、これが見事に的を射た。そして今なおたまに聴きたくなり、聴くたびに活力が湧く。
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 前述のように、『ミラーボール』級の迫力あるアルバムがほかにあるかと気になって数枚買ったが、全編ロックというものには巡り合えなかった。「ROCK‘IN IN …」は『ミラーボール』に収録してもおかしくないロック曲だが、それを言えば『ミラーボール』の原点は89年の『フリーダム』にある。面白いことに、同作では「ROCK‘IN IN …」のアコースティック・ヴァージョンも収められている。この二刀流は『ミラーボール』に収録される2曲にも言える。今日採り上げる「I‘M THE OCEAN」と同じメロディのごく短い曲「FALLEN ANGEL」が最後に収められていて、オルガンをバックに静かに歌われる。そこにニールの作曲方法が垣間見える。つまり、鍵盤楽器かギターで作曲し、それをひとりで演奏すればフォーク・ソングになり、ロック・バンドをしたがえるとロックになる。ニールの中ではそれは矛盾しておらず、静かなメロディがいつでも爆音のロックに変貌し得る。だが、激しいロック曲でも基本はひとりで無伴奏でも歌えるフォーク・ソング的な素朴さで、そのために曲はごく単純だ。本作もペンタトニックの曲が多そうで、その点もU2を思わせるが、単純なメロディを印象深くさせる腕前にニールの天才性があり、またその単純さゆえに、7分を越える本曲のような長大なロックではいわば念仏の執拗に同じメロディが繰り返されて、聴き手は恍惚の境地に至る。一遍上人の踊り念仏はたぶんニールの本曲に近いものであったように思う。本作の題名『ミラーボール』は、本作の歌詞はさておき、どの曲も踊りに最適で、大音量に身を委ねてほしいとの思いが込められているだろう。ここで話を少し変える。ニール・ヤングと言えば1972年の「孤独の旅路」の大ヒットが代表曲だ。筆者もシングル盤を持っていたが、いつの間にか手元にない。筆者はフォーク・ソングを好まず、ニール・ヤングもフォーク・シンガーとして認識していたので、特に好んで聴くことはなかった。60年代末期から70年代初頭の頃、洋楽ファンは誰でもクロスビー・スティルス・ナッシュやニール・ヤングを加えたCSN&Yの音楽をラジオなどで耳にしたはずだが、筆者は彼らの音楽をフォークというカテゴリーに括るにはロックっぽさがあると感じつつも、エレキ・ギターの大きな音が好きで、コーラスのうまさを聴かせるCSN&Yを積極的に聴く気にはなれなかった。そんなことで長年ニール・ヤングの音楽も聴かなったが、CSN&Yに参加したのは、ニールのロック色が期待されたからだろう。つまり、最初からニールは素朴な歌を歌いながら、アレンジでそれがどのようにもなることを知っていて、時代の流れに敏感に適応出来る才能を持っていた。それはひとつには、アルバムが売れなければ話にならないからで、商売上手と言える側面だ。ただし、誰もが日夜そう思っていても、時代の流れからいずれ取り残されて行く者が大半で、数十年もの間、人気を持続させることは難しい。そういう心配をニールも人並みにして来たはずだが、その一方で、人気は計算づくではどうにもならないことを知り、一種の破れかぶれに身を委ねるしかないとも思って来たのではないか。その計算のなさは年齢を重ねるほどに顕著になる。体形が崩れ、また寿命が短いことを知ると、人間は最も重要なこと以外、あまりかまわなくなる。かまうことと言えば、これだけは譲れないという最後の砦で、ニールの場合は当然音楽家としていい曲を書き、自ら歌い、演奏することだ。そのほかはどうでもいいという境地に本当に至っているのか、そう思わせることに成功しているだけなのかは知らないが、63歳の筆者には63以降のニールの舞台での演奏は大絶賛したくなる格好よさを感じる。人間や真実を感じるからで、おおげさに言えば、ロックがニールをよくぞここまで動かして来たと思う。
 筆者はニールを表現者、創造者として見ているのであって、同じ63歳やそれ以上のおっさんのすべてが格好いいとは思わない。むしろ無様な人が多い。これは女でも同じだ。それは当然ながら、ごく普通の6、70代もまたそれなりにどこかひとつくらいはいいところがあると思っている。ニールの格好よさはステージでの姿であって、たぶんそれ以外ではそこらにいる太ったおっさんと同じで、冴えない話などもしているだろう。私生活まで格好いいと想像する必要はない。アメリカで活躍するミュージシャンと言えば、むしろ麻薬や酒、女に溺れたような破滅的な人生をたどる場合が多く、またそういう人生であるからこそ、花火のように華麗な作品を得ることが出来るとも言える。世間では音楽家や画家、俳優といった職業は堅気の人が携わるものではなく、「遊び人」と捉える向きがある。これは古今東西同じで、ニールも「遊び人」「極道」といったイメージがふさわしい。これは最近書いたと思うが、家内は筆者がまともに働いた期間がごく短い「遊び人」であることにようやく気づき、そのように言われると確かにそのとおりで、よくぞこれまで低収入で生き延びて来たことに感心するが、そういう筆者にも生きている間にこれだけはしておきたいといった望み、あるいは覚悟と言ってもいいが、それはある。そのためには膨大な時間と真剣さをそれこそ給料取り以上に費やさねばならず、「遊び」ではあるが、これ以上はない「真面目」がなくてはとても実現不可能だ。そうであるから、それ以外のことはほとんど出鱈目で、自由になる金がたくさんあれば、自堕落なことに嵌るかもしれない。そういうことを若い頃のニールは知っていて、それで「孤独の旅路」を作曲したのではないか。これは「金の心」を掘り探しながら老いて行くことを歌い、ニールの人生は真っ直ぐにその曲から現在へとつながっている。「アンクル・ニール」と呼ばれる年齢に達し、なお「金の心」を求めているはずで、またステージでの姿を見ていると、人前で歌っている間はそれを掘り当てていることがわかる。さて、今日の曲だ。先ほど雨の中を家内と「風風の湯」に行って来た。筆者を含めて3,4人という客の少なさで貸し切り同然がよかった。ひとりで露天風呂に浮かんでいると、自分が太洋になった気分だ。それでいて、体は揺れるし、また心もそれにつれてさまざまに漂う。「I‘M THE OCEAN」の歌詞がそのようなことについてのものかと言えば、歌詞はわかりにくい。今初めて歌詞をまともに見ているが、逐語訳を書いておく。推敲しないので、間違いもあるかもしれない。この長い詩をニールは95年のパール・ジャムとのツアーで暗記して歌ったから、一行ずつに思いが込められているだろう。ただの騒々しくて単純なメロディの繰り返しのロックに過ぎないかと言えば、歌詞と曲が釣り合っていると考えるべきだろう。ニールは叫ばず、淡々と歌うが、それが終始大爆音の演奏に乗ると、まさに歌詞にあるように空や海に漂うイメージが浮かぶ。
 「ぼくは事故だ。速く運転し過ぎて止まれなかったけれど、それで瞬間を持続させる。ぼくは眠りの中でもがいている。それは悪いことではないけれど、いつもそうしているのではない。ぼくの年齢の人たちはぼくのようには振る舞わない。彼らはぼくが君と逃げている間にどこかへ行く。ぼくは友を得、子どもも得た。彼女の愛を得て、彼女もぼくの愛を得た。君の言うことは聞こえないけれど、感じることは出来る。君のことが見えないけれど、ぼくは自分の道を見ている。今ぼくは浮かんでいる。地面に縛りつけられていないからだ。ぼくの言葉はこもった響きを残すようだ。長い飛行機の、夜の乗り手をごらん、機長をごらん、素敵な月夜に勇敢な者をごらん。誰が彼らを愛する? 彼らが別の人生を過ごす時に。 誰が彼らを抱く? 彼らがナイフに怯える時に。ヴォイスメールの番号が、古いコンピュータの画面に。恋人たちの列が夢の中に永遠に居並び、サイレンの叫びは、街から遠く離れた古いボートへと湾にこだまし続ける。ホームレスの英雄たちは彼らの寝床の通りへと歩き、何者でもない人たちは、茶色に変わって行く原っぱの上で、灯りの下で野球やフットボールを楽しみ、トランプをして遊ぶ。ぼくたちは毎晩彼らを眺める。気晴らしが必要だ。ロマンスと蝋燭の灯、時たまの暴力やエンタテインメントの夜、証も必要だ。愛の暴力的な罪を目撃する熟練した人の証明もほしい。ぼくは家に着いてニュースを見ることにとても疲れた。カーテンを引き、ひとりでベッドに倒れ込み、夢を見始めた。もう一度乗り手を戸口で見た。そこで彼女は立って彼を見つめていた。彼を見つめていた。ぼくはいないよ。ぼくは君が夢見る麻薬だ。ぼくは優れた飛行機乗りだ。ぼくは極上の短剣だ。間違った航路に、流れの逆らって曲がろうとしている。ぼくは太洋だ。ぼくは海面下で大きく逆巻く。ぼくは太洋だ…」。最後は繰り返しが長く続けられるが、「太洋の下で巨大に逆巻く」というところが実によい。要点はそこで、老いて行くことを実感しながら、表は平静かもしれないが、内面は鳴門の渦潮のように激しく揺れているということだ。アルバム最後の「FALLEN ANGEL」はこの曲とメロディが同じなので、歌詞も関係していると思うが、細かい文字を追うことに疲れた。それでもう夢の太洋に浮かびたい。
by uuuzen | 2015-06-30 23:59 | ●思い出の曲、重いでっ♪
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