●「武田理沙~フランク・ザッパ・メドレー関西初演」 武田さんと筆者が10月26日、大阪の神山町のALWAYSにて対談します。
●「THE BLACKSMITH」
農牛乳」という銘柄が一番安いようで、今日は家内がスーパーのトモイチでそれを手に取って篭に入れた。1リットルで160円だ。



筆者はあまり牛乳を飲まないが、家内はカルシウムの補給が出来ると信じていてよく買っている。最も安い牛乳では味が薄く、カルシウムもほとんど含まれていないのではないか。それを補給するには毎日数リットル飲まねばならないと思うが、1リットルを数日に分けて飲むので、全くの気休めだ。一方、牛乳を大人が飲むと健康によくないとの研究結果が、アメリカであったと思うが、去年かに発表され、牛乳の評判は下がり続けているのではないだろうか。日本は欧米より乳製品を食べないが、牛乳に関してはどうか。またその価格はどれほど差があるのだろう。そう思って先ほど少し調べると、イギリスは日本と同じで、牛を放牧して搾乳する酪農家は西部に多少残っているが、東部はもっと効率的に乳を搾り、安価に供給することを強いられている。牛は放牧すると20歳まで生きるのに、牛舎に身動き出来ないほど大量に閉じ込め、病気と栄養を管理し、可能な限り多くの乳を搾ろうとすると、6歳が寿命だそうだ。自然に反して生きると寿命は3分の1になる。そのことを動物愛護協会が文句を言うので、牛乳を工場的に大量生産する方法は肩身が狭いらしい。人々が少しでも安価な牛乳を求めるし、そのしわ寄せは酪農家、そして牛に行く。ジュースに比べて牛乳は安いと思うが、イギリスでは同じ量では3分の1の価格で、1リットル100円だそうだ。日本と同じように薄い牛乳を飲んでいるのだろう。さて、家内が「酪農牛乳」と印刷されたパックを手に取った時、今日の投稿は最初の文字は「酪」が使えると思った。先ほど確認すると、やはりまだ使ったことがなかった。それで、「酪農」から初めて、今日取り上げる「ザ・グラックスミス」(鍛冶屋)と題するイギリスの伝承曲を演奏するSTEELEYE SPAN(スティーライ・スパン)にどうつなげようかと考えながら書いている。酪農は牧歌を連想させ、スティーライの演奏を思い起こさせると言えば、かなりこじつけだが、的が外れているのでもない。彼らの曲を取り上げるのであれば、この「鍛冶屋」と決めていたが、ずっと忘れていた。それを思い出したのは一昨日、ザッパとビーフハートがラジオ番組に登場した様子をYOUTUBEで聴いたことによる。その番組の大半は80年代に海賊版となって、筆者はそれを聴いていたが、改めて全編を聴くと、ザッパもビーフハートもえらく若く、またふたりともこの世を去ったことを思い、涙が出そうになった。そのラジオ番組は1976年の放送と思うが、もう40年も前ではないか。ふたりが若いのはあたりまえだ。それはさておき、ビーフハートの歌声を聴きながら、急にスティーライの音楽を思い出した。不思議なことのようだが、筆者にとってはスティーライの初期のアルバムのいくらかの曲はビーフハートの音楽のようで、その記憶が蘇ったのだ。スティーライの演奏がビーフハートのバンドとそれと似ていると書くと、きっと両者の音楽を知っている人からは笑われるが、筆者にとっては似ているのだ。先のラジオ番組に落涙しそうになったのは、ビーフハートの声から、彼の存在がいかにも悲しみを帯びていると感じたからだ。それもビーフハートの曲をよく知る人から言わせるととんちんかんな意見と思われるだろうが、筆者はビーフハートのアルバム『ブルージーンズ・アンド・ムーンビームズ』が案外好きで、そこにビーフハートの飾らない姿、心が滲み出ていると思う。ビーフハートのアルバムとしては駄作と思われているが、それはビーフハートの一面しか見ようとしないことだ。人間は強がっていても、その裏に脆い、悲しい顔を隠している。ビーフハートがそうだと言いたいのでない。彼はそういうことを知っていたということだ。
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 今日取り上げる「鍛冶屋」を聴いたのは、1991年だ。MSIから出たスティーライの2作目のアルバム『PLEASE TO SEE THE KING』(どうか、王を見るために)を買った。もちろんCDで、最初に収められている。それを聴いた途端、スティーライの本質を把握した。LPが発売されたのは1971年で、20年後となる。彼らの名前は70年代前半から知っていたが、LP時代はLPを買うのは何よりも重要な財力が必要だ。今で言えばLP1枚がCD10枚ほどに相当する価格で、バンド名は知っているが、演奏は聴いたことがないというバンドが少なくなかった。またスティーライのアルバムは日本盤が出たのだろうか。出たとしてもあまり売れなかったであろう。地味な曲で地味な演奏では無理もない。ほかに華々しいバンドや曲は無数にある。『PLEASE TO SEE THE KING』にびっくりた筆者はその後アルバムを4作買った。どれもSHANACHIEレーベルで、『PARCEL OF ROGUES』を聴いた時にはほとんどジェスロ・タルの曲かと思い、そこでそれ以上アルバムを買わなかった。『PARCEL OF ROGUES』は1973年の発売で、タルが『アクアラング』を出した年だ。また、先ほど調べると、タルはクリサリス・レーベルから当時アルバムを発売していて、スティーライも1972年の3枚目『BELOW THE SALT』から同レーベルに移籍していて、タルとは近くなり、タルのライヴの前座を務め、また6枚目『NOW WE ARE SIX』はタルのリーダーのイアン・アンダーソンがプロデュースした。筆者が所有するアルバムは、2,3,4,5、そして7作目だが、『PARCEL OF ROGUES』をタル風と感じたことは正しく、また同作はスティーライの当時彼らのアルバムでは最も売れた。この題名はどう訳せばいいだろう。「茶目っ気の側面」では硬いので、「お茶目なところ」とでも言えばいいか。つまり、題名が洒落ていて、それはデビュー当時の暗くて悲しい伝承音楽からより明るい、商業的な方向を目指したもので、そのことでスティーライはメンバーが脱退するが、創作者が同じ状態に留まっておれないと考えるのは当然だ。アルバムごとに雰囲気を斬新なものにして行くという覚悟は特に70年代前半にはどのようなミュージシャンにもあった。スティーライのアルバムは2作目が破格の代表作と見る向きがあるが、筆者はよくはわからないが、「鍛冶屋」以外はほとんど聴かない。これはトラディショナルな曲は「鍛冶屋」で充分で、それ1曲でデビュー当時のスティーライがやろうとしたことがわかる。この曲は1作目の2曲目が最初の録音で、そこではドラムスの音が入っている。それが2作目では冒頭曲となり、またドラムスがなくなり、より素朴で強烈な味わいに変化している。雰囲気で言えばより暗くなり、その暗さゆえの迫力で光っている。筆者は60年代からタルの音楽を聴いているが、スティーライのアルバムを91に聴いた時、何とも田舎っぽく、そして牧歌的かと思った。デビュー当時メンバーは1軒家に同居したというが、まるでヒッピーで、田舎志向の音楽というのもそこから理解出来る気がする。田舎と言えば、フォーク・ソングをイメージするが、スティーライの初期はエレキ・ギターを用いるフォークで、その点はボブ・ディランを持ち出すまでもなく、70年代初期では自然なことであった。そして、フォーク・ファンからすれば、エレキ・ギターを使うことは、もはやフォークとは言えず、ロックとみなす向きがあったが、そういうスティーライが73年の第5作目でタル風の演奏をするのは変節とは言えず、1,2作目からある程度予期されたことだ。そして『PARCEL OF ROGUES』が当時最もよく売れたのは、人々が暗さよりも明るさを求めた証拠で、スティーライは時代に素直に反応しただけと言ってよい。ザッパも73年にはそれまでとはがらりと違った明るくて活力に溢れたアルバムを作るが、言い換えれば時代はよりロック色を強くしていた。それに、暗い曲を演奏するスティーライにも「茶目っ気」の側面があったのかという驚きで、2作目の同工異曲作をその後も作っていたならば、彼らの名声は続かなかったのではないか。
 感心することは彼らが今も健在であることだ。2011年には『NOW WE ARE SIX』をそのままライヴ演奏したアルバム『NOW WE ARE SIX AGAIN』を発売しているが、これはタルが『アクアラング』を同様にライヴで再録音したことに倣ったもので、タルの影響と大きさを感じさせる。だが、タルのような演奏をするのであれば、スティーライは二番煎じバンドであり、存在価値がないと考える人はいる。筆者がアルバムを5点買って以降興味をなくしたのも同じ理由と言えないこともない。それでいかにも暗い2作目が奇跡と持ち上げられるのだろう。今日はステレオで同アルバムを通して聴いたところ、家内は「何、それ?」ときょとんとしていた。いかにも古さを感じたようで、71年の作品と言うと、なるほどとうなずいた。筆者はもう数年前の時代を連想する。65年の録音と言われればなるほどと思うだろう。それくらいに昭和レトロの雰囲気、つまり暗さがある。それはもちろん悲しい歌声とちゃちとも言える伴奏のためで、またドラムスが入っていないので、厳かではあるが、葬送の曲とのイメージを誰しも抱くだろう。そういう曲は1年に一度聴くのはいいが、普段聴いていると病気になりそうだ。ただし、筆者が一昨日急に思い出したのは、ビーフハートの激しい歌声の奥に悲しみを感じたからで、それは花の季節であるからだと気づく。色鮮やかないろんな花が咲く季節のどこが悲しいのかと言われそうだが、5月の明るい陽射しは気分がいい反面、悲しみを感じる。花は咲いてはすぐに散り、人生の無常を感じるからかもしれない。ビーフハートの曲からスティーライを連想するのは、もっと直接的な理由もある。それはたとえば「鍛冶屋」はエレキ・ギターが2本使われているが、そのいかにも60年代半ば風のちゃちな響きは、ビーフハートの60年代のアルバム、たとえば『TROUT MASK REPLICA』の収録曲のある部分を思い起こさせる。同じ時代であるから当然と言えるが、そのほかに共通点があるかもしれない。それは心、考えだ。ビーフハートは案外素朴で伝承的なものが好きであったはずで、それが極度であったために、万人には理解され得ない表現になった。その点、スティーライはイギリスの古い歌を掘り起こし、それを自分たちの、そして時代に見合った表現にしたかった。今でも彼らはそういった作曲者不明の曲をアルバムごとに多少取り上げているそうだが、それではビジネスの世界では生き残れないし、また創作家として湧き出る意欲はオリジナル曲を書かせる。伝承曲が牧歌的で、放牧の牛から絞られる濃い乳とすれば、タルを思わせるような曲は都会人が求める安価な工業生産の薄い牛乳かもしれないが、そのどちらもスティーライが濃厚に持っているところが今なお人気があるゆえんではないか。そして、そういう田舎と都市の対立は60年代からより歴然として来て、前者はますます影が薄くなって日本でもフォークはほとんど聴かれないが、後者の殺伐さもより知られて来て、前者への憧れが今後もなくなることはない。そういう考えをスティーライがイギリスでいち早く感じ取っていたことはイギリス全体の誇りとなるだろう。
 「鍛冶屋」の歌詞は、逞しい鍛冶屋が娘に言い寄って娘が好きであった男性から体を奪い取ったことを、娘が怨むという内容で、何よりまず女性の歌声が印象的だ。これはMADDY PRIORで、セカンド・ネームはプリオーかプライオーかどう発音するのだろう。スティーライはタルと同じようにメンバーが頻繫に入れ代わって来ているが、デビューから現在まで在籍するのはマディで、彼女の声はこのバンドに欠かせないものとなっている。声の衰えはほとんどないようで、清らかさは相変わらずだ。筆者は女性の歌声は好きで、マディの声はスティーライの演奏にはとてもよく似合っていると思う。「鍛冶屋」で印象的なのは彼女の声以外に、男性ヴォーカルやエレキ・ギター、ベース、それにヴァイオリンのすべてが無駄のない演奏をしている。よけいな飾りを削ぎ落しているので、心に染み入るというのは、たとえばジョン・レノンの1970年のアルバム『ジョンの魂』で、スティーライはそれに感化されたところがあるのではないだろうか。それはさておき、「鍛冶屋」はヴァイオリンが入ってすぐに聴き手は気分の絶頂を迎える。ヴァイオリンはフォーク・ソングではフィドルと言われるが、スティーライでもそう言うのがいいだろう。U2の「SUNDAY BLOODY SUNDAY」にもヴァイオリンがとても印象的に使われたが、暗くて劇的な感動を与えるのに効果的で、スティーライの音楽には欠かせない楽器かもしれない。初期から2013年までピーター・ナイトが担当し続け、彼はマディより通算在籍期間が長いかもしれない。タルと同じように現在も活動を続けるのは稀有な存在で、それは固定ファンがいるからとも言える。スティーライの音楽を「暗い」と何度も書いたが、それは「鍛冶屋」に対してであって、また暗いながら、エレキ・ギターなどのロック的な伴奏は娘の溢れる恨みを形容するようで、活力と言えるものがみなぎる。音楽はすべてそれがあると言ってよい。またスティーライのアルバムにはタルと同じように、ジグやリールのリズミカルなダンス曲がよく含まれ、「明るい」印象もある。だが、タルに比べると「暗い」と言えるし、それだけ牧歌的、田舎的、回顧的だろう。そうそう、ジェスロ・タルというバンド名はイギリスの18世紀であったか、実在した農学者の名前だが、農機具を開発したと思う。タルの音楽はその人物にふさわしいようにこれまで演奏されて来た。では、STEELEYE SPANはどういう意味かと言えば、先ほど調べて知った。これはJOHN “STEELEYE” SPANという男性の名前で、「HORKSTOW GRANGE」という伝承曲に登場し、実在の人物かどうかはわからないらしい。「STEELEYE」は「鉄眼」で、日本の黄檗宗の鉄眼和尚を思い出せる。スティーライの音楽を禅的と言えばまた笑われるが、「鍛冶屋」を聴いていると、人生が何であるかを悟れるような瞬間がある。鍛冶屋はこの曲でえらく迷惑しているように思うが、イギリスではどの村にも一軒はある鍛冶屋という職業は賤しいものとされたのだろうか。調べもせずに薄くて安い牛乳のような文章を書いている。
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by uuuzen | 2015-04-30 23:59 | ●思い出の曲、重いでっ♪ | Comments(0)


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