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●阪急夙川駅から阪神香櫨園駅までの道のり
せっかく電車に乗って他府県に展覧会を観に出かけるからには最低でも2か所は訪れたい。それで昨日は3つは観ようと決めていたが、雨が近そんな曇天でしかも出かけるのが正午頃になり、最初に観ようと決めていた西宮市大谷記念美術館で『生誕100年 今竹七郎展』を観た後はもう3時半になっていた。



その後、豊中の西福寺を訪れたが、そのことは明日書く。西宮市大谷記念美術館を訪れるのは久しぶりだ。ほとんど10年近く、いや7、8年だろうか、前回に訪れた展覧会を思い出せない。1980年代にはこの美術館にはよく訪れた。その後阪神大震災の1年ほど前だったと思うが、同じ敷地内で庭はほぼそのままにして、建物が立派なものにすっかり建て代えられた。それからは1、2度しか訪れていない。今の威容に比べると、以前は建て増しされたような木造の建物が鉄筋コンクリートの建物とわたり廊下でつながっていて、やや雑然とした雰囲気があった。今こうして書いていて、その昔日の館内の空気を生々しく思い返し、懐かしくもある。新しい建物になってから、この美術館は企画展が急速に面白くなくなった気がする。京阪神にはほかにも美術館がたくさんあるから、そうしたところに株を奪われたような感じがする。他館と共同で開催する巡回展に重きを置くのではなく、地元に根ざした作家を地道に紹介して行こうという姿勢なのだろうが、なかなか食指の動く展覧会が開かれない。そのために訪れなくなったと言ってよい。館長が変わって展覧会の方針が変わったのか、あるいは震災によって勢いを失ったのかは知らないが、せっかくの閑静な住宅地に囲まれたいい場所にあるから、もっと人が集まる展覧会を積極的に開催してほしい。
 だが、訪れて感心したが、なかなか盛況であった。祝日とすれば当然かもしれない。玄関を入ってすぐ正面のホールで雅楽の演奏が行なわれており、和楽器の使用法を説明するために観客に直接ひちりきを吹かせるなど、サーヴィスがとてもよかった。企画展とは別にこうした催しによって人々を集めようとしているところに、館独自の集客の努力がうかがえる。また、雅楽演奏のすぐそばで青年からアンケート用紙を手わたされた。それはこの館からさほど遠くない白鶴酒造だったか、その博物館や、存続で問題になっている芦屋の美術館を回るシャトル・バスがあれば利用しますかという内容で、西宮に散在する文化施設同士が協力し合って人集めをしようという意気込みが感じられるものであった。白鶴酒造の博物館は京都伏見にある黄桜酒造のちょっとした見学施設、あるいは伊丹の白雪にある同様の施設と同じようなものだと思うが、まだ訪れたことはない。だが、大谷記念美術館まで歩いて行くために阪急の夙川駅を降り立った時、プラットホームにその白鶴酒造博物館を宣伝する大きな看板があった。それをしばし眺めたところ、美術館から東南に2キロほどたったか、歩いて行けない距離ではないことがわかった。時間があれば訪れたく、美術館に入って最初の展示室の隅に座っている若い女性の係員に白鶴酒造博物館への道のりを訊ねると、きょとんとして埒が開かなかった。きっと大阪か須磨あたりから働きに来ていて、近辺の地理には詳しくなかったのであろう。それでもこれは多少問題があるように思う。地域の各文化施設が手をつなごうというのであれば、係員全員が他館の情報をある程度知っておくべきだろう。美術館前には20名ほどの団体客と、それを仕切る学生っぽい連中が数人いて、どうやらシャトル・バスが来るらしく、祝日でもあったので例外的に昨日は運行していたのかもしれない。
 話が前後するが、この大谷記念美術館に行くには阪神電車の香櫨園駅が最も便利だ。そこからならば徒歩10分ほどの距離にある。だが、阪神は梅田が始発で、京都から出かける場合は大阪で乗り換える必要がある。そのために阪急の夙川駅で降りて夙川沿いに南に進み、JRの線路を越えて国道2号線にぶつかるまで歩き、そこをわたってオアシス・ロードと名づけられた木立の多い川沿いの道をさらに南下して香櫨園駅まで行く。ゆっくり歩いて20分ほどだろうか。そこそこの距離があるが、なかなかいい道なので退屈はしない。オアシス・ロードとはハイカラな名前だが、実際はそれにそぐわない古風な感じがある。昼間でも鬱蒼としているほど樹木が多い。だが、久しぶりに歩いて気がついたが古木がかなりなくなっていて、白けた青空がところどころに覗いていた。このことは嵐山界隈も全く同じ、いやもっと変貌が激しく、20年前に比較するとおおげさでなくて樹木は半減している。樹齢100年を越えるような木はもう皆無に近い。オアシス・ロードは昔で言う阪神国道からすぐに始まって香櫨園駅まで続くが、阪急夙川駅から阪神国道までもそこそこ同じように松や桜の木が川沿いにずっと並び、そこそこ似た雰囲気をかもしている。それでも横側にずっと自動車道が走っているため、デートで気分よく歩けるといった味わいには欠ける。昨日歩きながらずっと思い出していたことは、谷崎潤一郎の『細雪』での描写だ。映画『細雪』を観た後、早速本を入手して今読んでいる最中なのだが、4人姉妹の末っ子の妙子が大阪のぼんぼんと夙川駅から香櫨園駅まで歩いているところを、阪神国道のバス停で三女の雪子に目撃される場面が出て来た。それは小説の中では戦争間近な時代の話であるが、オアシス・ロードは戦前からほとんど変わっていないと考えてよい。阪神国道、つまり国道2号線も道路幅や起伏状態は変わっておらず、ただ車だけが著しく増えた。そんな風にして戦前と現在がどのように変わったか、あるいは変わっていないかを想像しながら歩いたが、10年前と比べても随分変わったことを知った。それはJRの線路をくぐる時、線路基礎の斜面が派手な朱色に塗った鉄骨とコンクリートで補強され、その格好があまりに生々しく、また白々しいことに違和感を覚えた。年月が経てばそれも風景に馴染むのか知れないが、地震以降さまざまな箇所の補強が喧伝され、この線路基礎の補強も強度計算上から必要とみなされたものかもしれない。またJRをくぐる道路の際に記されていたが、それは戦後すぐに出来た道で、戦中は踏切で線路を横切っていたことがわかる。となると、谷崎潤一郎もかつて歩いたはずの、夙川から香櫨園までの南北1キロほどの道はJRをくぐるのではなしに、踏切をわたって阪神国道へ向かった。どうでもいいような話だが、夙川や香櫨園辺りの雰囲気は大阪や京都にはない独特のもので、それを小説で読むとまた格別の面白さがある。しかも現在ではなく、かなり様子が違った半世紀以上前の光景であるのでなおさらだ。で、10年前はさほどでもなかったが、今はオアシス・ロードから見下ろせる東側にはびっしりはマンションなどが建ってしまい、それこそ住民にとってはこの並木道はオアシスなのであろう。香櫨園駅に来てびっくりしたことがある。高架になっていたからだ。
 大谷記念美術館近くには食べる場所がないことを知っていたので、香櫨園駅辺りで昼食をすることになった。しかし、適当な店は閉まっているし、仕方ないかと思ってそのまま駅を過ぎて美術館の方向に歩いて行くと、小さなカフェ・バーがあった。それこそその店を越えるともう食事出来る店どころか店舗が1軒もないので、そこに入ることにした。ちょうど小雨も降って来ていたので、雨宿りにもなると考えた。新しい店で出来てまだ2、3年だろう。小さなマンションの1階にあり、名前はBEANSで、カリフォルニアのサーファーに向くような雰囲気だ。出入口横のテラスにもテーブルがひとつふたつあった。豆のように小さい店なのか、あるいは豆々しく働くの意味なのか、あるいは店内に入ってすぐにわかったが、その店がいろいろと扱っている袋入りの酒のつまみの豆なのかはわからない。10人ほど客がいたが、それぐらいならすぐに食べられるだろうと思った。注文時に中年の眼鏡をかけたウェイトレスが、「少し遅れますがいいですか」と言った時、まさか30分ほども待たされるとは。だが、『店長とウェイトレスは夫婦なのかな』などと思いながら、また背後側の壁一面に100程度ほどぶら下げられている珍味のビニール袋の展示を見に行ったりして退屈せずに待った。それにしても遅い。「45分も待ってるのですよ!」と怒鳴り、そのまま出て行ったふたり連れの客があって、40歳くらいの愛想のよい店長は手を休めてわざわざその人たちの前に行き、ぺこぺこと謝っていた。そのすぐ後、「このスパゲティどうしよう」と店長はウェイトレスに言っていたが、もう2分ほど待てば食べられたのに、あの客はあれから一体どこで食べ物にありつけるのだろう。メニューはカレーやスパゲティ、ピラフ程度であるから、10数人の注文程度ならばひとりで充分にてきぱきとさばけると思うが、店長もウェイトレスもまるでこまねずみのようにちょこまかと動きつつも、どういうわけかなかなか注文したものが回って来なかった。カウンターに座っていたので店長の調理の様子はずっと丸見えだった。ウェイトレスも髪振り乱し、汗をかきながら店内を走り回って息切れをしていたほどだ。ようやくカレー・ライスにありつけて、またたく間に平らげたが、その時にもう今日は展覧会を3つ観ることは出来ないと悟った。
 横に年配の男性ふたりがいて、とっくに食べ終わって談笑していた。そのひとりが急に「コーヒーまだか」と言った時には思わず口に含んだ飯を吹き出しそうになった。店長はフライパンを振りながら、その合間にコーヒーを立てようとしていたのに、途中でほかのことに気を取られ、10数分間そのままになっていたのだ。その一方でグレープフルーツを切って絞り、ジュースを作ることも途中になっていた。あまりにもやることが多くて、みんな中途半端になっていたのだ。それでいてひとりあたりせいぜい600円か700円しか使わないので、儲かるのだろうかと心配になった。祝日であったので予想外に客が訪れたのであろう。カレーは本格的でうまかったし、値段の割りに料理に手を抜いていないことはよくわかった。カウンターの前には色とりどりのカクテル用のリキュール類が並んでいたが、あまり種類は多くないし、実際メニューを見ると凝ったカクテルはない。そうしたものも注文によっては作ってくれるのだろうが、夜に香櫨園駅あたりをうろつくことは今後もないので、その店でカクテルを飲むことはないだろう。ウェイトレスに香櫨園駅がいつ高架になったのかを訊くと、2年も経っていないと言う。「以前にこのあたりに住んでおられらたのですか」「いいえ、10年ぶりくらいに来たんですが、高架になって驚きました。この店もまだ新しいですよね。昔はここは店なんか何もなかった…」。最後の言葉には答えずにまたウェイトレスは一目散に他の場所に移動していた。あちこち見ると、食べ終わって出て行った人の器類はみんなそのままであった。片づける暇もないのだ。美術館を見終わってまたこの店の前を通ると、ほとんど店内には客はおらず、店長とウェイトレスが楽しそうに話し合っているのが見えた。やはり夫婦かもしれない。これならば先に展覧会を観て後で食事すれば時間がうんと取れたのに、最も忙しい時に入ってしまった。店の名前と同じように、こまめに働く様子が見ていて気持ちよかった。また今度大谷記念美術館に行けばこの店に入りたい。帰りはほとんど干上がった夙川の川面をわたり、2羽ほど泳いでいた鴨を写真に撮った。デジカメではないので、今日はこのブログにアップすることは出来ない。さて、今日は今竹七郎展について書くつもりが、前置きが長くなってしまった。また明日にでも。
●阪急夙川駅から阪神香櫨園駅までの道のり_d0053294_01062521.jpg
(追記:夙川の川面写真、上部に見えるのは阪神香櫨園駅)
by uuuzen | 2005-11-04 23:31 | ●新・嵐山だより
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