●「武田理沙~フランク・ザッパ・メドレー関西初演」 武田さんと筆者が10月26日、大阪の神山町のALWAYSにて対談します。
●和楽団ジャパン・マーベラス
笛と尺八以外はメロディを奏でる楽器はなく、太鼓を中心とする楽団の「ジャパン・マーベラス」の演奏を阪急嵐山駅前の喫茶店で4月20日の夜に見た。その催しを自治会のFさんから知った。



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4月中旬にチケットがあるので見ないかと誘われた。会場となる喫茶店は広い方だが、大きな太鼓が思い切り強く鳴らされると耳をつんざくばかりだろう。それに周囲に音が洩れて近所迷惑のような気がしたが、隣りはホテルと駐車場で、音が多少洩れても民家には届かない。Fさんは夫婦で見るつもりでチケットを2枚予約したのが、奥さんのつごうが悪いようで、それで筆者に声がかかった。ワン・ドリンクつきで3500円の入場料で、予約だけでいっぱいになり、かなりの客を断ったそうだ。ドリンクはFさんがコーヒーではなくビールに代えてくれたがその方がよい。このドリンクは中休みで提供され、演奏中は飲むことは出来なかった。中休みが30分ほどで、演奏は1時間20分ほどであったと思う。当日は夕方から雨が降ったが、自治会内での演奏なので、足元の悪さはあまり気にならなかった。喫茶店は夕方5時で営業をやめ、店内の準備を始めた。ちょうどその頃に前を通りがかったところ、椅子などが表に出されているのを見かけた。店内は中央に太い柱が2,3本あって、それが邪魔だが、どうしようもない。出入り口は西向きにあるが、店内の北側に太鼓が並べられ、客は全員北向きに鑑賞した。6時半に店内でFさんと待ち合わせた。開演30分前で、ぽつぽつと人がやって来る。筆者のためにFさんは先に席を確保してくれていて、それは特等席と言ってよいほどに中央の最前列であった。筆者の周辺に自治会の3役が集まって、まるで自治会が主催するように思えたが、演奏者を招いたのは喫茶店の主だ。「ジャパン・マーベラス」はもちろん「JAPAN MARVELOUS」だが、英語名であるところ、世界に打って出ようとの思いが伝わる。また、「日本の奇跡」ないし「日本の驚き」という意味で、和太鼓の楽団であることがわからないが、「JAPAN」を代表するのが自分たちで、しかも演奏技術が「MARVELOUS」であるとの自信ゆえだろう。Fさんからもらったチラシは今年1月10日に京都府立文化芸術会館でのもので、一般は4500円になっている。喫茶店ではより間近に楽しめ、ドリンクがついて3500円であるから、これは特別サービスということか。今回は市内のホテルでの演奏があって、そのついでに喫茶店での演奏が実現したが、それは楽団のリーダーである西口勝という若者が個人的に喫茶店の主と親交があるためで、筆者は知らなかったが、去年10月、そして2年前にも演奏したらしく、今回は3度目だ。回を重ねるごとに地元に知られるようになり、南のテラス席を合わせて100人は入ったと思う。演奏は男4人、女2人、そして後半に見習いの男女が加わった。ひとりブラジル系の男性がいて、全員30代までだ。炭田で有名であった飯塚市の出身で、福岡を本拠地にしている。京都は第二の故郷であるとリーダーが発言していたので、京都での演奏は多いのだろう。Fさんからもらったチラシは「イギリス凱旋公演」と書かれ、「繋の道」という題名だ。今回はそのような題名はなかったが、イギリス公演については語られた。チラシもそのことについて詳しいが、簡単にまとめると、エディンバラ・フェスティバル・フリンジ公演での成功だ。これは毎年8月に4週間実施されで、世界各国より演劇、コメディ、音楽、ダンスなどのパフォーマーが集まる世界最大の芸術フェスティバルとのことだ。去年は3000を越えるパフォーマーが参加し、エディンバラの300ほどの会場で毎日公演が行なわれた。ジャパン・マーベラスはその中で最大規模の500席の劇場で演奏を行なったが、どのパフォーマーも街中でビラを配るから、いかに宣伝をして足を運んでもらうかがまず肝心だ。初日は予想を超える入場者数でその後口こみで評判が広がり、評価は星5個の最高を得た。BBCの番組にも出演し、イギリス全土で放送されたので、大成功というべきだろう。
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 中休みの後の後半のプログラムの始まりの前にリーダーが語ったところによれば、エディンバラ公演は1000万円の出費であったらしい。世界に打って出るには才能もさることながら、資金が文句を言う。どのようにかけ合ったのか、今年また同じフェスティバルに出演するそうだが、政府から渡航費のみは援助を受けることが出来たそうだ。そしてBBCでの取り上げも決まっているらしく、今はとにかく上昇気分の真っただ中であろう。楽団は見習いが何人いるのか知らないが、演奏はだいたい10人までで、これは和太鼓楽団としてはコンパクトな方ではないだろうか。笛や尺八の音を増幅するのにマイクなどの音響装置が必要だが、それは最小限で済む。太鼓の音はスピーカーを必要としないからで、それを言えば打楽器でも和太鼓の演奏はレコードやCDでは面白くないだろう。音の圧力を愉しむところに醍醐味があり、その点今回の喫茶店での演奏は音響効果など考えられていない空間ではあるが、音の迫力は充分過ぎるほどであった。音の大きさに動揺するあまり、寝つけないのではないかとの言葉があったが、筆者は大きな音でロックを聴くことに慣れているのでそういうことはなかった。また太鼓の音は耳が痛くなる高音ではない。チケットは白い紙に手書きしたもので、チラシやプログラムは用意されず、また大半の曲は題名が紹介されなかったので、おおまかな印象しか書けないが、最初はリーダーひとりが出入り口から太鼓を叩きながら黒田節を歌って入って来た。その次の曲は女性が篠笛で軽快なメロディを吹きながら全員が太鼓を叩く曲であったと思うが、演奏後に横文字の短い題名が紹介された。おそらく外国の曲ではないか。半音が効果的に奏でられる短調の曲で、祭り囃しを連想させたが、和太鼓楽団の伝統的なイメージはそれでかなり払拭された。筆者はジェスロ・タルの音楽を思ったが、エディンバラで演奏するからにはタルの音楽を研究した方がいいだろう。だが、おそらくタルの音楽は知らないだろう。というのは、同曲のような雰囲気の演奏はそれ限りで、後はもっぱら太鼓の協奏曲と言ってよかったからで、メロディはいわばおまけだ。タルで思い出したが、タルを長年率いて来ているイアン・アンダーソンは最初の来日時に尺八をレコード会社からもらった。笛の原点は骨と言われ、それは発掘からでも証明されて来たようだが、先ごろそれが間違いであることがわかったとのニュースがあった。骨でなければ竹であろう。篠笛や尺八は竹を使うので日本は独自の木管楽器を生んだことになるが、外国の曲を演奏するのであれば、平均律で調律しなければならないだろう。そうなれば日本独自の微妙な音階は捨てられる。ただし、ヨナ抜きの5音音階を守ればそれなりに伝統的な音楽に聞こえる。ジャパン・マーベラスが鳴らす篠笛のメロディはそれだ。先に書いた曲はヨナ抜きっぽくて、この楽団のオリジナルもしくは日本の作曲家が書いたかもしれないが、明らかに西洋を知っている人物が書いたメロディで、純日本的とは言えないものに思えた。それが悪いと言いたいのではない。鄙びた民謡的な曲ならば、「MARVELOUS」と自称し、また他者からもそう認められる演奏にはそぐわない。若さの爆裂を技術的な冴えで支えたものにすべきで、また和太鼓が中心であるから、メンバーたちの一致団結した演奏ぶりを見せるものになる。そしてその予想を裏切らない見事に練習の限りを尽くした演奏であった。何曲目であろうか、日本的なメロディを笛が奏でながら太鼓が連打される曲の最中、筆者は思わず落涙しそうになった。目の前にいる若いふたりの女性は逞しい体ではないのにそれ以上は頑張れないほどに力いっぱい太鼓を叩き、寸分の狂いもないほどにリズムを調和させていたが、そのことに感動したのではない。では日本の伝統のようなものをひしひしと感じたからかと言えばそうでもない。どう言えばいいか、目の前で全身を使っての音楽が奏でられているというその現実の臨場感に一瞬生の真実を見たと言えばいいかもしれない。それはごくごく微かなもので、こうして文字にしてしまうととても陳腐でまた別物になってしまう。また録音を聴いても駄目だ。その場に居合わせるという一回限りの燃焼で、音楽の本質はそこにある。どのような音楽でもそういうものであった。それがレコードの登場によって忘れられがちになった。いくらいいステレオで音楽を聴いても、それは生演奏とは別物だ。
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 和太鼓に関心はほとんどない筆者でも、70年代に鬼太鼓座、その後に鼓童が有名になったことは知っている。後者は前者から分かれた楽団で、どちらも佐渡で生まれたが、前者は伝統的な曲をもっぱらとし、後者は現代音楽作曲家の曲を演奏するなど、前衛的と言えばいいか、ともかく80年代には和太鼓の演奏の頂点はこれらの楽団によってきわめられた感がある。後者はかなりおおがかりな規模で、海外公演を重ねて評価を高めて来ているが、和太鼓の愛好家は一種特殊であるだろう。和太鼓でリズム感を競うゲーム機がゲーム・センターに登場したのはいつのことか知らないが、鬼太鼓座や鼓童の活躍がある程度関係しているのではないだろうか。ロックではドラムスがつきものだが、それはゲーム・センターでは大がかり過ぎる。リズム感を採点するには太鼓1個でよく、その理由でゲーム・センターに配置されるようになったと言えばそれまでだが、60年代のビートルズの登場以降、一方で日本の伝統楽器が見直され、鬼太鼓座が登場し、やがて世界で人気を得るには日本的なところだけにこだわらず、現代音楽的な複雑なリズムを和太鼓で奏でるという方向に進むのは当然でもある。そして、鼓童の登場から30数年経って、和太鼓に新世代が生まれて来るのも当然で、ジャパン・マーベラスは先達が築いた道を歩んでいると言ってよい。鼓童の演奏を知らない人は多いし、知ったところで現在の溌剌とした若者の演奏がいいと思う人は多いだろう。リズムが勝負であり、その複雑なものは一般人にはよくわからず、凝った現代音楽調の演奏ではかえって楽しめない。また、和太鼓は日本各地でさまざまに伝承され来て、今ではいくつもの流派があるだろうが、一般人はそういうことにはほとんど関心がない。今思い出したが、能登半島国定公園の特殊切手が日本海の岩の海岸で鬼の仮面を被って太鼓を叩く人物が図案になっていて、佐渡の和太鼓とは違いがあるのだろう。飯塚が和太鼓の古い歴史を持っているのかどうか知らないが、リーダーの西口勝氏はどこで学んだのだろう。日本中に和太鼓の師匠がいて、伝統的な奏法を伝えていると思うが、ジャパン・マーベラスは九州のみにこだわるのではなく、日本というくくりの中から世界に出ようとしている。世界を目指すにはそれでいいだろう。それに、10人までで演奏するコンパクトさは海外公演には強みになる。ロック・バンドのようなPAシステムは不要で、演奏の頻度を増加させやすい。そのことは今回の喫茶店での演奏にも表われている。先に引用したエディンバラ公演を紹介する文章に、公演を見た人のレビューが陰陽されていて、その中にこういうのがある。「フリンジでは、彼らのようなショーはよく目にするが、こんなに心を幸せにするショーは初めてだ!!」。これはよく言い当てている。和太鼓の演奏がエディンバラでは珍しくないのかもしれないが、それは問題ではなく、ショーに徹しているという点が評価されている。これは芸術志向というより、娯楽志向で、大道芸人と同じ土俵で勝負する覚悟だ。それにはピエロ的な要素が必要だが、ジャパン。マーベラスはちゃんとそのことを忘れておらず、ちょっとしたパントマイムの仕草で観客の笑いを誘う。つまり、ショーとしての起伏を計算していて、全体にとにかく明るい。和太鼓と言えばどこか精神主義的な匂いがつきまとっているが、この楽団はそれを忘れていないものに、それのみで人々を楽しませることが出来ないことを知っている。ザッパのドラマーであったテリー・ボジオはドラムスを叩くことが大地と一緒になっている感動を味わうことが出来るといったような意味のことを発言していたが、それはジャパン・マーベラスも同じはずで、そのことは間近に演奏を見ればただちに理解出来る。今日の4枚の写真は撮影順で、最後は公演終了後に出入り口の両脇で客を見送ってくれた様子だ。
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by uuuzen | 2015-05-03 23:59 | ●その他の映画など | Comments(0)


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