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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●和歌山城、その3
抱するにしても、検査入院であれば本人だけでよいだろう。だが、家内のことであるので、筆者が気になるのはあたりまえで、今晩は独身気分と言えば聞こえがいいが、妻に先立たれたやもめの思いで寝なければならない。



●和歌山城、その3_d0053294_14821.jpg今朝家内は自転車で20分ほどの山の中腹にある大きな病院に朝8時半に着く必要があった。気づくともう出かけていて、両手にたくさんの荷物を持って家を出た。病院で一泊させられるからだ。タクシーで行くつもりもあったようだが、天気はよく、20分ほどの距離であれば自転車でも大丈夫で、漕ぐたびにひどい音の鳴るボロ自転車に乗って出かけた。筆者は付き添いは必要ないとは思うが、ひょっとすれば手助けがあった方がいいかもしれず、午後1時に1階の広い待合室で待つと言い、その言葉どおり、ぴたり1時に着いた。家内は検査が終わった後、2時間はベッドで安静にする必要があると言っていたかた、午後1時はまだ無理だろう。そう思って小説の文庫本を持参した。それを読み、飽きれば目の前の巨大なTV画面に映る国会中継を見、それも飽きれば居眠りをした。そうして革張りの椅子で3時間を過ごし、もう30分待って家内が来なければ帰ろうと思っていると、ちょうど30分経った午後4時半に家内が目の前にいた。本当は病室にいなければならないのに、こっそりと出て来たと言う。こういう場合こそケータイ電話がないと不便だ。2分ほど話してすぐに別れたが、明日の昼に迎えに行く。今日は大きな個室の特別室で寝るそうだが、大部屋では具合が悪いと医師が言ったそうだ。はっきりとした病名は今日の検査でわかるが、麻酔をかけて口から器具を通して、白い影となっている箇所の組織を一部取って調べるらしい。家内は10年ほど前から喘息で、時々とても咳き込んでいた。それがほかの病気を惹き起こしたのだろう。今日は昨日の続きを書くのに、和歌山城とは全く関係のないことばかりが頭の中を駆け巡り、考えがまとまらない。もっとも、このブログは毎日まとまった何かを書いているのでもない。脱線だらけで、本筋めいたことがない。まるで筆者の人生だ。話を戻すと、病院は江戸時代なら城を建てるのにもってこいの場所にある。それは日本の現実をよく示している。武士がいなくなって病気を持つ市民が増えた。今や日本の主役は病人だ。病院には世話になりたくない。学校も警察もそうだ。高齢になると、スーパーと病院がすぐ近くにある地域に住みたいという話を聞いたことがある。買い物は毎日のことで仕方ないとし、高齢になると病院が身近な存在になるとはいえ、その建物を毎日近くで感じたくはない。今日待合室で座っていると、10年ほど前に家内をそこに自転車で送り迎えしたことを思い出した。その頃と少しも雰囲気は変わっていない。朝6時に病院に行って5時間ほど待たされ、医者に診てもらうのが2分という評判の病院だ。患者を馬鹿にしていると思うが、それほどに流行っているということだ。10年前はその病院で和歌山から来た年配男性が筆者らと前後して診てもらった。和歌山の診療所から紹介状をもらってわざわざ早朝に家を出たが、2分ほど診てもらってまた後日来いとはとんでもないとぼやいていた。それでも自分の体が心配であるから、遠方であっても時間どおりに駆けつける。高齢になればあちこち体がおかしくなって来て当然と言ってよい。病の発見はある日突然であって、今回の家内の不具合も仕方がない。そう言えば今日の国会中継では日本の住宅が20年で価格がゼロになるというのはおかしいという意見が出ていた。それに対して副総理は自分の家は最近修理して今後40年ほどは大丈夫と言い、日本の中古住宅は人が住みやすいように修理してなるべく活用すべきと続けていた。家は人間以上にガタが来るのが早いということだ。そう言えば今日はネットの画面を見ていて、「75歳までの熟年交流サイト」という広告が目についた。高齢者が増加し、またそれは配偶者に先立たれる人が多いことでもあるが、さびしさを感じないようにするために異性をネットの力を借りて探そうということだ。その仲介業者が大儲けをする。75歳になっても誰かと出会いたいというのは欲張りな気がするが、それが許されるのは金をたくさん持った人だけで、いわば金で自分より30歳や40歳も若い異性を獲得しようとする。それで2,3年で死んでたくさんの遺産金が配偶者に転がり込むなら、それも人助けであっていいだろう。
●和歌山城、その3_d0053294_145198.jpg 家内が今日泊まる病室の窓からは市内の景色が眼下に見えるだろうか。城の天守からの眺めと同じようであれば、まさに病院は昔の城と同じようなもので、入院しても気分が少しは紛れるかもしれない。その病院の背後すなわちさらに山の上に近い斜面にはガウディの設計に思えるような斬新な形の高齢者向きの住宅がある。簡単に言えば養老院だ。そこに住む人を知っているが、とてもまともな人では住めないとぼやいていた。自分で歩くことが出来、まだ元気な人はそうだろう。周囲にいる人は大半が認知症その他を患っていて、そういう人に混じって生活していると、自分までおかしくなってしまうと言う。ところがその人は少しずつだが、筆者から見ても少しおかしいと思う行動をするようになって来た。周囲に影響されたのか、あるいは自宅に暮らしても同じようになったのかはわからない。その人の家族は当然、自宅に住まわせると養老院にいるよりもっと早く認知症が出たはずと主張するだろう。現代の城のようなその養老院は見方によれば監獄だ。何もすることがなく、また食事は時間どおりに出て来る。それでもそういう養老院に入るには多額の費用がかかる。となればやはり城と似たようなもので、選ばれた人だけのものだ。そうでない人は人生に何度かだけ内部を見学することになる。そう言えば筆者は天守閣に入ったことがあるのと病院を訪れた回数はあまり違わないかもしれない。和歌山城は元の姿と同じように鉄筋コンクリートで造られたのだろうか。戦前の絵はがきを見ればわかるが、こういう時に便利なのがネット・オークションで、「和歌山城」で検索し、「アンティーク、コレクション」のカテゴリーを見ると、戦前の絵はがきが何枚も出品されている。戦前も明治、大正、昭和とさまざまだが、戦前は時代の動きが現在より鈍かったので、半世紀の間は、また和歌山市内であればさほど変化はなかったはずだ。そうした絵はがきの和歌山城の写真を見ると現在のものと同じ形をしていて区別がつかない。その点は設計に当たった博士は写真その他を入念に調べたはずで、同じに見えるのはあたりまえだ。戦前の木造ではどの部屋も板の床であったはずだが、畳を敷いた部屋はなかったのだろうか。そういう部屋は本丸が受け持つが、天守の中で殿様が座りたいこともあったはずで、一部に畳を敷いていてもおかしくない。今の和歌山城は1、2階内部はガラスの陳列台をあちこちに置き、城主の書画や武具を展示してある。これは岐阜城でもそうであったし、どの城も似たようなものだ。もっと魅力ある展示内容にすればいいのに、内部がどうなっていたかの資料がないか乏しいはずで、仕方がないのだろう。あるいは江戸時代の天守閣内部というのは案外殺風景で、がらんとしていたのかもしれない。姫路城がそうで、焦茶色の板が目立ち、薄暗くて広い空間があるだけだ。これもたとえが悪いが、現在で言えば監獄や古い病室みたいで、天守閣が格好いいのは外観だけと言える。その外観の写真を今日は3枚載せる。それとは別に最初は入場券で、向かい側にある美術館のレストランからの眺めと同じようで、これが和歌山城の最も美しく見える角度ではないか。いくつかの屋根が並んで見え、全部合わせて天守閣で連立式と呼ぶそうだが、右端に写る最も高い建物にしか入場者は上ることは出来ない。チケット以外の3枚の最初は入場券を買う前に撮った。写真の左端のもう少し左に売り場があって、その前を通って楠門の石段を上がる。門をくぐって正面が2枚目の横長写真で、これはクリックで拡大する。写真のつなぎ目下に大きな照明が地面に設置されている。夜はライトアップされるようだ。これはどの城でも同じで、戦後の流行だ。筆者は子どもの頃、大阪の国鉄環状線の車窓から見るライトアップされた大阪城をたまに見るのが好きであった。江戸時代にはなかったことだが、夜の闇に浮かぶ白い天守閣はいいものだ。2枚目の写真左に見えるのは櫓だろう。同じ立ち位置で90度右を向いて撮ったのが3枚目で、右手に見えるのが天守閣で、左は小天守閣だ。唐破風の下に大きく口を開けているのが天守閣への出入り口だ。写真には人は見えないが、当日は中国人の団体客がたくさんいた。和歌山城の天守を再訪したことを思い出したのはこの唐破風を前にした時だ。家内は何によって覚えていたのか知らないが、細かいことは筆者以上によく覚えている。
●和歌山城、その3_d0053294_11343220.jpg
 戦前の和歌山城は国宝であった。鉄筋コンクリートでは国宝にはならないが、500年ほど保つとそうなってもよい。ただし、それほど長持ちするかどうか。国宝が爆撃で焼けてしまうのは戦争の愚かさを物語るが、大半の人は国宝に関心がない。そしてそういう連中が戦争したがる。今日の病院の大型TVによる国会中継でも命と財産が何よりも大事と野党の誰かが主張していた。個人の命と財産を守るために公共土木工事を疎かにするなという主張だ。個人の命と財産が何よりも大事であるとは戦後もずっと後になって出て来た考えではないか。その考えの前には国の財産は二の次になる。国の財産とはいろいろあるが、国宝は国の誇りであって、そういうものがない国は他国から尊重されるだろうか。和歌山市は何もないような街だが、城があることによってまとまりがついている。それに筆者のような美術好きには大きな美術館があることはうれしい。ところが、和歌山に10年以上暮らしても城にも美術館にも行ったことのない人がいる。無関心は強い。その前にはどれほど熱意を説いても意味がない。だが、そういう無関心な人は真っ先に無関心の対象とされる。そして当人にはそのことがわからない。わからないから本人にはどうでもよく、相変わらず無関心は変わらない。和歌山城の近くには市役所や消防局、中央郵便局などの建物が集まっていて、それらの建物はいかにも昭和レトロの空気を発散している。それは見方によれば父母世代の古着のようにみすぼらしいが、逆に古いものがそのまま残っている懐かしさがある。前述した民家のように、寿命が来れば簡単に取り壊して新しく建てるというのが日本の考えで、和歌山市の財政が苦しくとも、行政施設は今後も建て変わって行く。その時に日本のどこにでもあるデザインやまた大きければそれだけでよいという考えを捨てて、地方のよさを出すべきだろう。昨日の国会では日本中どこでも同じ街に見えるようになってしまったことを観光面からはよくないと発言があった。外国人観光客は今はたくさん日本に押しかける。それがやがて飽きられない保証はどこにもない。日本のどこへ行っても金太郎飴的に似ているとなれば、観光客は何度も日本に来るはずがない。和歌山市はまだその点独特の雰囲気が保たれている。それを「さびしい」と感じるか、「落ち着いている」と思うかは人によって異なるが、大阪がにぎやかであれば、その周辺はその反対の街があってよい。変なおせっかい、介抱を心がけなくても、どの地域もそれなりに街を保って行く。
●和歌山城、その3_d0053294_151873.jpg

by uuuzen | 2014-10-07 23:59 | ●新・嵐山だより
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