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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●斎宮行列、その1
えられた時間というものがあって、それを寿命と言ったりするが、仙厓和尚が死に間際に言ったとされる「死にとうない」には誰しも同意出来るはずで、死の脅威が迫るとなおさら生きていたいと思う。だが、人それぞれで、もう充分生きたのでいつ死んでも悔いはないと言う人もある。



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それはだいたい平均寿命に照らし合わせてのことで、平均を越えるとまあいいかと納得する。今日は家内の誕生日だ。息子を呼んで家族3人でどこかへ食事しに行くつもりもあったが、家内の肺に異常が見つかり、病院で検査を受けるなど、気分的に慌ただしい。手術が終わって一息ついた時がよい。家内は全く平気な顔をしていて、筆者の方がおどおどしているかもしれない。家内の母は70半ばで肝臓癌で死んだので、母親似の家内も昔から肝臓がよくなく、同じ病気になる心配をしていたが、まさか肺で、しかも60歳の時点で発見されるとは運命はわからないものだ。家内に与えられた寿命が何歳かわからないが、家内が言うには、医学が発達して昔ならわからなかった初期の癌が発見され、手術を受けられるようになったことはよしあしとのことだ。知れば知ったでそのことが気になるから、寿命が多少伸びても楽しくない。知らないままに手遅れになって死んだ方が、死ぬ間際まで死の恐怖を考えずに済む。だがこの考えは大半の人に否定されるだろう。健康であっても死の恐怖がないとは言えず、放置すれば2,3年で確実に死ぬ病気が予めわかるのであれば、その危険性を取り除こうとするのが人情で、大多数の人がそう考えるので医学がそのように発達して来た。それにしても60過ぎまで生きると、それなりに死に別れた人が多く、時々そうした人のことを思い出す。夢に出て来ることはめったにないが、最近家内は母親のことをよく夢に見るらしい。筆者は何気ない時にそうした人のことを思い出し、「ああ接しておけばよかったな」と多少悔いることがある。今日思い出したのはわが家に一度だけ訪れたKさんで、その何年か後に筆者もその人の家に一度だけ訪れた。高槻にお住まいで、その気になれば何度でも訪問出来たが、なかなかそういう機会はないものだ。Kさんは晩年は染色をやめて水彩画に転じた。筆者より30数歳年長で、最後の年賀状が来た時は90代であった。自分が死んだ後のことを考えて作品を全部処分するとのことで、代表作としてよいお気に入りの染色作品を無料で譲ると言われたが、大きな作品で筆者も置き場に困る。それで断った。だが、もらっておけばよかった。そしてそれをこのブログで紹介すればよかったと後悔している。高槻の家を売り払って夫婦で千里中央に引っ越されたが、それから音信不通になった。たぶん転居先ですぐに亡くなったと思う。電話をたまにかけて来られたし、元気ならば年賀状を欠かすことがない。とても優しい人で、奥さんとは訪問時に一度だけお会いしたが、このようなかわいらしい女性がいるのかと思うほどに女性としては完璧に見えた。それでKさんの人柄に改めて納得した。Kさんの子どものような年齢の筆者にいろいろと親しくしていただき、Kさんのことを何かの拍子に思い出し、生前はもっと会っておくべきだったと悔やむ。そうそう、前述のKさんの代表作は50代で制作されたと思うが、どこで想を得たのか、筆者なら思いつかない、また思いついても表現しようと思わない題材であった。題名は忘れたが、韓国の白いチマ・チョゴリを着た若い女性たちが数十人、手をつないで輪になって踊っている様子をローケツで染めたものだ。女性はみな長髪で、後ろで髪を束ねている。また顔がまともに見える女性はおらず、輪の外から彼女らを眺めた構図だ。どこかの公募展に出品するのでもなく、グループ展などに出すために趣味で染めたもので、その作品の制作の苦労話をよく聞いた。特殊な染料を使っているためで、もっぱら技術的な話だ。筆者が知りたかったのはそのような群像を表現したいと思った考えについてだが、似た作品はほかには染めず、水彩をやるようになってからは風景ばかりであった。Kさんの内部では一見ばらばらに見える画題がそれなりに関連し合っていたのだろう。そういう話を聞きたかったものだ。今ネットでKさんの名前で検索すると、高槻の住所と電話番号が出た。10年近く前のもので、情報がそのままになっている。
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 最近筆者が思い出すことは自分に優しく接してくれた人の面影で、今日はそのことを家内に言った。そして人生で何が最大の思い出になるかと言えば、そうした人に出会ったことだとつけ加えた。優しくしてもらえば今度は誰にそう接するべきだ。そういうことをたくさんすれば、筆者がKさんのことをたまに思い出すように、誰かが筆者のことを思い出すだろう。そのことは筆者にはわからないが、わからなくてよい。また、肝心なことは後で思い出すことではなく、会って話を交わしている時で、それが思い出となる。昨夜は家内の妹から電話があった。家内の兄や姉、妹はみな高槻に住む。Kさんが暮らしていたすぐ近くに住む兄もいたが、今は別のところにいる。先日妹は家内が近々入院すると聞いて、その前に顔を見ておこうと思ったようだ。というのは、その妹は入院経験が多く、病院には縁が深いが、姉で家内は今まで出産以外に病院の世話になったことがないのに、いきなり手術と聞いて驚いたのだ。それに今日は家内の誕生日であるので、ケーキを買って持って行くことにしたらしい。高槻から嵐山は電車ですぐなのに、家内は兄が住む実家で妹と毎月のように会っても、妹がわが家に来ることはめったにない。今日の来訪は10年ぶりではないか。天気がとてもよく、筆者は3人で嵐山を散策することに決めた。午後1時に来るとの予告どおりで、家に上がってケーキを受け取った後、すぐに出かけた。渡月橋までゆっくり歩けば7,8分か。義妹は昼を食べて来たと言ったが、筆者は3人で食事する場所を決めていたので、そこまで歩いて行くことにした。「風風の湯」の玄関前を過ぎると、すぐに中ノ島公園だ。真正面に大きなトイレの建物があって、その向こうにベンチが並び、その前すなわち桂川との境界に鉄のフェンスが張り巡らされている。先日書いたように、それを初めて見たのは8月16日の五山の送り火だ。それよりかなり前に設置されたらしい。昼間にそのフェンスを見るのは初めてで、しばらくその前で立ち止まり、写真も撮った。好天であるので観光客は多い。筆者がフェンスなどを撮影している間に家内と妹は先を行った。追いかけながら目に入ったのは渡月橋上の行列で、どうやら筆者がいる嵐山公園に向かってやって来る。馬や御輿が見える。何のお祭りかわからない。公園内の広々としたところに集団で撮影するための台がふたつ置いてあって、そのそばに白い半被を着た若者がいたので、何をするためのものか訊ねた。すると渡月橋上の行列を指し、その集団がここに到着して写真を撮ると言ってくれた。「毎年同じ日にやるんですか」「はい」。10月19日にそんな行事が嵐山であることを初めて知った。家内の誕生日が日曜日ということは少なかったし、また日曜日に当たっても家内と河原町などに出かけ、嵐山公園で催しがあることには気づかなかった。その行列は嵯峨の野々宮神社の祭りで、「斎宮行列」と呼ぶ。ネットで調べると今年で16回目ではないか。全く知らなかった。家内の妹が訪れなければ今後も知らないままであったろう。地元に住んでいても知らないことがまだまだある。行列は午後1時に神社を出発したが、筆者らが家を出たのは1時5分ほどで、ちょうどいい時刻に妹が来た。
●斎宮行列、その1_d0053294_0194054.jpg

 行列の写真を6,7枚は取ったはずなのに、写っていたのは今日載せる3枚だけであった。電池を入れ換えたばかりなのに、今度はカメラの調子がおかしい。先日高さ50センチほどからコンクリート上に落とし、大きな音がした。その時に調子が悪くなったかもしれない。ネット・オークションで先日同じカメラと別のデジタルカメラ2個とで、100円で売られていた。そしてその出品の方がまだ筆者の持っているものより新しそうであった。家内は筆者のボロ・カメラを見るたびに最新式のを買えとうるさいが、ブログ用に加工するにはちょうどよい画素数なのだ。なかなかシャッターが下りず、焦りながら撮ったが、最初の写真は渡月橋上にオレンジ色の屋根の御輿が見える。手前の白い半被の男性は祭りの要員だ。その立ち場所が行列の到達地点だ。そこは何もない場所で、到達点であることが不思議だが、ネットで調べて何となく理由がわかった。このお祭りは16年前に始まったもので、嵯峨の商店街が中心になっている。そして行列に参加したい人は馬に乗るならば20万円、歩きは3万円を支払う。申し込めば誰でも参加出来るというのではなく、行列にふさわしい年齢や風貌を求められるだろう。それに申し込みが多ければ抽選だ。2枚目の写真は御輿で、これに祭りの主役の斎宮が乗るが、顔があまり見えなかった。2枚目の写真からは真っ白な顔であることがどうにかわかる。5月の葵祭のような歴史はないから、斎宮はTVでも紹介されない。地元の女性から選ぶようだが、寄付はそれなりにするのだろう。葵祭ではかなりの高額を支払うが、京都を代表する企業の社長の娘が毎年選ばれ、会社の宣伝になるので、経済効果が大きい。斎宮の乗る御輿は黄色い装束の男性たちが担いでいる。これもひとり3万円支払ってのことだろう。御苦労さんなことだが、自分たちの地元を活性化させるための行事ということで気合が入っている。なかなかいいことだ。観光客も珍しいものを無料で見物出来るから、反対する者はいないだろう。馬に乗った人は1名で、その後に真っ黒な牛が引く牛車もあった。広隆寺では牛を使う有名な牛祭りが秋にあって、それが以前復活したと聞いたが、毎年は行なっていないようだ。牛の調達が難しいと聞いたが、斎宮祭の行列ではよくぞ見つけて来たと思う。ひょっとすれば広隆寺の牛祭りに使われる牛を借りたのかもしれない。それでその牛を写真に撮ろうとしたのに、暴走しないように両脇に男性が6,7人もいてよく見えなかった。ただし、つやつやした毛並はわかり、何となく嬉しくなった。馬や牛を間近で見る機会に乏しく、時代衣装に身を固めた人間よりも注目してしまう。行列の最後は3枚目の写真に見える女官たちで、斎宮を比べればその他大勢の部類だが、めったに着ることのない装束であるから、申込み者には事欠かないだろう。歩くのが早く、美女がどれほどいるのかわからなかったが、若い女性の群集というのは華やぎがあってよい。彼女たちもそう思って祭りに参加し、また大勢の人の眼に触れながら、うきうきしているだろう。Kさんなら彼女たちの列を写生して作品にしたかもしれない。それに、こうした行列は人生の象徴にも思える。今の自分は人生という行列の中のどの辺りにいるのだろうか。たとえばこのブログも行列であり、いつか到達点が来る。それは想像したくないことで、元気に歩き続けている間が人生の花だ。
by uuuzen | 2014-10-19 23:59 | ●新・嵐山だより
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